第11話 本当にムカつく
月曜日の憂鬱さについてはこの前語ったばかりだが、今日ほど学校に来るのが億劫であったことはない。仮病を使ってサボろうかと本気で悩んだくらいだ。結局、小心者の私にそんな真似ができるはずなかったんだが…。
「おっす、相棒。調子はどうだ?」
相変わらずの馬鹿面を引っ提げ、いつもと変わらぬ様子で声を掛けてきたアホ女。なんだかその顔を見ていると無性にぶん殴りたくなってくる。調子はどうかだって?そんなもん見りゃわかるだろうが。今日の私は過去に例がないほど絶不調。やり場のないモヤモヤを抱え、死ぬほど心が荒ぶっている状態だ。しかし、だからと言って瑠花にあたるわけにもいかない。イライラを他人にぶつけるほど私は子供じゃないからな。
「そんで?昨日はどうだったんだよ。」
……落ち着け、私。これ以上イラつくな。深呼吸して心を静めろ。瑠花がこう言う奴だってことはよく理解しているだろう。こいつには悪気なんて一切ない。何の他意もなく、平然と確信を付いてきやがるってだけのことだ。瑠花との付き合いも今年で5年目…。こんなことでいちいち腹を立てたって仕方がないだろ。
「……別に。なんか死ぬほどゲームに付き合わされて、よくわからないまま死ぬほど勝ちまくった。ただそれだけだよ。」
瑠花に話すべきことがこれじゃないってのはわかっている。延々ゲームをしていたってのは紛れもない事実であるが、藤本さんと交わしてしまったあの約束についても私は当然忘れていない。藤本さんとの約束を果たすためには瑠花としっかり話をする場を設けなければならず、それには昨日の出来事について簡単にでも説明してやる必要があるわけなのだが……。どういうわけか私は昔から瑠花に対して素直な態度を取ることができず、先のように適当な返事ではぐらかそうとしてしまうのだ。悪い癖だとわかってはいるが、無意識にそうしてしまうのだから改善のしようがなく…。そして、そんな私に瑠花は決まって……。
「……ほーん。そりゃあ楽しそうでいいな。なあ、よければお前と結月がどんな勝負をしたのか詳しく教えてくれよ。放課後とかどうせ暇だろ?久しぶりに2人でゆっくり話そうぜ。……希美。」
…こいつには悪気なんて一切ない。何の他意もなく、ただ純粋に私のことを気味が悪いほど理解していやがるってだけのことだ。私が言葉にしなくとも、こいつは決まって私の意を汲み取るような態度取ってくる。私の心を見透かしているかのように、私の望み通りの言葉を紡ぎだしてくる。瑠花はあの頃から何も変わっていない。
本当にどこまでも癪に障る奴だよ。お前は……。
―。
「……小鳥遊奈緒さんって覚えてる?」
―その日の放課後。
我々以外誰もいない教室の中で私はその質問を瑠花に対して投げかける。ちなみに昨日の出来事…。中学時代のことを藤本さんに話したってところまでは説明済みだ。その中身についてはこいつに話してやる必要もないので、概要だけを簡単にって感じではあるがな。
「…当たり前だろ。あいつのことはこの先一生忘れられねえよ。」
うん、まあそうだろうな。私としては忘れてくれていた方が簡単に話が済んでよかったんだけど…。いや、それは流石に不謹慎すぎるな。瑠花の言う通り、自殺なんてショッキングな亡くなり方をしたクラスメイトを忘れられるわけがない。仮にこいつがそこまで薄情な奴だったなら、私は腐れ縁など関係なくとっくの昔にその繋がりを断ち切っていたことだろう。
…って、そんなこと今はどうでもいい。瑠花が小鳥遊さんのことを覚えているって言うなら、さっさと本題に入ってしまおう。
「…私と小鳥遊さんはただのクラスメイトでしかなかった。私と彼女の間に特別なことなんて何もなかった……。ねえ、私のこの認識って間違ってると思う?」
今更ながら、なんと素っ頓狂でアホな質問をしているのだろうかと恥ずかしくなってきた。他人の人間関係なんて当事者でもないのにわかるわけがない。もしも私がこの質問をされる立場だったなら、『そんなの知るか』と一掃していたこと必至だろう。そうやって冷静に考えると、なんだか瑠花に対して申し訳ないという気持ちで一杯になってきた。この埋め合わせは果たしてジュース一本で事足りるだろうか…。
「……ああ、なるほど。そういういうことか。いや、そうなんじゃないかと思ってはいたけどさ。ふむふむ。そういう流れになったってわけね。」
