古きを訪ねて新しきを学ぶ。 弐
■◇■
美しく飾られた空間。整然と並べられた円卓の上には金属器が揃えられている。
どの装飾も細工に宿る技術が輝きを放っており、いやらしさは全く感じられない。
「いやぁ、今日はお会い出来て光栄です聖女様。ノア・ウルフストンです。今日は父……魔術歴史部門の門主代理として参加させていただきます」
「私の方こそ。こうして貴重な場を設けていただき、感謝申し上げます。僭越ながら聖女の称号を賜っております、ミヤビ・キリス・ベル・エルドナンドと申します」
先んじて挨拶をしたのはノア・ウルフストン。
魔術歴史部門の門主家であるウルフストンの長女であり、次期後継者。
普段は適当な魔術師然とした服装を纏う彼女も、今晩は礼服で身を包んでいる。
そして、そんなノアに礼を返したのは聖女ミヤビ・キリス・ベル・エルドナンド。
彼女は普段から着ている純白の衣服、聖衣を身に纏っていた。
彼女にとってはこれこそが正装ということなのだろう。
「ええと、それで、あのう」
「……ああ、そうですね。私も形式ばった言葉遣いは少し苦手なのです。幸い、今夜の場には同世代の者しかおりません。どうか聖女だからと、お気遣いなさらないでください」
「それはありがたい。私はどうにも、こういう場が苦手でねぇ……念の為に確認だけど、今日は『公式な場だけど、非公式な場』だから。そこはよろしくねぇ」
「はい。心得ております」
『公式な場だけど、非公式な場』とは文字通りの意味だ。
本日の会食はあくまで『ノア』と『ミヤビ』の個人同士の会食であって、『最高学府』と『法国』の会合ではない。ノアは六門主の娘、ミヤビが聖女であるだけに、形式だけでもそういう事にしておかなければならないのである。
「ですが驚きました。まさか……帝国の皇女殿下にも参加していただけるとは」
そういうとミヤビはこの場に居るもう一人の方へと目をやった。
「本日は急な同席、失礼いたしました。グロリア帝国第五皇女、皇帝ルーヴ・アザシュ・レ・グロリアが娘、フェイム・アザシュ・ラ・グロリアと申します。今日はお会いできて光栄に思います聖女様」
「今日はよろしくお願いいたします、フェイム殿下」
帝国式の赤を基調とした礼服に特徴的な黄金の髪色。
帝国の皇女である、フェイム・アザシュ・ラ・グロリア。
ノアが呼んだ助っ人こそ、彼女であった。
「直前で申し訳なかったね。実は彼女とは個人的に知り合いだったんだよ」
「まぁ、そうだったのですか?」
「ええ、まぁ……」
知り合いであることには間違いないのだが、フェイムとしては難しい心情である。
最初の出会いから既に何回か彼女と相談するために出会っているのだが、その度にノアの抑えきれない言動に振り回されてしまっているからだ。
ノア・ウルフストンという人間は一度心を許した相手にはもう止まらない。本来ならその心を許すまでの時間が非常に長いのだが、フェイムはある理由からすぐに心を許されてしまったのである。
だが、彼女にとってノアが尊敬できる先輩であることも事実だ。
「今日の『話題』は彼女自身に聞かせてあげたいと思ってね。それにほら、今日の『話題』には彼女も無関係じゃないだろう?彼女は信頼できるよ」
「私としても異存はありません。どこまで広がるかは別にとしても、ですが」
「……」
元々、この会食に参加するのはノアとミヤビの二名だけの予定だった。
当然だ。これは非公式ではあるが『最高学府』と『法国』の人間同士の会食である。
前提条件である『同世代の魔術師同士の親交を深める』を満たす為には、彼女達以外の参加者は余分……である筈だった。
しかし偶然にもノアの人見知りと、フェイムの皇女という身分があり、フェイムは現在この場に参加することができている。
そしてそれは、フェイムにとっても僥倖というべきことであった。
「さっ、早速だけど、先ずは食事にしようか。折角の料理が冷めたら台無しだからねぇ」
「ええ。最高学府で食べる料理はどれも法国には無い珍しいものですから楽しみです」
「そうですね。私も最高学府で食事に困った記憶はありません」
「私は……外食をしないからよく分からないや」
■◇■
「……うん、美味しかった」
「ええ。流石、六門主御用達ですね」
「そんなに通ってる記憶はないんだけどねぇ。レオニストとかじゃないかなぁ」
「メインディッシュが特に美味しかったです」
「喜んで貰えて良かったよ。まぁ、セッティングしたのは私じゃないんだけどねぇ」
運ばれて来た料理はどれも一級と呼ぶべき品質であった。
実際ジェナ・サービスが用意したこの店は最高学府でもかなりの高級店であり、おいそれと一般の者が利用する事はできない価格帯である。
