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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第三章 グニラエフ立石群
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72 噂

 72


「リィナが、皇族?」

「声が大きいわよ」


 マリー先輩が指先を俺の口に当ててくる。

 確かにこれは人に聞かれるわけにはいかない情報だ。

 声を潜めるのも理解できた。


 隣のカナンを見ると聞こえなかったのか、不思議そうに俺の顔を見返してくる。

 他のメイドもそれぞれの仕事をしていて、こちらに聞き耳を立てていたりはしない。

 それでも一層声を潜めて続ける。


「本当なんですか?」

「言ったでしょ。曖昧な話だって。わたしはそれを確かめたかったの」


 ああ。そう言っていた。

 ダメだな。ちょっと混乱しているぞ。

 意識的に深呼吸をして、一度思考をクリアにしてから改めて考える。


 この情報は軽い気持ちで立ち入ってはいけない。

 厄介ごとに関わるという以上に、リィナのプライバシーに土足で踏み込む行為に他ならないという意味でだ。

 本当ならリィナが自分から話してくれるのを待つのが正しい。


 でも、リィナは俺の助けを拒絶して、一人で動いてしまっている。

 そして、俺はそのリィナに無理やりでも関わると決めた。

 なら、罪悪感を飲み込んで、踏み込むしかない。


「それでも怪しむ要素はあったんですよね?」


 火のないところに噂は立たない。

 マリー先輩に情報が渡ったのだから、それなりの根拠はあったはずだ。


「ええ。リィナ君のセルツ家って服を扱う商会なんだけど、帝国貴族とも繋がりのある大きな商会なの」

「そうなんですか」

「で、そんな商会に預けられたのがリィナ君。ある貴族様からの頼みでね」

「その貴族って……」

「元第三皇妃様のご実家の公爵家」


 公爵。

 大物だな。

 貴族位の中でも最上級の家格だ。


「ほんの少しの間、宮殿で噂になったらしいわ。第三皇妃の産んだ子の竜卵がストレンジだった、ってね」


 この段階で話が嫌な方向に行くのは予想できてしまった。

 アームズしか持たないはずの皇帝の血筋から生まれたストレンジを持った赤ん坊。


「当然、不貞を疑われるわね」

「じゃあ、『元』第三皇妃っていうのは」

「追及されて、他の皇妃からも責められて、結局、信じてもらえなくて……」


 そこから先の言葉をマリー先輩は首を振るだけで口にしなかった。

 あまりにも簡単に想像できてしまい気分が悪くなる。


「問題の赤ん坊は公爵家に預けられていたみたいなの。でも、皇室は赤ん坊を連れ去って、いつの間にか亡くなった事になっているわ」

「けど、それより先に公爵家からセルツ家に預けられた子供がいる、と」


 後は言葉にしなくてもわかる。


 公爵家は似た特徴の赤ん坊を替え玉にして、孫を逃がした。

 しかし、一時しのぎはできても、手元に置いておけばいずれは露見する。

 だから、懇意にしていた商会に子供を預けて隠した。


 その子供がリィナなのか。


 マリー先輩は俺がその答えを想像したとわかったのだろう。

 ソファーに体を戻して、困ったように微笑む。


「わかるでしょ? そうかもしれないだけだって」

「確かに曖昧ですね」


 第三皇妃が不貞を働いたのか、それとも偶然ストレンジだったのか。

 赤ん坊が生きているのか、殺されてしまったのか。

 そもそも噂話が真実なのか、ただの噂なのか。


 どれも裏づけは取れない。

 でも、仮にリィナがそうだと仮定すると話が繋がるのも事実だった。


「だから、第三皇子に反応した?」

「少なくともわたしはそう想像したわ」


 トラブルだって起きるはずだ。

 片親は血のつながった兄弟だからこそ、平静ではいられなかっただろう。

 一方は皇族としてなに不自由する事無く育ち、一方は不貞の子として平民として生きてきた。

 そんな相手に理不尽な罵声を浴びせられたのだ。

 俺だったらあの場で殴り倒している。


「それで、か」


 リィナは言っていた。

 キュイを認めさせたい、と。

 虚栄心のなさそうな彼には似合わない目標だと思っていたけど。


 竜砲というアームズしか認めない皇室への一種の復讐なのかもしれない。


「じゃあ、マルスは……」

「公爵家の遠縁の元貴族の子供みたいよ」


