79 グニラエフ立石群 三日目 1
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石像の守護者。
遺跡群の中ではメジャーなタイプの守護者だ。
種族の別なく、どの時代、どの地方でも多く発見されている。
傾向としては獣人族が石。精霊族が木。魔族が金属を用いるとされているが、例外もあるため断定できない。
姿形はシンプル。
鎧兜を纏った獣人を象っているのだろうが、石の板を組み合わせただけの直線的なデザインになっている。
特筆するとすれば、両目で輝く緑の宝石ぐらいだろうか。
だが、これは大きい。
いや、大きすぎる。
高さに対して横幅は左程でもないが、それでも二体が並ぶだけでほとんど通路が塞がってしまう。
間をすり抜けて扉に向かう、という考えは捨てるべきだろう。
「ふん。体が大きければ勝てるのは子供のケンカだけだろうに」
とは言ってみたが、これだけ巨大な相手に正面からぶつかってはキュイでも危険だ。
あの質量に殴打されれば鱗の防御も耐えきれない。
衝撃で僕が動けなくなれば致命的。
二体掛かりで殴られ続ける展開が目に見えていた。
まずは距離を取ろう。
「キュイ」
石像の守護者たちから視線を外さないまま後ろに下がる。
二体の石像は近づいてくるが、予想通り動きは緩慢だった。
これなら間合いを取って戦える。
ここは一直線の長い通路。
遮る物もない。
遠くから白炎で仕掛けて、それで倒せるならよし。
ダメならば二体を引きはがし、一体ずつしとめる。
「きゅ!」
「――っ、そうか。亡者も来るのか」
キュイの警告で背後の存在に気付く。
通路の向こう側から獣人の亡者が一体、姿を現わしていた。
犬の獣人の亡者はこちらへ向けて迫ってくる。
前からは石像の守護者がゆっくりと、後ろからは獣人の亡者が高速に。
まんまと挟み撃ちにされたわけだ。
扉というゴールを前にして警戒を怠っていた。
だが、後悔も反省も後回し。
今は目の前の障害に対処しなくてはならない。
「キュイ、後ろに最大威力で白炎!」
指示を出すと同時に前に出る。
霧雨の降る早朝の暗闇が晴れた。
背後で白い炎が燃え上がったのだ。
最大威力の白炎は背後の通路を埋め尽くし、突進して来ていた亡者を焼き払い、そのまま火勢を衰えさせずに燃え盛る。
これで後ろから亡者に襲われる心配はない。
そして、白炎を放って隙だらけのキュイを守るために僕は石像たちの間合いに入った。
奴らが一歩踏み出すだけで地面が揺れる。
壁が迫ってきているようにしか見えない。
その巨大な手でも足でも、どこかに触れただけで骨身が砕けるだろう。
「生憎だな。スケールは違うが、自分よりでかい相手は見慣れている」
同年代では平均程度の背丈だ。
マルスは当然として、カルロだって見上げないと顔を見れないからな。
そんな強がりを思い浮かべて、挑む。
向かって右。
手を伸ばしてきた。
動作は遅い。
それでも体が大きいせいで速く感じてしまう。
何より最大の問題は、どこにも逃げ場がない事だ。
それでも下がればキュイが守れない。
それに元から逃げるつもりなどない。
空から落ちてくる石の壁が落ち切るより早く。
巨腕と床の隙間に滑り込んだ。
直後、後ろで轟音が響いた。
背を押すように抜けていく風に首筋が粟立つ。
「こっちだ」
勢いを殺さずに走る。
目の前には石像の足。
前のめりになっているせいで動きづらくなっている。
その間に股下を潜り抜けた。
もしも、ほんの少しでも足がずれてくれば助からない。
そんな恐れを強引に捻じ伏せて、前へ、前へ。
「僕はこっちだ!」
抜けた。
右の石像の裏側。
足を伸ばしても届かない位置。
だが、頭上から影が差す。
雨雲の暗闇ではない。
二体目。
左にいた石像の足裏。
僕を踏み潰そうとしている。
「っ、ぁああああああ!」
全力で跳んだ。
前へ。
頭から。
受け身を取る余裕もない。
床に胸を打ちつけて、痛みに顔をしかめた。
「ぐっ」
痛みが消えた。
強制治癒が働いたか。
ここまでキュイのおかげで無傷で切り抜けられたが、そう甘い話はない。
