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第10話 向き合うべき過去


自分は特別な存在だと思っていた。


自分は誰よりも優れた人間なのだと考えていた。


自分が多くの人に敬愛される主人公であると疑っていなかった。


自分が大作足りうる物語じんせいを歩んでいるのだと固く信じ続けていた。






…いや違う。そうじゃない。本当は最初から気が付いていた。自分が如何に普遍的な存在であるかを。秀でた才能を持たない凡人でしかないことを。誰からも愛されていない孤独で惨めな主人公であることを。誰の目にも止まらない有象無象の物語じんせいしか描けないのだということを。



私はその事実を認めたくなくて自分に嘘を付いていた。自分を偽りながら生き続けていた。空っぽの頭をフル回転させ勉強に勤しみ…。軟弱な身体に鞭を打って部活に励み…。性根の腐った気質を隠して愛想よく振る舞い…。そうやって私は自らが思い描く理想の主人公を必死に演じ続けていたんだ。その嘘が真実に変わることを願い続けながら…。



だが、そんなものは単なる幻想でしかなかった。嘘が真実に変わるなんて都合がいい話は現実に起こり得ない。偽物がどんなに頑張ったところで本物にはなれない。私はそのことを嫌と言うほど思い知らされた。自分が如何に無力でちっぽけな存在であるのかを痛烈に理解させられたのだ。





早々に物語の幕を下ろしやがった、愚かで哀れな底辺作家の手によって…。







―。







私が初めて彼女の…。小鳥遊奈緒たかなしなおさんの存在を知ったのは中学最後の年になってからだ。いや、そう言い切ってしまうのはあまり正確じゃあないな。小鳥遊さんとは同じ学校に丸2年通い続けていたわけで、さすがに顔くらいは何度も目にしたことがあった。ただ、彼女とは廊下や通学路ですれ違うくらいで言葉を交わしたことはなく、同じクラスになって初めて名前を知ったってのが実情。



そしてそれは、あの頃の私にとってかなり異質な事態でもあった。と言うのも当時の私は自己顕示欲の塊みたいなさもしい女でさ。自分を大きく見せるためにあれやこれやと試行錯誤を繰り返していたんだよ。例えば1年次から生徒会に所属し、2年の秋からは会長という肩書を背負って多くの学校行事に携わったり…。部活の助っ人を6つほど掛け持ちし、土日祝日関係なく練習や試合に追われる日々を過ごしたり等々……。結局それらは何の意味もない無駄な努力でしかなかったけど、それでも行動した分の成果は一応ついてきていて…。学内のあらゆるコミュニティに顔を出しまくっていたことで、クラスや学年の違いに関わらず多くの生徒と何らかの繋がりを持っているような状態だったんだよ。



だからこそ、同学年でありながら一度も話したことがない相手との邂逅はあの頃の私に新鮮な驚きと強い興味を抱かせた。どうしてこれまで名前を知る機会すらなかったのか知りたいと思ったんだ。そこで私はすぐにアクションを起こした。


新年度最初の日。私は小鳥遊さんに一緒に遊ばないかと声を掛けたんだ。ああ、一応言っておくけどマンツーマンでじゃない。さすがに当時の私でもほぼ初対面の相手とそんなことをする度胸はなかったからな。それならどういうことなのかって言うと、同じクラスになった女子で親睦会をやるから一緒に来ないかって誘った次第である。本当はもともと親睦会をやる予定なんてなかったんだが、自然に小鳥遊さんと会話する機会を作るにはこれが一番手っ取り早いだろうと考えてね。その日は始業式だけで部活とかも原則休みだったし、突発的な提案でもそれなりに参加者は集まるに違いないって算段もあった。




……が、結果から言うと私の試みは完全に失敗に終わってしまった。小鳥遊さんへの声掛け前に何人かの女子を抱き込み、親睦会を開催する流れに持ち込んだまではよかったのだが…。肝心の小鳥遊さんが親睦会への不参加を表明し、終礼と同時にサッサと帰宅の途に着いてしまったのである。そして、その時点で私は今まで彼女と接点がなかった理由を…。小鳥遊奈緒がどういう性分の人間なのかを強く理解させられたのだ。







いつも一人ぼっちだった小鳥遊さん。彼女は授業と給食の時間以外いつも机に突っ伏していた。彼女が誰かと会話している姿は一度も見たことがなかった。彼女は毎朝始業ぎりぎりに登校し、終礼が終わると誰よりも早く下校していた。彼女は体育祭や社会科見学などの学校行事がある際に決まって欠席していた。彼女は教室にいるのかいないのかすらわからない、まさしく幽霊の如き存在であった。


クラス全員が示し合わせて彼女を無視していたとか、悪質な嫌がらせをしていたとかいう話ではなく…。他ならぬ小鳥遊さん自身が他者との関りを拒み続け、孤独な境遇に徹し続けたが故のことであった。だから私も彼女の意思を汲み取り、始業式の日以降は必要以上の干渉をしないように努めていくことにした。こうして小鳥遊さんと会話を交わさぬまま時は過ぎ去っていき、その状態のまま迎えた7月中旬のあの日…。





