77 グニラエフ立石群 二日目 1
今回はヴィンセント視点です。
77
「亡者が。今度こそ死ね」
ディアロス殿下の竜砲が轟き、ぼくが地面に縫い付けていた亡者から頭が失われた。
まるでスプーンで刳り貫かれたヨーグルトのようだ。
言葉通り跡形もない消失。
竜帝国の皇族の証でもある竜砲の威力は凄まじい。
それも七層到達ともなれば尚更だ。
頭を失った亡者はもうピクリとも動かない。
しばらく観察し、確信を持ててからレイピアを抜いた。
ディアロス殿下は他の貴族子弟が取り押さえた亡者を撃ち殺して回っている。
「怪我は、していないな……」
体を見回して、出血の跡がどこにもないとわかると安堵の息が漏れた。
戦いの中だと興奮のせいで傷を負ったと気づかない事もある。
そして、この場所ではその傷もたちまちの内に癒されてしまう。
結果、自分が把握している以上に亡者化の限界が近くなっているのだと教えられた。
「ヴィンセント。無傷です」
「そのようだな。君は腕がいい」
「ありがとうございます」
探索チームの衛生担当の先輩に報告すると、先輩から再度確認された。
賛辞を贈られるが、言葉通りの意味ではない。
彼がぼくを見る目は忌々しげだ。
理由は想像がつく。
ぼくの低い負傷率が妬ましいのだろう。
飛び入りの新入生より、長く第三皇子の取り巻きとして結束していた仲間の方が大事なはずだ。
その仲間が亡者になるかもしれないというのに、ぼくは余裕がるというのが気に食わない。
そんなところか。
「失礼します」
グニラエフ立石群の攻略は亡者をいかに増やさずに倒すかにかかっている。
頭を失った亡者は復活しない。
なので、倒す時は竜卵の遺跡群特効で頭部を著しく破壊するのが最適だ。
しかし、人間の頭を破壊するというのは難しい。
頭を殴って人を殺害するのではないのだ。
頭部そのものを損失させるとなると手段は限られる。
少なくともぼくのレイピアでは難しいだろうし、他のアームズやストレンジ持ちでも同じだった。
定期的に外周を回る探索チームでは、斧やハンマーといった大型武器のアームズを持つ人間が選ばれるという。
それでも卓越した腕前と膂力が必要になるのだが、ディアロス殿下の竜砲なら確実だ。
そのため、この探索チームの戦法はぼくたち貴族子弟が石像を倒し、亡者を取り押さえる役目を任され、動きを止めた亡者をディアロス殿下が倒すようになっている。
以前からディアロス殿下は取り巻きたちに捕えさせた遺跡群を倒して、自身の竜卵を成長させていた。
やっている事は普段と変わらないのだ。
取り巻きたちもさすがに捕縛に慣れているだけあって、ここまで現れた亡者は全て打ち倒してこれた。
ここまでは。
「おい、嘘だろ! 嘘だって言ってくれよ!」
怒鳴り声が、いや、悲鳴が聞こえて、振り返る。
衛生担当の先輩に詰め寄る三年生の先輩。
ぼくと同じような細剣のアームズを持っている人だったはずだ。
そのシャツの背中はバッサリと切り裂かれ、赤い出血の跡を残していた。
既に強制治癒が働き、傷自体は消えている。
悲痛な叫びを上げる先輩を誰もが遠巻きにして、声を掛けられない。
全員が察したのだ。
衛生担当が彼に『あの言葉』を告げたのだと。
「黙れ。亡者どもが聞きつけてきたらどうしてくれるのだ」
「殿下、があっ!」
その先輩をディアロス殿下が蹴りつけた。
七層の竜卵によって強化された肉体は常人のそれとはレベルが違う。
まるでボールのように先輩の体が跳ねて、倒れた。
「おい。こいつは『そう』なのか?」
倒れた先輩の胸を踏み潰し、ディアロス殿下は竜砲を向けた。
衛生担当の先輩は僅かに言葉に迷い、だが、意を決して告げる。
ここで嘘を答えれば探索チームを危険に晒してしまう。
そうなれば自分が助からない。
「……はい、殿下。彼は『予備軍』です」
「殿下! 違います! 何かの間違いです! 私は戦えます! 遺跡に操られたりしません!」
「誰もがそういうだろうな」
