73 申請
73
サムエルから伝えられた噂を確認しに職員棟へ走った。
遺跡探索の申請書を処理するという窓口に詰め寄り、詳細を聞き出そうとしたんだけど、係員は守秘義務があるかの一点張りで教えてくれない。
当たり前といえば当たり前か。
学生の中にはディアロスのように人の発見を横取りしようとする人間がいる。
どの学生が、いつ、どこの遺跡に入るかなんて情報を、下手に教えてしまえば悪用されてしまいかねない。
俺がリィナの友達だとか、同じ寮生だとか言っても無駄だ。
それなら直接本人に聞けという話だろう。
「……はあ。落ち着け」
ここで係員を責めても、粘っても、時間の無駄になるだけだ。
まず、噂の信憑性について考える。
リィナがグニラエフ立石群に向かったというのは本当か?
可能性は高い。
リィナは食堂でディアロスがその遺跡の攻略に向かうと聞いていた。
マリー先輩からの情報が正しかったとしたら、ディアロスに先んじようとしても不思議ではない。
実際、図書館の地下三階でリィナが集めていたのはグニラエフ立石群に関係する本だったのを俺は見ている。
そして、リィナは一人で遺跡に向かうはず。
リィナの目的は皇族に自分の竜卵――キュイの力を認めさせること。
他の人の手を借りては意味がない。
何より、ディアロスの先回りしようとする。
手柄を奪われたと逆恨みされる可能性があるのに、リィナが他人を巻き込むとは思えない。
だからこそ、リィナは俺を拒絶した。
「失敗した。この可能性は考えていたけど、ここまで早いとは……」
事前調査も準備も不十分。
そんな中で単身、未解遺跡に挑むなんて無謀すぎる。
リィナだってそれぐらいわかっているだろうと思った。
だからこそ、まずは状況確認に動いたのだけど、失敗だった。
リィナから目を離すべきではなかったのだ。
「おい、邪魔だ。どけ」
聞き覚えのある声が後ろから降ってきた。
そこにいたのはディアロス。そして、ヴィンセントたち取り巻きらしき貴族子弟。
「どけと言ったのが聞こえんのか、平民が」
ディアロスはいきなり裏拳を放ってきた。
あまりに無造作に行われた暴力に驚いて、慌てて回避する。
避けられたのが不快だったのか、ディアロスは眉をしかめると、当たり前みたいに竜卵に手を伸ばした。
「皇帝の罰を避ける愚か者が」
ディアロスの手にアームズが発動する。
現れたのは回転式拳銃。
銃身からシリンダー、グリップまで黒一色。
鈍い光沢を放つ金属の塊。
これが、竜砲か。
その銃口は真っ直ぐに俺の額に定められていた。
まるで躊躇う様子もなく引き金に指が掛かり、俺は儂へと瞬時に切り替えようとして、
「竜砲の裁きを――」
「恐れながら、殿下!」
寸前でヴィンセントが遮った。
ディアロスは即座に銃口の先を変えて、自分の足元に跪いたヴィンセントの頭に狙いを定めた。
照準が定められた事は雰囲気で察したのだろう。
ヴィンセントは僅かに肩を揺らしたものの、そのまま口上を続ける。
「殿下の貴重なお力をこのような平民に使ってはあまりに勿体のうございます。何より、この後のご予定もございます。殿下のお力なくては成功など有り得ません。どうか、寛大なるご処置をお願い申し上げます」
「……ふん」
ディアロスはしばらく迷いを見せていたけど、唐突に竜砲を卵に戻した。
そして、跪いたヴィンセントを殴りつける。
加減のない一撃だ。
七層の竜卵のそれは容易くヴィンセントの体を床に叩き伏せてしまった。
「あがっ!」
「貴様のような愚物に言われずともわかっている。おい。さっさと手配をせんか」
後はもう忘れてしまったかのように、取り巻きに書類を書かせ始めた。
ヴィンセントは殴られたまま動かない。
気絶したりはしていないようだけど、ダメージが抜けないのだろう。
「確かに、受理いたしました」
「愚図が。俺を待たせるな。まったく、慎みを知らん平民が出しゃばるせいで、こっちまで駆け足になるというのに。おい、いつまで寝ている、ヴィンセント。遅れるなら潰すぞ」
どうやらリィナが一足先に遺跡に向かったのを知って、慌てて追いかけようとしているのだろう。
正直、その対応には疑問があるけど、相手は新入生とはいえ幻獣持ち。
警戒するのはわからなくもない。
罵声だけ残してディアロスは振り返りもせずに退室していった。
ヴィンセントは足を震わせながらも立ち上がり、その後を追おうとする。
好きな相手じゃないけど、思わず声を掛けてしまった。
