78 グニラエフ立石群 二日目 2
今回はリィナ視点です。
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「雨か」
夜空を見上げると鼻先に冷たい水滴の落ちる感触。
昼過ぎから曇りがちだったが、とうとう雨になってしまったらしい。
荷物から出した雨よけのコートを着込んでいると、キュイが翼を広げて僕の上に体を持ち上げてくれた。
「すまないな」
「きゅい」
礼を言って歩き出そうとして、視界が揺れた。
立ちくらみだ。
キュイに体を預けて、少しの間だけ目を閉じる。
そうすると目眩はなくなった。
心配そうに見下ろしてくるキュイのお腹を撫でて、大丈夫だと伝える。
既に時刻は深夜に近い。
ここまでほとんど不眠不休なのだ。
小休憩は挟んでいるが、食事や水分補給で座るだけ。
横になって睡眠を取るわけにはいかない。
「キュイが頼りだからな」
幻獣であるキュイは強力なストレンジだ。
戦闘だけでなく、様々な面で活躍してくれる。
だが、竜卵のルールから逸脱できるわけじゃない。
僕のストレンジである以上、使い手の僕が意識を失ってしまえば消えてしまう。
意識を失えば死ぬ。
疲労と睡魔が蓄積しているというのに、そんな重圧までかかっていた。
ただでさえ未解遺跡の探索で神経をすり減らせているのだ。
三層の竜卵による体力と、仮眠ともいえないような微睡で乗り切ってきたが、限界が見えてきていた。
「ふん」
頬を叩く。
こんな時でも強制治癒が働かない程度に加減しないといけないのが煩わしいが、おかげで意識だけははっきりした。
「つまらない泣き言なんか吐けるか」
自己分析を鼻で笑い飛ばす。
最初から無理をする覚悟はしていた。
ここからは小休憩も取らない。
下手に座り込んでしまえば動けなくなりそうだ。
中層の探索を始めてから既に一日以上の時間が過ぎている。
かなりの距離を歩かされてしまったが、先程からキュイは僕の通った痕跡を見つけられなくなっていた。
雨雲で月も星も見えないが、方角も見失っていない。
そろそろ最深部が近い。
それに急がなくてはならない。
「第三皇子らしい臭いが気になるからな。キュイ、この辺りにはないんだな?」
「きゅ」
僕のものとは別の臭いをキュイが見つけていた。
ごく最近の臭いで、複数人だというから、おそらく第三皇子の一行だと予測している。
僕が申請書を出したと知って、急いで探索計画を早めたのだろう。
第三皇子より先に攻略できなければ、全てが無駄になってしまう。
岩の迷路を突破できるかは運に任せるほかないが、探索速度なら僕の方が勝っているはずだ。
向こうは人数が多いせいで動きが鈍るし、僕のような強行軍もしていないだろう。
よっぽど運が悪くない限り、先に最深部へ辿り着ける。
その運については生まれの時点で自信が持てないのだが、こればかりは結果が出るまでわからない。
不安に思うだけ時間の無駄か。
「急ごう」
段々と雨も強くなっている。
これでは臭いが流されて、一度通った場所かどうかも判別できなくなってしまいそうだ。
キュイの羽根灯りに照らされた迷路を進む。
この辺りになると石像はほとんど見られず、亡者が襲い掛かってくるばかりだ。
灯りに反応しているわけではないようだが、闇の中でも的確に僕たちへ向かってきた。
三体。
過去の探索者らしき人影が角から現れる。
「キュイ」
名前を呼べばキュイが迎撃に動く。
あっという間に羽根で払い、尾で薙ぎ、頭で潰していった。
亡者となった段階で竜卵は失われたのだろう。
それでも常人よりは強いのだろうが、キュイの敵ではない。
けど、キュイが前に向かうのに合わせて背後から新たな亡者が来た。
しかも、獣人族の亡者。
蛇のような頭と尻尾を持った獣人というのは僕に対する皮肉だろうか。
などと考えている暇はないな。
数は少ないが獣人族の亡者は強敵だ。
エスクリスク聖堂で戦った獣身供犠ほどではないが、獣のしなやかさで駆けてくる。
キュイが戻ってくるまでもう数秒かかる。
亡者が襲い掛かってきた。
蛇を彷彿させる鋭い突進。
下から胴体に掴みかかってくる動きは回避が難しい。
「ふっ!」
短い呼気に合わせて、亡者の顔を踏む。
蹴ったのではない。
まともにぶつかりあえば、僕の足の方が折れてしまうだろう。
だから、踏む。
膝を持ち上げて、動きに合わせて持ち上げて、高い段差を超えるように。
雨で足を滑らさないように慎重に。
平たい鼻先を上から押さえこむ。
そして、突進に押し倒されそうになる寸前に、曲げていた膝を思い切り伸ばした。
結果、僕の体は亡者の突進によって宙に浮かび、後方へと流される。
着地を誤れば大怪我は必至。
この場所での負傷は危険だ。
だが、心配はない。
その方向にはキュイがいるのだから。
「キュイ」
「きゅ」
キュイの羽根が柔らかく僕を受け止めてくれた。
亡者が追撃してきているが、それも狙い通りだ。
ここまで飛ばされたことも計算の内なのだから。
僕を受け止めた時にはキュイが動き出している。
通路を埋めるように尾が振るわれた。
誘い出されたと知らない亡者が真横に吹き飛び、壁にぶつかって打ち上げられる。
それでも止まらない。
宙を泳ぎながらも体は強制治癒で修復されていき、その目は僕に狙いを定めたまま。
「キュイ」
三度、名を呼ぶ。
反応してキュイの頭上に揺らめく光が浮かんだ。
雨に打たれても揺らがない白い炎。
地形を考慮して威力は控えめにした。
それでも狭い通路を焼き尽くすには十分な威力を秘めている。
亡者が地面に着地するのに合わせて放った。
白い炎に焼かれても亡者は前進を止めない。
燃え上がる通路を向かってくる。
手足を焼かれ、強制治癒に治され、だが、完治よりも早く焦がされて。
遂に、道半ばで膝から下を失って倒れ込んだ。
しばらくして完全に活動を停止する。
その体が燃え尽きるまで僕は見守り、白炎を解除した。
焼け焦げた岩壁に雨が上がり、水蒸気を上げていく。
亡者の襲撃は終わりのようだ。
「行くぞ、キュイ」
「きゅい」
短い黙祷を送り、先へ進んでいく。
そうして夜通し歩き続け、亡者を倒し、段々と意識がぼやけて来た明け方――僕は巨大な扉に道を阻まれた。
通路を完全に遮断する石の扉。
装飾どころか持ち手もないせいで壁と勘違いしてしまいそうだ。
そう思わなかったのは左右には三メートルはありそうな石像が配置されていたから。
その石像たちの首ががゆっくりと回り、僕とキュイを見下ろしてきた。
「ふん。これが最後の門番というわけか」
動く石像があらわれた。
……3




