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第9話 真実の答え合わせ

「……どう?少しは落ち着いた?」



時刻は午後2時。藤本さん宅を訪れてからすでに5時間が経過しているが、悲しいことに早く家に帰りたいという私の願いが成就される気配は一向にない。本来ならそろそろ藤本さんにクレームの一つでも付けてやりたいところなのだが、先ほどまで満身創痍の状態だった私を介抱してくれたという恩義があるため一旦は口を噤んでおくとする。誰のせいでああなったんだって気持ちも正直あるけど、だからと言って彼女が看病してくれた事実が覆ることはないからな。



「……うん、どうもありがとう。」


私は藤本さんに渡されたマグカップを両手に握りながらお礼の言葉を述べる。カップの中身はホットココア。私は普段甘いものをあまり口にしないのだが、こういう状況だと存外悪くないものだな。暖かくて甘ったるい味が弱った心と身体に沁みわたっていく。ああ、このまま何事もなく時が過ぎ去っていけばいいのに…。




「それじゃあそろそろ話を聞かせて貰おっか。大丈夫。時間はたっぷりあるし、少しずつゆっくり話してくれればいいからさ。」



やんわりとした笑みを携えながら私に死刑宣告を突きつけてくる藤本さん。今の私にはその姿が鬼や悪魔の類にしか見えないよ。今日だけで彼女の様々な顔を目の当たりにしてきたが、ここにきて新たにドS属性まで追加してくるとは恐れ入った。私の無様な醜態を忘れたわけじゃなかろうに、この期及んでまだ追い討ちを仕掛けようってか。


……だが悪いな。メンタルくそ雑魚な一面を晒したせいで勘違いさせまちまったんだろうが、私は圧を掛けられたくらいで言いなりになるような軽い女じゃないだ。一人で勝手に語っておきながら、自分が秘密を明かしたのだからお前も話せなんて理不尽は到底受け入れられない。私に要求を突きつけるならもう少しまともな交渉材料を用意しておくべきだったな。



まあ、この場面で言うべき文句はこれじゃあないんだろうが…。



「……別に話すことなんてない。というか、中学時代のことならもうとっくに知っているんでしょ?」


そう、問題はここだ。私が語ろうと語るまいと結果は何も変わらない。なぜならこいつは知ってやがるから。痛々しかったかつての私を…。無知で馬鹿で愚かだったあの頃の私を……。自分のことを特別な存在だと勘違いしていた、高校以前の私のことを………。



「確かに…。あなたのことはあの子から大体聞かせて貰ったよ。けど、やっぱり本人の口から話してもらわないと納得できない。さっきも言った通り、話してくれるまで今日は絶対に帰さないからね。」



…藤本さんに清水さん。そして、恐らくは国分さんも…。私の記憶が正しければ彼女たちとまともに会話を交わすようになったのは最近になってからのはずだ。にもかかわらず、こいつらは全員中学時代の私のことを知っているようなのだ。藤本さんはその理由ワケを『あの子』から聞いたと言葉を濁しながら語ったが、誰が彼女たちに私の過去を漏らしたのかは大体察しがついている。




私の日常が揺らぎ始めた最初のきっかけ。藤本さんたちとの繋がりをお膳立てした諸悪の根源。我らがクラスの学級委員長様。


……鈴木美玲さん。はっきりそう明言されたからわけじゃないから間違っている可能性も当然あるが、保健室での会話やここまでの出来事を鑑みれば私がその結論に至るのも極々自然な流れと言えるだろう。鈴木さんとの面識も同じクラスになった今年から…。というかあの放課後がほぼ初めての会話だったと認識しているが、彼女の人柄とコミュ力を踏まえればそこへの疑問はあまり感じない。私と同じ中学出身の奴は瑠花以外にも数名いたはずだし、大方そのうちの誰かから伝え聞いたのだろうって考えられるからな。そして、彼女なりの解釈をふんだんに盛り込んだうえで藤本さんたちに吹聴していったと…。



