76 グニラエフ立石群 一日目 2
今回はリィナ視点です。
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「キュイ、無理はするなよ」
「きゅい」
遺跡に突入してから五時間は経過しただろうか。
辺りに夜の帳が落ち、キュイの羽根から溢れる輝きだけが頼りだ。
携帯食と水だけの簡単な食事を終えて、今は小休憩を取っている。
複雑な迷路の行き止まりを背にして、後ろからキュイが覆いかぶさるようにして守ってくれているおかげで、安心して休めた。
グニラエフ立石群の中層部。
地図のない領域は想像以上に厄介だ。
前情報では知っていたが、変化する迷路は精神的な疲労を強いてくる。
同じ場所をグルグルと回っているのではないかと自問自答しながら進まなければならない。
幸い、天井はないので昼なら太陽、夜なら月と星から方向を見定められるが、大まかな地点しか把握できない。
「キュイがいなければ手を出せなかったな」
僕が迷わずにいられるのはキュイのおかげだ。
一度通った場所がキュイにはわかる。
道が変化したとしても、変わっているのは岩の壁の配置だ。
床までは変わらない。
だから、床に残った僕の臭いを感じ取る事ができる。
念のために断言するが、これは僕の体臭が著しいわけではない。
キュイの嗅覚が鋭敏なんだ。そこは勘違いしないでもらいたい。
とにかく、一度通った場所は通らずに済む。
そうすれば時間は掛かるだろうが、こうやって全ての場所を埋めていけば、いずれ正解に辿り着けるだろう。
「きゅ」
相棒のキュイが僕の胸元に頭をすり寄せてくる。
構ってほしいのかと頭を撫でてやるが、僕を見つめるつぶらな瞳は揺れていた。
どうやら僕を心配しているらしい。
自分のストレンジを不安にさせてしまうとは、我ながら情けない主人だ。
「大丈夫だ。僕は何も問題ない」
「きゅう」
本当? と尋ねられたような気がした。
僕はただ無言で頷いて返す。
昔から一人には慣れている。
物心ついた時から僕には親がいなかった。
育ててくれた親とは血が繋がっていない。
その事実には早々に気付いた。
自分で言うのは恥ずかしいが、僕は人より早熟だったのだろう。
「あなたはこの家の子じゃないのに」
だから、そんな姉の言葉も理解できてしまった。
きっと、僕にはまだ意味がわからないだろうと口を滑らせたのだと思う。
けど、きっかけさえ手に入れてしまえば、僕の無駄に優秀らしい頭脳は答えを導き出してしまったのだ。
王宮に纏わる噂。
定期的に援助に訪れるとある貴族の使い。
自身の生まれや特徴。
その他、諸々の関係。
僕は『生まれてはいけない子供』だった。
幼い僕はその事実を受け入れた。
いや、それはさすがに記憶を美化しすぎか。
覚えていないだけで、僕だって泣きもしたし、八つ当たりだってしたはずだ。
でも、やはり最終的に受け入れた。
僕はセルツの家の子ではなく、周囲を不幸にしてしまう存在なのだと。
生母の実家の公爵家は援助してくれている。
だが、そのせいで多くのリスクを背負ってしまった。
セルツの両親は実の子のように僕を育ててくれる。
だが、そのせいで多くのリスクを背負ってしまった。
マルクは僕の従者としてではなく、一人の友人として接してくれる。
だが、そのせいで多くのリスクを背負ってしまった。
だから、僕はできるだけ早く独り立ちしなくてはならない。
周りにいる温かい人たちを不幸にしてしまわないために、一刻でも早く一人で生きていられるようになるのだ。
それからはひたすらに己を磨き続けた。
皇族の一人と悟られないために己を隠しながら、勉学に励み、体を鍛え、武術を教わり、研鑽を重ねた。
誰にも負けない努力をしてきたつもりだ。
おかげで人より抜きんでた力を手に入れられた。