私の質問に答えず、何やら一人で納得したような態度を見せてきた瑠花。やたらに指示語が多いのは何かを隠そうとしているためか。それともただ単に語彙力がないだけなのか。どちらにしろ、こいつが何を考えているのか私には全く読み取ることができない。生憎と私は鈴木さんや藤本さんみたいに読唇術スキルを持ち合わせていないんだ。だからよ、瑠花さん。お前が果たして何に納得してるのか、無能な私に一から説明してくれやしませんか。
「……なあ、希美。お前はいったい何のために生きてる?」
いよいよもって訳が分からない。瑠花のアホさ加減は十分理解しているつもりだったが、どうやら私の認識はまだまだ甘かったらしい。こちらの質問には答えようとせず、唐突に生きてる理由を問いただしてきた超ド級のアホ女。質の悪い宗教家か哲学覚えたての中学生じゃあるまいし、他人にこんなことを聞いてくるとかいったいどういう神経をしてやがるんだ。まったく、お前ほど非常識な奴は他にいない……。
……いや、ちょっと待て。そういえば昔、誰かに同じようなことを聞かれた気がする…。…違う、そうじゃない。『気がする』んじゃなくて、過去に間違いなく誰かから生きる理由を問いただされたことがあった。けど、それがいったいいつのことだったのか。そして、誰からその質問をされたのかが全く思い出せない…。
…おい、まさかこれって……。
「どうした、希美?ボーっとしてないで私の質問に答えてくれよ。」
……藤本さんは私が過去のトラウマを忘れているのではないかと言った。私はそんな馬鹿なことがあるわけないと思いつつ、その可能性を完全に否定することができなかった。そして、藤本さんの仮説が正しいのか確かめようとした結果、過去にあった出来事を私が忘れていたという事実が判明してしまった。ただ、それが藤本さんの言う私が忘却しているトラウマとイコールのモノであるかまではわからない。今のところ例の発作は起きていないし、私がただ単に忘れっぽいだけの愚か者だって可能性も十分にあり得る。しかし、私は現状その真偽を確かめる術を持っていない。どんなに頭を捻っても、何かを忘れているっていう事実以上のことが全く浮かんでこないのだ。
こうなってしまった以上、私が取れる手段はたったの一つ。何かを知っているらしい瑠花から話を引き出すことだけだ。そして、そのためにはまず投げかけられた質問に答えてやるしかないのだろう。
…非常に不本意ではあるがな。
「……理由なんて別にない。ただ、死ぬ理由も特にないからなんとなく生きてるってだけ……。」
生きる理由だとか意味だとか、そんな大層なモノがモブキャラの私にあるわけない。将来の目標なんてモノはなく、学生生活の中で何か結果を残そうという気概も存在しない。好きなことや興味を惹かれるようなことすら皆無であり、放課後や休日に惰眠を貪ることしかできない真っ白で空っぽな透明人間。それが八島希美のすべてなのだ。
こんなの長い付き合いであるお前にとって既知の事実だと思っていたが…。それともわかっていながら敢えて私の口から言わせようとしてやがるのか?もしそうなら趣味が悪いってレベルじゃ済まないぞ。
「…はぁ。まったくお前は昔から何にも変わってねえな。お前のそういうところ、本当によくないと思うぞ。」
言うに事を欠いてなんなんだ。お前に言われなくたって自分の卑屈さは嫌と言うほどわかってるよ。それでもこれが生まれ持った気質なのだからどうしようもないだろ。って、そんなことはこの際どうでもいい。こっちはお前の意味不明な質問に答えてやったんだ。だから今度はお前の番……。私と小鳥遊さんの関係について、知っていることがあるなら洗いざらい吐いて貰おうか。
「そんな怖い目で睨むなよ。お前の疑問にもちゃんと答えてやるからさ。ええっと……。なんだったけ?」
ぶち殺すぞ、このクソ馬鹿アホ女が。お前のつまらないお恍け茶番劇に付き合ってやるほどこっちは暇じゃないんだ。いい加減にしないと本気で手が出るぞ。頼むから私の堪忍袋が限界を迎える前にさっさと話してくれ。
「はいはい、わかったよ。けど、あんまり取り乱すんじゃないぞ。落ち着いてよく聞くんだ。…いいか。確かにお前と小鳥遊奈緒はただのクラスメイトでしかなかった。だが、何もなかったってわけじゃない。お前はそのことを記憶の奥底に封印し続けてるんだよ。」