まあ、繰り返しになるがここまでは私の単なる妄想でしかない。それに、この仮説が正しかった場合はどうして鈴木さんがそんな真似をしたのかって話にもなってくる。ただ、さすがにこればっかりは本人の口から聞かない限り確かめようがないだろう。モヤモヤした感情を抱えたままになるのは不本意だが、答えの出ない問題に頭を悩ませ続けても仕方がない。それより今は、目の前の悪魔から逃亡することだけに全神経を集中させなくては。



「……これ以上は付き合っていられない。悪いけど今日はもう帰らせてもらうよ。」



シンプル・イズ・ザベスト。どうやってこの場を切り抜けようかとあれこれ考えたが、やはりここは藤本さんの言葉をガン無視するって選択が最適解だろう。身体を拘束されているわけでもないし、当然ながら牢屋の類に閉じ込められているわけでもない。ホットココアのおかげで心身の調子もだいぶ良くなってきた。今の藤本さんにできるのは言葉を尽くして私を説得することくらいだが、それこそそんなものはガン無視してやれば済む話だ。まあそれなりに心は痛むけどな……。




「……私の言葉が聞こえなかった?話してくれるまでは帰してあげない。…ううん。絶対に逃がさないよ。」



藤本さんは冷たく静かな口調で私にそう言い放つ。普段の様子とはかけ離れた姿に私が思わず面を食らっていると、藤本さんはそのまま私の傍へ近づき両腕をがっちりとつかんできやがった。彼女がこんな直接的手段で私の帰宅を阻もうとするなんて、正直言って完全に想定外の事態だ。




「……離して。いい加減にしないと本気で怒るよ。」



目には目を、歯には歯を。そっちが実力行使に打って出ようというのならこっちだってそれなりの対応をさせてもらう。こう見えても武道の類は一通り心得があってね。身体を動かすのが好きではないので最近はすっかりご無沙汰だが、それでも同級生の女子を一人振り払うくらいは朝飯前なんだよ。さあ、痛い目にあいたくなかったらさっさとこの手を離してもらおうか。



「怒りたきゃ怒れば?拳で語り合うって展開ならこっちとしても大歓迎だよ。マンガやアニメみたいでめっちゃあがるし。」



……頭沸いてんじゃねえのか?いや、そりゃあ私の方も実力行使を匂わせるような態度を取ったけどさ。そんなのただのハッタリだってことくらい少し考えればわかるだろうが。それとも、わかったうえで敢えて乗っかるような発言をしているのか?まあ、どっちにしても頭がいかれていることに違いはないが…。




「…悪かったよ。私の負けだ。降参する。だから一先ずこの手を離して。あなたの望み通り、全部話してあげるからさ。」



一応言っておくけど、武道の類に心得があるって話は決して嘘じゃあない。藤本さんがどれだけ抵抗しようとそれを撥ね退けられる自信が私にはある。しかし、本当にそれを実行するかはまた別の話だ。クラスメイトの女の子に…。少なくとも自分を介抱してくれた人に手をあげるなんて恥ずかしい真似は私にできない。精一杯のハッタリが通用しなかった時点で、私には白旗をあげる以外の選択肢が残されていなかったんだ。



「…その気になってくれて嬉しいよ。大丈夫…。少しずつ、ゆっくり話してくれればいいからさ。そうだ、とりあえずホットココアのお替りでも入れよっか?」



せっかくだがそれには及ばない。あんまり長居するつもりはないからな。こうなってしまった以上さっさと話して家に帰らせてもらうのが最善。万が一また倒れるようなことになったら、その時は近くのゴミ捨て場にでも捨てておいてくれよ。



「……あなたが期待しているような話はできないかもしれない。それでも文句は言わないでよね。」



冗談抜きに私は自分語りってものが非常に苦手だ。そのため、とりあえず藤本さんが聞きたいであろう点だけをできるだけ簡潔に述べさせてもらうことにする。それでつまらないとか期待していたものと違うとか思われたとしてもクレームは一切受け付けられない。そのことを心に刻んだうえで、私のしょうもない過去物語を拝聴願うとしよう。









