62 それぞれの受験後
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「まさか、院長だったとは……」
「別に騙されたわけでもからかわれたわけでもないのだがな」
なんというか、驚かされた。
俺はまだまだ観察眼が足りないらしい。
執事か従者みたいな丁寧な言動で考えもしなかったよ。
初老の紳士に見えて実力も高い。
なんでも、元々は有名な探索者で、高レベルの竜卵持ちなのだとか。
キュイにぐしゃっとされそうになったヴィンセントを救い出していたし、儂も強いと認めていたから不思議ではない。
年齢とケガを理由に引退して、先代院長だった父親から引き継いだと言っていた。
院長直々に試験官を務めるとは、本当に俺たちに注目していたんだろうな。
それか院長ぐらいしか俺たちの戦いを見極められる人材がいなかったのか。
「しかし、見られているな。下世話な奴らだ(恥ずかしいじゃないか)」
不意に隣を歩くリィナが小さく溜息を吐いていた。
寮へと向かって歩いている俺たちに、あちこちから視線が刺さってくる。
既に時刻は夜に近いせいか、帰宅中の人が多い。
合格した受験生に、制服姿の生徒、それに教員や職員まで。
すっかり注目の的だ。
どうやら俺たちの噂は色々と広がっているらしい。
筆記試験と模擬戦で一位と二位。
七層と幻獣。
エスクリスク聖殿の地下祭儀場の発見と脱出。
まあ、噂にならな方がおかしいか。
「最初だけだよ。そのうち目立たなくなるって」
「ふん。それもそれで困るのだがな。悩ましい事だ」
へえ。リィナは目立ちたいのかな?
それにしては嬉しくなさそうだし、当人の性質にそぐわないけど。
俺の視線から察したのか。リィナは肩を竦めた。
「別に注目がほしいわけじゃない。ただ、証明したいだけだ」
「証明って、実力を?」
「正確にはキュイを、だが……つまらない話だ。気にするな」
証明したい、という事は認めさせたい相手がいるのだろうな。
だから、その相手に噂が届くように注目される必要がある、と。
となると……いや、詮索しすぎだ。
あまり話したくないようだし、無理に聞き出すのはやめておこう。
リィナの方から話す気になるまで待てばいい。
その時になったらリィナは教えてくれるはずだから焦る事はない。
「そっか。でも、嫌でも注目されるんじゃないかな」
「なんだと?」
「ほら、あれ」
前方を指差す。
物思いにふけっていたリィナは気づくのが遅れたようだけど、強制的に視界に入り込んでくる暴力的な存在感の塊が迫ってきている。
「リィナー! カルロくーん!」
ドスッ、ドスッ、ドスッ。
重たい音を鳴らしてマルスが駆け寄ってきた。
満面の笑みで手を振る仕草だけはやたらと乙女っぽいのだが、実際に目に映るのは獣身供犠に通じる威圧感。
森の熊さんが追いかけてきたとしか思えない。
「全力回避」
「ふん」
ガバッと抱きつこうとしてきたマルスを、咄嗟に避けてしまった俺たちはきっと悪くないと思うんだ。
すかされたマルスはヘッドスライディングみたいに顔から地面に突っ込んでいった。
「もう! 照れなくてもいいじゃない!」
照れてはいない。
ただ、恐ろしかっただけだよ。
そんな言葉を飲み込んで、ごめんと謝りながら助け起こした。
「本当に心配したのよ? 魔導学科の試験が終わったら騒ぎになってて、遺跡学科の受験生に話を聞いたら、あなたたちが遺跡の地下に落ちたなんて言うんだから! 帰ってきたって聞くまでもう心配で心配で胸がはちきれそうだったわ」
胸筋をむんっとしてその時の様子を表現するマルス。
やめて。
前かがみになるのやめて。
胸の谷間を強調しないでください、お願いします。
しかし、果たして大胸筋の真ん中を胸の谷間と呼んでいいのだろうか?
俺が助け起こした事を後悔していると、付き合いの長いリィナがいかつい顔を押し返してくれた。
「それで? 僕は無様な結果なんて聞かないぞ?(合格したんだよな?)」
「ふふ、当たり前よ」
今度は普通に胸を張って、余裕の笑みを浮かべるマルス。
ドレスの胸元から俺たちとは色違いの生徒手帳を取り出してみせた。
うん。つっこまないぞ?