正直先ほどまでのやり取りでなんとなく予感はしていた。だが、こうして瑠花に指摘された今でもその実感がほとんど湧いてこない。瑠花や藤本さんらによる手の込んだドッキリでしたって言われた方がまだ納得できたかもしれない。だが、私を見つめる瑠花の真剣な眼差しがその可能性を残酷に否定する。自殺したクラスメイトとの間にあった何かを忘れているだなんて、いったい私はどこまで馬鹿で薄情なんだ……。
「……いったい何なの?私が忘れている…。封印している記憶って?」
兎にも角にもそれを教えて貰わないことには始まらない。自らの愚かさを嘆くのは真実を知った後でも遅くはないだろう。それと、どうして瑠花が当事者の私ですら覚えていない出来事を知ってやがるのかも問いたださなければ。
「……悪いがそれを話してやるつもりはない。教えたところでお前を傷つける結果にしかならないからな。」
おい、この期に及んでそれはないんじゃないか。こっちは最初からトラウマを掘り起こす行為だとわかったうえでこの場に臨んでるんだ。もちろん最初は藤本さんに促されて仕方なくって感じではあったが、ここまで聞いた以上は真実を知りたいって思うのが至極当然の心理だろう。私に気を遣ってくれているのはわかるが、お前にそんな真似をされてもまったく嬉しくないぞ。
「そんな訝し気な顔をしたって話さないものは話さないぞ。…けど、そうだな。お前が元々知らないことについてなら少しだけ教えてやってもいい。例えば、美玲たちにお前の中学時代を教えてやったのが私だって話はどうだ?」
露骨に話題の転換を図ろうとする瑠花。だが、私はそんなものに惑わされたりしない。というか、中学時代の話を漏らしたのがお前だってことは昨日の段階でとっくに気が付いていた。最初は鈴木さんあたりが私と同じ中学の奴に聞いたのかとも思っていたが、それだと藤本さんから小鳥遊さんに関する話題が出てくるわけない。私が彼女の自殺をきっかけに生き方を変えたって事実は瑠花以外の誰も知らないことだからな。ま、その件についてはまた別の機会に問い詰めてやればいいだろう。それよりも今は私が忘れているらしい過去の方がよっぽど重要だ。
「あれ、あんまり驚いてないな。ひょっとして誰かが口を滑らせたか?いや、希美のことだから自分でそのことに気が付いたって感じか。うーん。こりゃ困ったなぁ。」
わざとらしく頭なんか抱えやがって。瑠花のこういう仕草は誇張を抜きに本気で腹が立ってくる。内心じゃあちっとも困ってなんかいないくせに、まったくとんだ道化師だよ。お前は…。
「ああ、それならこれはどうだ?小鳥遊奈緒に同い年の姉妹がいたって話。」
なんだそれは。そんなの初めて聞いたぞ。うまい具合に話題が思い浮かばず適当こき始めたんじゃないだろうな。同い年ってことは双子なのだろうけど、少なくとも私は中学時代に彼女のドッペルゲンガーと出会ったことが一度もない。そもそも学内に彼女と同じ小鳥遊姓の人間は一人もいなかったはずだ。いや、もちろん姉妹だからって同じ学校に通っているとも限らないが…。
「お、さすがにこれは知らなかったみたいだな。けど、驚くのはまだ早いぞ。何と、そいつは私たちのすぐそばにいるんだよ。」
ダウト。真剣に話を聞こうとした私が馬鹿だった。そして、こんなバレバレの嘘を付きやがる瑠花は私以上の大馬鹿者だ。小鳥遊さんの姉妹がすぐそばにいるだなんて悪い冗談にもほどがある。いや、百歩譲ってそれが事実とだったとしよう。だが、残念ながら彼女の面影をミリでも感じられる人物に私は全く心当たりがない。まさかとは思うが、本気で小鳥遊さんのドッペルゲンガーが見えるとか言い出すんじゃないだろうな。
「まあ流石に信じられないだろうな。けど、私は嘘なんかついてないぜ。そいつの名前を聞いたらお前は益々信じられなくなるんだろうが…。」
一々回りくどい奴だな。とりあえずちゃんと聞いてやるからさっさと話せ。そのうえでお前の戯言が真実かそうでないかを見極めてやる。
「……鈴木美玲。我らがクラスの委員長様…。あいつこそがあの小鳥遊奈緒の姉妹だったんだよ。」
……ああ、やっぱりこいつは信用ならない。妄言ばかりを吐きやがる、人類史上最悪の愚か者だ。