自らを踏みつける足に縋りついて訴えるが、ディアロス殿下は冷たく見下ろすだけだ。
「これまで私は殿下のために何でもしてきました! どうか御慈悲を! どうか!」
「ああ。そうだな」
ディアロス殿下は鷹揚に頷き、
「だから、今も俺のために死ね」
引き金を引いた。
竜砲の銃口から黒い砲撃が放たれ、先輩の頭を消し飛ばす。
伸ばした手が軽い音を立てて落ち、そのまま動かない。
亡者となって甦りもしない。
亡者化にも条件がある。
強制治癒が間に合わずに即死した者は亡者にならない。
頭か心臓の破壊。もしくは激痛によるショック死。
だから、この探索チームでは一定の負傷率を越えて『予備軍』になった者は殺される。
その線引きはディアロス殿下と衛生担当しか知らない。
そして、全体の負傷率を把握しているのも二人だけだ。
「貴様らも今一度胸に刻め。失敗すればこうなる」
ぼくたちを見回すディアロス殿下はいつものような言葉づかいながらも、声音自体は平静だった。
普段の粗暴なふるまいを知っている者なら驚くだろう。
ぼくも最初は驚いた。
「忘れるな。俺たちには後がないのだ」
その言葉は僕たちにというより、自身に言い聞かせているようだ。
そう。
ディアロス殿下は自身の置かれた立場を理解している。
このままでは後継者レースの的に使われてしまうのだと。
最初から知っていて演じたわけじゃない。
横暴な言動は全て彼の素だ。
歪んだ性根のままに悪行を重ねてきた。
だからこそ、二人の兄の標的役に選ばれた。
そして、既に後戻りできる状況になかった。
そこでようやく気付いたのだ。
自業自得だ。
事実、その通りだから否定しようがない。
だが、ディアロス殿下と取り巻きは抵抗した。
当たり前だ。
これで黙って死を受け入れるような性格なら悪行などしていないだろう。
「このグニラエフ立石群を探索し、強制治癒をわがものにできれば、俺たちを処分するなどできなくなる」
強制治癒の力を独占できれば処分なんてできないはずだと、彼らは考えた。
だから、気づいていると悟られないように今までと同じ態度を続け、攻略の機会を待ち続けたのだ。
「俺は死なない。兄貴たちに殺されてやるものか」
このグニラエフ立石群の攻略は彼らにとって最後の希望だった。
「貴様らもわかっているな」
「「「はっ!」」」
普通ならこんなルールには従わない。
絶対に逃げ出す人間が出てくる。
しかし、後がない彼らは順守する。
助かりたければ、亡者となる前に最深部に辿り着くしかない、と。
竜砲という強力無比なアームズがあれば不可能ではない、と。
「………」
正直に言ってしまえば、僕はそれでもダメだろうと思っている。
果たして皇子が技術を奪われずにいられるか、技術を盾に交渉をまとめられる人材がいるのか。
答えは否だ。
そんな有能な人間なら最初から標的にされていないし、第三皇子の取り巻きになんかならないのだから。
交渉が引き伸ばされている間に、技術は皇帝か他の皇子の密偵に奪われる。
だが、ぼくにはチャンスだ。
彼らは一致団結し、鉄のルールを実行し、グニラエフ立石群の中層を越えようとしていた。
そのための布石もうまく働いてくれている。
未解遺跡の攻略という実績ならば、平民たちに遅れを取った事実も覆せる。
第三皇子派から離脱するタイミングや後ろ盾が必要だが、様々なリスクを負ってでも挑むメリットがあった。
「ヴィンセント。貴様はこいつの抜けた穴を埋めろ」
「はっ」
亡くなった先輩は前線を支えていた組み合わせの内の一人だった。
ここで残りのメンバーを下げるのは致命的と判断したのだろう。
ぼくのアームズなら同系統なので、連携も取れるはず。
「ここを離れるぞ。隊列を組め。そろそろ休みを取るだろう。それまでは気を抜くな」
「「「はっ!」」」
見上げた空は薄い雲に覆われていた。
夕暮れの照り返しを受けて、うっすらと赤く染まっている。
遺跡に入ってから既に一日が経過しようとしていた。