それに比例して同年代の子供から距離を取られてしまったが、マルスがいてくれたから耐えられたし、一人になる事を選んだのだから寂しさに負けてなんていられない。
そんなふうに言い聞かせて、僕はまた強くなっていった。
そして、僕は遺跡の探索者になる道を選んだ。
理由は僕自身にもはっきりとはわからなかった。
ストレンジという竜卵を活かすためには一番適した職業だったからだと人には言ってきたが、果たして本心なのか。
復讐心がないかと問われて、答えに詰まらないのか。
「きゅ?」
「……ああ、すまない。なんでもない」
キュイの細い舌に頬を舐められて、物思いを打ち切った。
今はそんな事を考えている場合じゃない。
ここは未解遺跡のグニラエフ立石群。
休憩中とはいえ完全に気を抜いては命を落とす。
それに、僕が探索者を目指す理由ははっきりしている。
「お前はいらない子じゃないと証明しなくてはな」
僕を見下ろすキュイ。
竜卵が孵化してキュイが生まれた日に答えは出た。
美しい極彩色の翼を持つ群青の蛇。
こんな奇麗な存在が誤りであるはずがない。
素直にそう信じられた。
アームズだとか、ストレンジだとか、そんなものは二の次だ。
僕はこのキュイが竜砲にも劣らないと証明しよう。
キュイのためだなんて言わない。
見返したい気持ちがないとも言わない。
皇族に思うところがないなんて嘘でも言えない。
だが、それよりも確かに強く想う。
僕が僕であるために。
キュイがキュイであるために。
「僕たちは間違いなんかじゃない。そうだろう、キュイ」
「きゅい!」
そのために入学したノーツ総合学習院でいきなり第三皇子に遭遇したのは想定外で、取り乱してしまったが、これは最初のチャンスだ。
第三皇子が狙うというグニラエフ立石群の最深部に辿り着き、遺跡の全容を解明する。
「負けられない」
必ず勝ってみせよう。
休息は十分だろう。
僕は手早く荷物をまとめて、キュイを振り返る。
「頼むぞ、キュイ」
「きゅ!」
そうやって歩き出そうとして、強く意識してしまった。
ここ数日、ずっと一緒に行動していた友人の事を。
その彼が隣にいない事を。
短い付き合いのはずなのに、その不在を強く意識してしまう
図書館まで追いかけてくれた彼に酷い言葉をぶつけてしまった。傷つけてしまった。
初めて出会った、きっと僕と同じ人。
十二歳で七層の竜卵を持つ異端児。
目的のために強い意志で険しい道を踏破しただろう仲間。
そんな人がいると知って、嬉しかったのかもしれない。
僕は一人じゃなかったんだと、示してくれたみたいで。
だが、だからこそ、彼を巻き込むわけにはいかない。
「きゅう……」
「大丈夫だ。僕は、大丈夫だ」
頭を寄せてくるキュイ。
その羽がびくんと揺れた。
遅れて僕の耳にも足音が消えてくる。
「いくぞ」
「きゅ」
曲がり角の向こう側。
そちらへ向けて僕が駆け出すと、滑らかに身をくねらせたキュイが一歩先に飛び込んだ。
足音の主。
ボロボロの衣装をまとった亡者をキュイが押し潰している。
だが、倒せてはいない。
亡者は残った手足をバタバタと動かして暴れていた。
潰れた体も強制治癒によってすぐに治ってしまうだろう。
だから、容赦してはいけない。
「キュイ!」
僕の声に従って、キュイが高く持ち上げた頭を亡者に叩きつけた。
キィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイインンッ!
生物の姿をしていてもキュイはストレンジ。
遺跡群に対する特効を備えている。
頭部を砕かれた亡者は動きを止め、そのまま細かい塵と化して崩れ去った。
「せめて、安らかに」
短く黙祷し、意識を切り替える。
何度目かわからない確認。
ここは未解遺跡グニラエフ立石群。
迷いも憂いも捨てなければ、命はない。
「いこう」
「きゅ」
弱い心を振り切るつもりで、僕は今度こそ歩き出した。
グニラエフ立石群、その最深部を目指して。