勿論、ノアはそのことを知らない。
「さて……お腹も膨れたことだし……」
「ええ。『本題』に入りましょうか」
最初に口を開いたのは意外にもノアであった。
「先ずは最高学府を代表して礼を言わせて貰う。『聖女』の来訪は間違いなく最高学府にとって良い影響を齎してくれるものだ。歴史的にも、聖女本人が最高学府に足を踏み入れた例は存在しないからねぇ」
「それを言うのであれば、私にではなく枢機卿猊下にです。私はただ、自らの役割を果たしているだけに過ぎませんから。……ですが、私個人としても最高学府で話をする機会を得られたことは光栄に思っております」
ウルフストンひいては最高学府の者として行う礼。
ノアはこうした正式な場を苦手とはしているが、彼女も六門主の娘である。幼い頃からこうした会食には度々参加しており、覚悟さえ決められれば会話は十分に可能なのだ。
もっとも、今の彼女は相手が同世代ということもあり、この食事の間だけでかなり心を開いている状態なのだが。
「聞いたよ聖女様。君の講義はとっても好評らしいね」
「最高学府の方々が真面目なだけです」
「そう謙遜しないでくれたまえ。ジェナさんも『良ければこのまま最高学府で講師を続けて貰いたいくらいだ』って褒めてたしさ。案外、最高学府に入学するのもアリかもしれないよ?」
「私にはやるべき事がありますから」
そういってミヤビは表情を変えず、手元のカップを口元へと運ぶ。
「最高学府に入学すると、気軽に外出できなくなると伺いました。それは困ります」
「まぁ……それは否定しない。けど、そこのフェイムだって帝国の皇女でありながら最高学府の学徒になる道を選んだんだ。両立できる道もあるとは思うけどねぇ……」
(ノア先輩が神聖魔術に興味があるだけでは……?)
ノアは両立できると言うが、フェイムとミヤビの状況は大きく異なる。
フェイムはあくまで第五皇女であり、皇族としての役割は兄や姉に比べればやや劣る。彼女の継承権がもっと上であれば、最高学府に入学するという道を選ぶのは今よりも遥かに難しかっただろう。
一方でミヤビは現役の『聖女』だ。聖教の象徴的な人間であり、法国の重要人物。そもそもこの来訪も『仕事』の一環に過ぎない。
そんな彼女が入学するのは、やはり少し無理がある。
「それに、私個人としても『聖女』については非常に興味があるからねぇ」
(やっぱり……私情ですね)
すぐにフェイムの答え合わせはできたのだが、そこで徐に言葉を紡いだのはミヤビだった。
「……それで、いつ次の話題に?もう少しこの話題を続けますか」
「意外とせっかちというか、淡白というか……私の友人みたいだねぇ、君」
「お誘いは嬉しいですが。入学の可否は私だけに決められることでもありません。なら『本題』を優先してからでも良いのでは、と思いましたが……」
「……ううん。間違っていない。私としてはもう少し雑談をしていたかったのだけど……それじゃあ本当の本当に『本題』に入ろうか。……あ、もし入学するならその時は是非魔術歴史部門を選んでくれたまえ。私もジェナさんも、当然父も歓迎するからねぇ」
ちゃっかり魔術歴史部門への勧誘も忘れず、ノアは『本題』へと移ることにした。
「さて……簡潔に聞こうかな。法国の戦力は?」
「軍の力としては……神聖騎士団と法官たちですね。主力は前者となります。信徒の多くは恩寵を授かっておりますが、非戦闘員だと考えてください」
「最高学府も似た様なものかな。各部門の魔術師だね、これを軍と呼べるかは微妙だけれど。統率力は……若干怪しいかな」
「帝国では……皇帝近衛兵と帝国軍でしょうか」
法国の神聖騎士団と法官たち。
最高学府の各部門、各学科。
そして帝国の皇帝近衛兵と帝国軍。
いずれも、それぞれの国が保有する兵力である。
「……どう思う、ミヤビ君」
「無意味だとは思いません。ですが……足りないでしょう」
「同感だねぇ。なら重要になってくるのは……やっぱり『個』の力かな」
一人が大軍に敵わないのは当然の道理だ。
しかし、世界にはそんな道理を覆す強者が存在する。
一人で大軍に匹敵する、或いは凌駕する強者。
例えばそう、序列のようにだ。
「法国で戦力として数えられるのは何名だい?」
「……二名、いえ三名になるでしょう。聖女である私、枢機卿猊下。そして……勇者」
勇者。それはある意味で『個』の力の象徴とも呼べる存在だ。
「【鞄の勇者】だね……噂は聞いているとも」
「ですが、彼はまだ私の目から見ても未熟です。実際に戦場に立つには、まだ覚悟が足りません」