小鳥遊さんは何の前触れもなく自らの意思でその人生に幕を下ろした。





理由は今でもわかっていない。彼女が亡くなってすぐに警察や学校による調査が行われたが、遺書などがなかったために動機の解明には至らず。生徒への聞き取りも実施されたが、自殺の原因について心当たりがある者は一人としていなかった。と言うより、小鳥遊奈緒という女子中学生について詳しく知っている者が校内のどこにも存在しなかったのだ。




……この私を含めて。




小鳥遊さんが何を考えて過ごしていたのか。小鳥遊さんが何に苦しんでいたのか。小鳥遊さんがなぜ自ら死を選んだのか。3カ月も同じ教室で授業を受けていながら何も知らず…。どうせ嫌がられるからと言い訳して理解しようともせず……。すぐそばにいたはずの彼女を救ってあげることができなかった………。




身近なはずのクラスメイトをあっさり死なせてしまうなんてとんだ駄作だ。その気になれば救えたかもしれない命を取りこぼす主人公なぞいるはずがない。一人で苦しんでいた少女から目を逸らすなんてどこまで恥ずべき人間なんだ。散々もてはやされておきながら、肝心なところで為すべきことを為せないなんてモブキャラにも劣る最低最悪のゴミ屑という他ない。



……そう。私はちっとも特別なんかじゃなかった。必死に勉強を頑張っても。生徒会や部活を通して顔を売りまくっても。どんなに努力を重ねたところで何の意味もなかったのだ。私は優れた主人公には成り得ない。人を惹きつけ魅了する物語じんせいを歩むことはできない。どんなに足掻いたところで凡人は凡人のまま。その他大勢のモブキャラとしてしか生きることができない運命…。



私は小鳥遊奈緒の死を通じてそのことを強く理解させられた。だから私は自分を取り繕うのをやめたんだ。無駄に背伸びせず。無理して人と関わろうとせず。ありのままの八島希美として生きていく。そうして出来上がったのが今の私…。底辺作家が描く魅力皆無な主人公のすべてなのだ。






―。







「……やっぱり納得できない。」



私の自分語りに黙って耳を傾けていた藤本さんは、話が終わるや否や怪訝な表情を浮かべてぽつりとそう呟いた。まあどうせ理解されないだろうとは思っていたが…。悪いけどこれ以上語るべきエピソードは何もないぞ。だからもういい加減私を家に帰してくれよ。



「あなたが中学時代から変わった経緯はよくわかったよ。けど、今の話だけじゃあどうしても納得できないことがある…。」



だから何なんだそれは。私の話に引っかかる点があるなら変に含みを持たせずはっきり指摘してくれ。今更隠すようなこともないし、今日だけは特別に何でも疑問に答えてやるよ。そんでさっさとこのくだらない茶番に終止符を打とうじゃないか。




「話を聞く限りあなたは小鳥遊さんが亡くなったこと自体に強いショックを受けたり深い悲しみを覚えたわけじゃない…。彼女の死はあなたの考えや生き方を変えるきっかけでしかなかったってことであってるよね?」



おいおい。その言い方だとまるで私が血も涙もない冷徹な女みたいじゃないか。言っておくが、私にだって見知った人の死を悼む心くらいちゃんとあるぞ。小鳥遊さんは曲がりなりにも同じ教室で勉学に励んだ級友…。絡みはほとんどなかったが、それでもクラスメイトが死んでショックを受けないわけがない。悲しまないわけがないだろうが。



……いやまあ、『強い』とか『深く』などの形容詞が付くかと言われれば、正直微妙なところではあるけど…。




「それなのに八島さんはこの過去に強いトラウマを抱えている。話に触れただけで激しい発作を起こし、意識を失ってしまうほどの…。」



なるほどね。あんたがどこに引っかかっているかは大体把握したよ。だが、生憎私はその疑問に対する答えを持ち合わせていない。と言うか、答えがあるなら私が知りたいくらいだ。そりゃあ確かに小鳥遊さんの自殺も痛かったころの自分も思い出したくない苦い過去ではあるよ。しかし、果たしてそれは本当に気を失うほどのトラウマなのか。話を振られただけで発作を起こすほど辛い過去なのか。他ならぬ私自身がそのことに強い違和感を抱き続けているのだ。それでも無理やり答えを絞り出すならば……。




「…単に私が雑魚メンタルってだけの話でしょ。……多分だけど。」



『多分』などと保険を掛けてはみたが、はっきり言ってこれ以外の可能性が全く思い浮かばない。清水さんや藤本さんの前で無様な醜態を晒してしまったのもすべてはメンタル的な問題が原因。心が弱いせいで過去のトラウマをいつまでも払拭することができず、触れられただけで過剰なまでの拒絶反応を示してしまう。今こうして過去を振り返ることができるのは、ココアパワーが上手いこと作用したからって考えれば一応説明が付くだろう。暖かい物や甘い物には心を落ち着かせる効果があるって言うしな。