「…中三の夏。クラスメイトの女の子が自殺した…。私は彼女を助けてあげられなかった。そればかりか、彼女が苦しんでいたことに気付いてすらいなかったんだ。そこで私は自分が如何に無力であるかを…。取るに足らないちっぽけな存在でしかなかったって現実を思い知らされたんだよ。」



……頭が痛くない。息苦しくなければ視界が歪んだりもしていない。脈拍も正常で思考も頗る安定している。自分の過去に触れられただけで満身創痍になってしまうのに、その核心ともいうべき話をしているこの瞬間に何の不調もきたさないのはいったいなぜなのか。


…わからない。わからないが、私も別に好きで気を失ってきたわけではないし、体調は万全である方がいいに決まっているのだからあまり深く考えずとも問題はないだろう。それより今は、心身がまともなうちにさっさと話を済ませたほうがよさそうだ。





「だから私は無駄な努力を止めた。変に背伸びをせず、モブキャラとして身の丈に合った生き方をしていこうって決めたんだよ。」



藤本さんは私が本当の自分を隠しているといった。清水さんは私が自分に嘘を付いているといった。国分さんは私が魅力的で素敵な人だといった。


そして、私はその都度心の内で彼女たちの言葉を否定し続けた。私はちっとも魅力的じゃないと。私は自分に嘘などついていないと。私は自分を偽ってなどいないとな。




そう、やはり藤本さんたちは間違えている。彼女たちの指摘は全くの見当はずれ。事実と異なるただの戯言に過ぎないのだ。





……少なくともの私にとっては…な。





「もうわかったでしょ。嘘を付いていたのは…。自分を偽っていたのは過去の私の方。本当の私は根暗で性格が悪くて何の価値もないただのゴミムシ…。道端の雑草にも劣る、唯のモブキャラAでしかないんだよ。」




これこそが八坂希美のすべて。なんの面白みもない最低最悪の駄作を描く底辺作家の正体。恵まれない境遇に嘆き苦しむポンコツ主人公の真実なのだ。





「……やっぱり本人の口から聞いて正解だった。おかげで私にも少しだけ理解できたよ。咲綾や琴音が言っていた通り…。あなたが誰よりも魅力的で素敵なキャラクターの女の子だってことをさ。」



…どうやら藤本さんは日本語能力にかなり問題を抱えている人物だったようだ。ここまでの話からどうしてその結論に至ってしまうのか。凡人以下の脳みそしか積んでいない私にはちっとも理解ができないな。



「けど、これで終わりじゃないよね?だって、あなたはまだ肝心なことにほとんど触れてないんだもん。」



いよいよもって意味が分からない。肝心なことってなんだ。あんたは私に何を求めている。思い出したくない過去を絞り出してやった私にこれ以上どうしろって言うんだ。



「…同級生の自殺。そんなの誰だってショックだろうし、場合によっては一生モノのトラウマになってもおかしくないなって私も思うよ。けどさ…。その受け止め方って普通は死んじゃった子との関係性によってだいぶ変わってくるはずだよね。」



…なるほどね。その言葉であんたが何を言いたいのか大体察しがついたよ。ああ、一応言っておくけど別にとぼけていたわけじゃないし、触れたくないからそのことを話さなかったわけでもない。ただ純粋に、話したところでどうせ理解されないだろうって考えただけのことだ。けどまあ、そんなに知りたいのなら教えてやるよ。私と彼女がどんな関係だったのか。それはな……。




「…八島さんと自殺した女の子はクラスメイトだったって以外の接点が何もない。会話すらほとんどしていなかった全くの他人。あなたがどうしてそんな子の自殺に責任を感じ、生き方を変えようとまで考え至ったのか…。その理由、詳しく説明してくれるよね?」




……もう今更って気もするが敢えて言わせてくれ。



知っているならわざわざ聞いてくるんじゃねえよ、この性悪クソ馬鹿女が!!


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