 公爵家がリィナにつけた従者か、護衛か、監視役か。

 そう考えると色々と説明できる部分もある。


 リィナの入学に合わせた事。

 激しやすいリィナをフォローしている事。

 あるいはあの奇抜な格好や言動だって、リィナに集りそうな視線を自分に誘導させるための一巻なのかもしれない。


「違うと、思います」

「え?」

「お話、よく、分からなかった、けど」


 マントを引っ張られた。

 カナンが小さな声で、途切れ途切れになりながらも、俺から目を逸らさずに続けてくる。


「マルスさん。話を、聞いて、リィナさんを、本当に、心配して、ました」

「そっか」

「あと、制服も、楽しそうに、改造しようと、してました」

「……そっか」


 前半だけ聞きたかったよ。

 いや、それも含めてマルスはマルスか。


 儂がマリー先輩に言った通り。

 噂なんて関係ない。

 俺が知るマルスだけを信じればいい。


 俺の知るマルスはアフロヘアでサングラスで筋肉質で女装趣味のおねえで、面倒見のいい面白い奴だ。

 裏事情なんて知るか。

 それで騙されたって言うなら、俺に人を見る目がなかっただけだ。


「カナン、ありがとう。マリー先輩もありがとうございます。助かりました」

「あう、その、えらそうなこと、ごめんなさい」

「べ、別に、気まぐれよ。気まぐれ。その……さっき言ってくれた事、嬉しかったし」


 あわあわして何故か謝ってくるカナンと、もじもじと膝の上で手をにぎにぎしながら上目づかいで見つめてくるマリー先輩

 二人のおかげで一気に情報を得られたし、気持ちが整理できた。


 さあ、もう一度リィナに会いに行こう。

 できれば、マルスも連れて。

 リィナが何をしようとしているのか、しっかりと話を聞いて、その上で協力するか、止めるか決めればいい。


「ねえ、カルロ君。話を聞いてもリィナ君に関わるつもりなの?」


 あるいはマリー先輩は俺を諦めさせるために話してくれたのかもしれない。

 俺を心配そうに見つめている。


 マリー先輩が危惧する通り、皇室の揉め事に関わるというのは危険だ。

 自分の子供たちさえ利用する皇帝に、その中で価値を示そうとする皇太子という一族なのだ。

 そんな中に巻き込まれたら俺みたいな平民なんてひとたまりもない。

 今回敵対するかもしれないのは第三皇子ディアロスは、特に危険度が高いだろう。


 だから、友達が無茶をしようとしているのを黙ってみていろ?

 そんなのお断りだ。

 俺はディアロスの臣下でもないし、皇帝に忠誠を誓っているわけじゃない。

 リィナの友達なんだからな。


 竜帝国にいられなくなるって言うなら、聖教領スピタリカでも、自由連合トワムにでも孤児院の皆と移住してやるさ。


 といっても、スピタリカならティレアさんとノルト神父を頼ればいいけど、シャンテの問題があるからなあ。

 となると、トワムの方が暮らしやすいかな?


「もしもの時はトワムに引っ越しますから、その時はマリー先輩を頼ってもいいですか?」

「いいけど。そ、それって、どういう意味、かな?」


 マリー先輩は高速でもじもじし始めているんだけど、何この反応?

 いや、言葉の通りの意味だったんだけど、何か誤解されるような事、言っちゃった?

 え? まさか、マリーさんの実家のお世話になりたいって感じで伝わっちゃったの?


 早急に誤解を解かなくてはまずいと口を開きかけて、それより先にロビーに誰かが入ってきた。

 バンッと派手に扉を開け放って、早足でこっちにやってくるのは、


「サムエル?」

「カルロ。君は寮に戻っていたか。ミレーヌさんの言う通り、まずは戻って正解だった」


 一人で納得するサムエル。

 どうやら俺を探していたらしいけど、何か用でもあったのだろうか?

 勉強の話題とかなら悪いけど、またの機会にしてもらうしかないけど。


「サムエル君、急ぎすぎよ。気持ちはわかるけど、落ち着いて話さないと」

「確かに、その通りだな」


 少し遅れてやってきたのはミレーヌさんにたしなめられて、サムエルはひとつ頷いて、三度ほど深呼吸してから、用件を口にした。


「遺跡学科の生徒たちの間で噂になっていたのだが……」


 ディアロスとの事かな? と考えて、違うと気づく。

 それなら遺跡学科の生徒、なんて限定しないはずだ。


「リィナがグニラエフ立石群とやらに向かったと聞いたのだが、カルロは知っていたか?」

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