「あたしも合格よ。それも、魔導学科の首席でね」
ばっちりとウィンクを決めてきた。
へえ。
筆記試験の方は五十位だった事を考えると、専門科目の方でかなりいい成績を残したんだろうな。
感心する俺とは違って、リィナは当然だとばかりに頷いている。
まあ、俺の目には飛び跳ねて喜んでいるウサギさんが見えるけどね。
マルスは俺とリィナの肩に腕を回すと、軽い足取りで寮へと歩き出した。
「二人も特待生になったのよね? あたしもだし、今日はお祝いしましょうよ。食堂で一番高いお料理を頼んで……」
「無駄遣いは感心しないな。いざという時のために貯蓄しておかないと後悔する事になるぞ」
「んもう、今日ぐらいいいじゃない。それに一食だけよ。一食だけ」
「まあ、そうだね。メリハリさえつければいいんじゃないかな」
「あら、カルロくんはわかってるわねえ」
「カルロ。その一度が気持ちの緩みとなって、人の心を堕落させるのだ。君ならわかるだろう」
などと板挟みになっていると、前方に立ち塞がる人影にぶつかった。
「カルロ・メリヤ! リィナ・セルツ!」
険悪な表情で睨んでくるのはヴィンセント。
その後ろには例によって例の如く双子が控えている。
「ぼくは貴様らを認めない! 必ず貴様らを倒し、その座を奪ってみせる! それまで精々、主席の座を温めておくがいい!」
あー、まったく反省の色なしか。
関わってこなければいいのに。
それにしてもあれだけやられて、俺とリィナの戦いを見てよく挑もうとするよ。
あ、違うか。
模擬戦の時は気絶していたから見ていないんだ。
ちゃんと見ていたらしい双子は何とも言えない表情だ。
ティムはすっかり青ざめていて、ミリムは『あーあ』みたいな顔をしている。
よくもまあ、こんな奴に忠義立てするもんだな。
「それだけだ! 行くぞ、ティム、ミリム!」
「はい。ヴィンセント様!」
「あー、バカ様、もといヴィンセント様がごめんねー」
目的は果たしたと踵を返すヴィンセントに、あからさまにほっとした様子の双子。
しかし、ミリムとやら、今『バカ様』って言ったよね? 忠義心があるのかないのかわからないなあ。
「なぁに、あれ?」
事情を知らないマルスも俺たちの険悪な関係はわかったのか、不機嫌そうだ。
「ふん。礼儀も道理も知らん愚か者だ(カルロに謝るまで許さないぞ)」
「色々あってね。ヴィンセント・ロクトルって名乗ってたけど、マルスは知ってる?」
どうも貴族なのは間違いなさそうだけど、そういった方面の知識に疎い俺では見当もつかない。
帝都出身らしいリィナも知らないようだけど、マルスはどうだろうか。
「ロクトルっていったら、ロクトル伯爵家ね。古い血筋の貴族よ。アジェール州に領地を持っているそこそこ大きな家で、帝都周辺の街道整備の役も任されていたの。って、これ、有名な話よ? なんでリィナが知らないのよ」
「貴族なんかに関わりたくないからな」
胸を張らないでよ。
まあ、気持ちはわからなくもない。
儂も大学のお偉方の相手を面倒がっていたからなあ。
「でも、そのお役目も数年前に他の家にとられちゃって、今は領地経営だけみたいね」
「ふうん」
落ち目の古参貴族家。
平民を敵視していたようだし、その辺りで因縁があるのかもな。
まあ、だとしても俺たちには関係ない話だ。
分別もつけずに敵視してくるなら、それに相応しい対応を取るしかない。
「次は縛り上げよっかな。かなり屈辱的に」
「キュイに食わせては消化に悪そうだが、一度は丸呑みにしてやるのもいいか?」
「もう、物騒ねえ。ほら、そんな事より祝勝会よ! お姉さん、今日はちょっとサービスしちゃおうかしら!」
「「それはやめろ」」
ドレスの肩ひもを緩めようとするマルスを、俺とリィナは声をハモらせて止めた。