「それでも……貴重な戦力には変わりないのではないでしょうか?【鞄の勇者】は……」
「ああ、君には親しみ深いかもしれないね」
ノアが言う、『親しみ深い』の意味は続く言葉ですぐに明らかになった。
「聖遺物に認められた勇者……序列第十一位【鞄の勇者】」
序列。それは確かにフェイムにとって親しみ深い概念だった。
何故ならば、彼女の父親もまた序列に数えられているのだから。
「彼は確かに強い。それは間違いありませんが……実際の戦場ではそうはいきません。勇者にとって何より重要なものを、彼はまだ身に着けていないのです」
「……申し訳ございません。我が国は勇者を擁していないものですから……無知を晒してしまいました」
「謝る必要は全くございません。それに貴国にはお父上がいらっしゃるではないですか。勇者の不在を補って余りある彼の皇帝が居るならば心配は無用では?」
「…………」
その言葉にフェイムは言葉が詰まる。
確かに本来ならばミヤビの言う通りだ。
彼女の父親……【栄光帝】にはそれだけの力がある。
だが彼女は知っている。
遠くない未来で必ず起きる悲劇の存在を。
そしてその悲劇が……ともすれば『本題』に関係しているかもしれないとうことを。
もしそうであれば、彼女の父親が存在することは安心材料にはならない。
「あー、ごめんね。少しその辺りは複雑なんだよねぇ。触れないであげて欲しいねぇ」
「……それは失礼をしました。謝罪をさせていただきます」
「いえ、お気になさらないでください……」
実際、ミヤビには何の落ち度もない。
彼女は極々一般的な皇帝への印象であっただけだ。
「兎も角、法国は多くて三名という事だね。最高学府だと……良くて一〇名だろうねぇ。その中で戦いになるのは……もっと限られると思う」
「実際には自国の防衛のため、枢機卿猊下は国外には出られません。私と勇者だけになるでしょう」
「それを言うならこちらもだねぇ。間違いなく学園長は学府を離れられない」
最高学府の結界や防衛魔術の核を担っているのは学園長であるキセノアルド・シラバスだ。
加えて、例えば六門主の一人であるヴィーボアも最高学府の防衛設備の大部分を管理しており、基本的には最高学府外に出ることはない。
このように防衛を考慮すれば、外に出せる戦力はどうしても減ってしまうのだ。
「歴史を司る魔術師として、忌憚のない意見を教えてください」
「うん……率直に言うとね」
ミヤビに促されノアは、
「このままだと――今回も人間国家が滅ぶのは避けられないだろうねぇ」
全くの冗談もなく、ただ真剣な眼差しで断言した。
「そうですか」
「意外と冷静なんだねぇ」
「私は貴女程に歴史に明るくありません。この場に居る貴女が『そう』だと言うのであれば、そういうことなのでしょう」
そもそもウルフストンが今回の事案の担当をすることになったのは、魔術歴史部門として聖教に通じていることも然り、ある内容について所轄しているからだった。
ノアが同席しているのも同様の理由であり、不在である父親に代わり魔術歴史部門が抱える情報から状況について分析する役割を担っている。
「本来ならこれは人間国家が総力で対処すべき事案……なんだけど、時期が悪すぎる」
「ハルキリア王国と獣王国ですね」
「うん」
ハルキリア王国は大陸西方に位置する人種中心国家、獣王国はその名の通り獣王を頂点とした獣人国家である。
そしてこの二国にはある共通点があった。
「うちも聖教、それと帝国も多種族国家だからねぇ。人種至上主義と獣人至上主義を抱えるこの二国とは……多分連携が取れないだろう。というか、間違いなく無理だろうねぇ」
「聖教も公には弾圧を受けておりませんが……ハルキリア国内での影響は縮小しています」
「聖典の敷く法の下には皆平等……人種主義のハルキリアからすれば目障りに違いないねぇ」
その共通点とは、二国共に排他的な国家方針を取っているということ。
人種至上主義と獣人至上主義。対極に位置する主義思想だが根本は同じである。
「ハルキリアは勇者を三名も擁する大国だ。間違いなく西方では最大の国家だし何より……あの勇者が居る。正直、あの勇者だけで良いんじゃない?ってくらいだ」
「それでも、私達は役割を果たさなければならないでしょう」
「そうだねぇ……」
今回の聖女来訪の目的は表向きには聖教に関する特別講師だが……もう一つ、本当の目的がある。
そしてそれこそが、正しく本題なのだ。
「恐らくここ数年以内に訪れる天災……」
「――【侵略の魔王】から人間を護るために」
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