「ヴィンセント。何を考えているんだ?」
「……貴様を助けたわけじゃない。こんな教職員のいる場で誰かを殺めれば殿下であっても数日は拘束されてしまう。それでは目的が果たせないからな」
それだけ言うと、よろよろと歩き去っていく。
俺が聞きたかったのは、どうしてそこまでして馬鹿皇子に従うのか、だったんだけどな。
そう言えばお昼から従者の双子を見なかったけど、どうしたんだろうか。
「や、どーも」
俺が思い出したからというわけでもないだろうけど、その双子の片割れが人ごみから出てきて声を掛けて来た。
どうやらヴィンセントの近くにはいないまでも、離れて見守っていたらしい。
「君はたしかミリム、だっけ?」
「あ、覚えてた? 話が早くて助かるよー」
この子も制服姿だ。
主人と一緒に入学試験に合格したんだな。
さて、色々と気になる事はあるけど、俺もあまり時間は無駄にできない。
いまいち掴みどころのない彼女のペースには付き合えないから、早速こっちから切り込む。
「このタイミングで出てきたって事は、何か俺に言いたい事があるんだろ?」
「ホント、話が早いねー。ま、そうなの。ちょっとお願いがあってさー」
「お願い?」
「うん。ヴィンセント様を助けてほしいんだけど、ダメ?」
ちょっとお使い行ってきてみたいなノリでお願いされてしまった。
けど、ぼんやりした表情の割に、目は真剣だ。冗談で言ったわけではないらしい。
「あまり俺も時間がないから、手短に説明してくれ」
「お家のために実績欲しくて馬鹿皇子に従った。でも、馬鹿皇子は想像以上に馬鹿だった。ヴィンセント様はそれでも我慢してるけど、このままじゃ殺されちゃう。だから、助けて」
本当に手短にまとめてくれたな。
とてもわかりやすいからいいけどさ。
「それはヴィンセントからの指示?」
「やー、うちの個人的なお願いだよー。実はヴィンセント様に『しばらく近づくな』って厳命されちゃってねー。恥ずかしながらこうして遠くから見守ってるところなの。今は弟が見てくれてる」
「君たちは何もしないのか?」
「ヴィンセント様が耐えているから、うちらも我慢だよ。じゃなかったら……」
ぼそり、とミリムは呟いた。
表情も雰囲気もまるで変わらないままだけど、俺の耳には『とっくにぶっ殺してる』と聞こえた。
そんな物騒な言葉をなかったみたいにミリムは続けてくる。
「ねえ。ダメかなー。あ、お礼ならなんでもするよ? 本当に、なんでもね?」
あー、これは本気だ。
うちのヴィオラと同じ本気の匂いがする。
それこそ俺が『報酬はお前の体!』なんて言っても即座に服を脱ぎかねないぐらいに。
とりあえず、ヴィンセントたちの事情はわかったけど、時間もないから結論を告げる。
「君には悪いけど、俺がそのお願いを聞く必要はないよな」
「だよねー」
肩を落とすミリムの脇を抜けて、窓口に向かう。
さっきのディアロスの取り巻きが書類を書いていたのを見ているから、初めてでも問題なく書けそうだな。
手早く記入を終えて、係りの人に提出する。
「これ、お願いします」
「はい。って、これ、本気なのかい?」
俺が出したのは探索申請書。
目的地はグニラエフ立石群。
遺跡学科一年次席や、馬鹿皇子御一行が注目の今最もホットなスポットだ。
「本気なんで急いでもらえます?」
「……わかりました。少々お待ちを」
溜息を押し殺すようにしながらも職員さんは仕事を始めてくれた。
待ち時間があるので、その間に独り言。
「まあ、俺は俺で遺跡に入るけど、リィナのためであって、ヴィンセントのためじゃない。だけど、馬鹿皇子がちょっかいかけてくるなら、それなりの対応をするかもね」
「……ありがと」
別に積極的に助けに動くつもりはない。
言葉の通りに行動する。
ヴィンセントを助ける義理はないのだ。
まあ、ディアロスと関わればちょっかいかけられるのはわかりきっているけどね。
さあ、大急ぎで探索の準備をして、最低限の情報を集めて、すぐにでも突入だ。
まったく、こんな状況なのにワクワクを隠しきれない儂も大概だな。
計画を頭の中で思い浮かべていると、ミリムが話しかけてきた。
「ねえ」
「なに?」
「おっぱい、もむ?」
「もまねえよ!」
とんでもないこと言うんじゃない!
係員さん、こっちを二度見したじゃないか!
なんなの? お礼のつもりなの?
それとも俺を社会的に殺すつもりなの?
あーもう、本当にこの子はつかめない。