大丈夫だ。
まだ亡者化を心配する段階ではない。
二体目の踏みつけを躱した。
だが、まだだ。
既に僕を掴もうと石像が腕を伸ばしてきている。
転がる。
無様でもいい。
今は生き残る事に集中しろ。
ほんの少し前まで自分が倒れていた場所が石像によって押し潰された。
風圧に舞い上がる砂と埃。
衝撃に揺れる地面。
それに合わせて床を両手で押して、起き上がった。
周囲を観察している余裕もない。
そのまま走る。
奥。
扉の方向。
当然、二体の守護者は僕を追う。
奴らは扉の守護者なのだ。
見逃すわけにはいかないだろう。
「キュイ!」
たとえ、背後からキュイに襲われたとしても、僕を優先せざるを得ない。
起き上がろうとしていた右側の石像にキュイが襲い掛かった。
背後から体に巻きつき、高速で移動を果たし、頭部へと至ると全身で締め上げる。
キュイの巻きつきは強力だ。大木でさえ砕く。
だが、石像は構いもせずに起き上がろうとしている。
「白炎、最大!」
至近距離。
キュイの頭上で白い炎が顕現する。
いちいち放つ必要はない。
なにせ、今はキュイの眼前に相手がいるのだから。
白炎が石像の頭部を飲み込んだ。
石を相手に火で攻めるのは愚策かもしれない。
だが、キュイは幻獣のストレンジ。
その炎にも遺跡群特効は働くのだと、カルロの戦いで知っている。
まるで氷の彫刻のように石像の頭と肩が溶けていく。
ゆっくりと、だが、確実に。
そして、がくんと大きく一度揺れると、石像は操り糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
亡者と同じように頭が失われたからか。
それともあの両目の宝石が核だったのか。
しかし、確かめる余裕はどこにもない。
「あぁ、ぐ、うぅ!」
衝撃に膝をつきかけた。
止まりそうになる足を無理やり進める。
白炎を放つ位置があまりに近すぎたのだろう。
キュイの尾を巻き込んでしまった。
鱗では白炎の高熱に耐えきれなかったらしい。
もしも、カルロとの戦いで衝撃を体験していなければ、ここで動けなくなって終わっていたかもしれない。
だが、まだ動ける。
もう一体の石像は愚直に僕を追ってくる。
よろけていたせいで距離が詰められていた。
僕と石像では一歩の広さが違いすぎる。
「キュイ、すまない。頼む!」
キュイが飛んだ。
短時間のみの飛行能力。
極彩色の翼をはためかせて、石像の上半身に体当たりを敢行した。
連続で白炎を放ち、傷つき、消耗の激しい飛行まで。
既にキュイは限界を超えている。
だからこそ、最後は体を武器にした突撃しか手段がなかった。
二体がもつれあうようにして倒れる。
軽い衝撃が体に走った。
今のでまたキュイが傷ついたか。
すまない。
だが、ありがとう。
この機会を無駄にはしない。
切り返す。
逃げの一手から反撃へ。
倒れた石像が起き上がるよりも早く。
石像が床についた腕を駆けあがる。
肘から先は角度が急すぎて登れそうにない。
だから、キュイの尾を掴む。
傷つきながらもキュイは僕の体を持ち上げてくれた。
そして、届いた。
石像の眼前。
双眸。
緑の宝石。
両手でそれぞれ掴む。
眉間を踏みつけ、全力で引っ張る。
「と、まれっ!」
ガリッ!
爪が割れる音。
強制治癒で癒される。
それでも尚、指先に力を入れた。
今にも石像が起き上がろうとしている。
キュイが最後の力を振り絞って石像に巻きついて邪魔をするが、あと数秒で起き上がってしまうだろう。
「止まれええええええええっ!」
叫びと共に体が泳いだ。
気が付けば浮いていた。
いや、落ちている。
倒れていたとはいえ、石像の顔は二メートルぐらいの位置にあった。
反射的に目をつぶって、すぐに来るだろう衝撃に備える。
しかし、衝撃はやってこなかった。
「……お前は本当に最高の相棒だよ」
「きゅい」
僕を羽根で受け止めたキュイがそっと地面に下ろしてくれた。
見上げた石像は微動だにせず、座り込んだまま動かない。
握りしめた緑の宝石を手に僕は大きく息を吐き、左肩に強烈な衝撃を受けて倒れた。
……2