まあ、この回答で藤本さんが納得してくれるのかはわからんが…。



「雑魚メンタルねぇ…。まあ本人がそうだって言うんなら否定のしようがないし、メンタルの問題が原因っていうのも間違ってはいないんだろうけどさ。それだけじゃあどうにも腑に落ちないんだよね。」



…案の定ってところか。だがな、藤本さんよ。あんたには悪いけどけど、どれだけ食い下がられようと私が語れる話は本当にもう何もないだ。メンタルが弱いだけなんてあっさりした答えじゃ満足できないんだろうが、考えうる可能性がそれしかないのだからどうしようもない。正直なところ、私自身もいまいちスッキリはしてないが…。





「……ねえ、こうは考えられないかな?八島さんが本当に辛かった過去を忘れている可能性…。心が壊れてしまわないように、そのトラウマを記憶から消し去っているって可能性は…。」




…またわけのわからないことを言い始めたな。アニメとかドラマじゃあるまいし、そんなとんでも話が現実にあるわけないだろうが。人間の脳みそってのはそんなに都合よくできていない。たいていの場合、嫌なことや辛いことほど深く記憶に刻み付けられるもんなんだよ。もちろん精神的ショックによる記憶喪失って事例が実際にないわけじゃあないんだろうけど、少なくともそれが私に当てはまることはないはずだ。なぜなら私はあの頃のことを今でも鮮明に覚えているから。小鳥遊さんの自殺も、自分を特別な存在だと勘違いしていたこともな…。




「……言いたいことはわかるよ。そんなの普通はあるはずないって思うのが自然だよね。けど、この仮説を完全に否定することもできないでしょ。だって、私の考えが正しいのならあなたは肝心なことを全部忘れちゃってるってことなんだからさ。」



いや、その理屈はおかしい。あんたの仮説通りなら私は記憶の忘却だけではなく改竄までしているっていることになってしまう。だって、私は何かを忘れているだなんてちっとも自覚していないんだから。


本当のトラウマってやつを完全に消し去り、それによって矛盾が生じぬように前後の記憶を書き換える。そんな馬鹿みたいな話、それこそ漫画やドラマの世界でしかありえないだろう。…しかし、それをそのまま伝えたところで藤本さんは恐らく納得してくれないに違いない。私の主張には『そんなことあるわけない』って決めつけ以外に根拠がないのも事実だからな。




「……あなたの仮説を否定することはできない。けど、それがあっているか間違っているかなんて確かめようがないでしょ。」



藤本さんの仮説は否定も肯定もできない悪魔の証明…。私に提示できる情報が何も残されていない以上、どれだけ議論を重ねたところで正しい答えなんか見つかりようがないのだ。だからさ…。もういい加減この話題は終わりにしないか。私のくだらない過去について思考を割くなんて本当に無駄としか言いようがない。そもそも、万が一真実を得られたところで藤本さんには何の益もないだろうが。




「確かに…。これじゃあいつまでたっても平行線のままだね。けど、真実を確かめる術は他にもあるんじゃないかな。例えばそう…。八島さんのことをよく知っている人に話を聞いてみるとか…。」



……生憎そんな人物に心当たりはないな。私以上に私のことを知っている人間なんてこの世に存在するはずがない。というか、もし仮にそんな奴がいたところで私は真実を確かめたいだなんてちっとも思わない。藤本さんの仮説が間違っているなら真実を追求するだけ無駄…。正しかった場合、私にとってはせっかく忘れていたトラウマを掘り起こす結果にしかならないのだから。






「……ダメだよ、八島さん。どんなに嫌でも目を逸らしてはダメ…。このままだとあなたは一生過去の呪縛に囚われたまま…。暗闇の中を一人で延々彷徨い続けることになる……。そんなの絶対間違っているよ、八島さん!」



私の心を見透かしたかのようなセリフをぶつけてくる藤本さん。鈴木さんと言い清水さんと言い、いったいいつから日本の女子高生は読唇術が必修科目になったんだ?てか、こんな漫画みたいなセリフをよくスラスラ言えるな。オタク趣味を否定はしないが、あまり人の前でそのキャラクターは出さない方がいいと思うぞ。余計なお世話かもしれないが、後で恥ずかしい想いをするのはあんた自身だ。





まあ、心の中でくだらない茶々しか入れられない私が一番恥ずかしい奴なんだろうけど…。




「……もういい、わかったよ。そこまで言うなら明日、あいつに確かめてみる。それで文句ないでしょ。……藤本さん。」



こんなことをしても何かが変わるとは思えない。いや、さっきも言った通り藤本さんの仮説を確かめたところで私にはデメリットしかないはずだ。だが、この場を切り抜けるためには藤本さんが満足する回答を述べる以外に方法がないのだから仕方がない。そう、私が彼女の言葉に同調したのはただそれだけの理由に過ぎないのだ。




「…うん、そうだね。それでいいよ。約束だからね、希美・・ちゃん……。」




嬉しそうな笑みを浮かべながらそう呟いた藤本さん。正直言いたいことは山ほどあるけど、今日のところはその笑顔に免じて勘弁しといてやるよ…。


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