61 ベリアン
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地下聖殿からの帰還後は大変だった。
学習院で教鞭を執っている教員も、遺跡の研究をメインにしているだけに、新たな発見に好奇心を抑えられなかったようだ。
居合わせた遺跡学科の教員が大興奮で詰め寄せてきた。
この祭壇はなんだ、獣神像の種類はなんだ、昇降装置の仕組みは他の獣人の遺跡にもあったはずではないかなどなど。
自力で脱出してきた受験生への応対ではないだろう。
が、儂としては気持ちがわかる部分もあって複雑だった。
まあ、その辺りは他の学科の教員と職員によって掣肘が刺されて、早々に俺らは事務棟の応接室らしき部屋に運ばれたわけだけど。
その先で傷の手当を受けながら、地下に落ちた後の説明をして、遺跡の調査は任せる形となった。
儂がうずうずしているが、そこは待て。
第一発見者として調べる権利とかあるのかもしれないけど、元々が学習院の管轄下にある施設なのだ。
「はあ、やっと一息つけたね」
「ああ。怪我人に詰め寄るなど、ここの教員は常識がないだろう(ケガをしているカルロの治療が最優先だ)」
「一人でも心配してくれる人がいれば十分だよ」
「ふん」
不機嫌そうにリィナは眉をしかめていたけど、フォローすると鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
まあ、実際のところ治療が始まる頃には傷口も塞がっていたんだけどね。
まだ違和感は残っているものの、それもすぐに消えるだろう。
それでも、流れた血は戻らないし、精神的な疲労も重いのだけはどうにもならない。
すぐに係りの人が来るそうなので、それまでここで休ませてもらおう。
柔らかいソファに背中を預けて、慌ただしく出入りする教員たちを眺める。
伝えた情報からエスクリスク聖殿の調査を始めるのだろう。
「失礼します。遅くなりました。あとは大丈夫ですので、先生方は業務に戻ってください」
入ってくるなり指示を出したのは模擬戦の試験官だったベリアンだった。
どうやら彼が俺たちに対応する係りらしい。
他の教員と職員が入れ替わりで出ていったところで、彼は俺たちに向かって深く腰を折って謝罪してきた。
「わたくしの判断の遅れがカルロくんとリィナくんを危険に晒してしまいました。申し訳ありません」
いや、それは違う。
最後にベリアンは試合終了を宣言していた。
誰が悪いかといえば、それを無視して戦いを続行した俺たちが悪い気に決まっている。
「謝らないでください。忠告を無視した俺がいけないんですから」
「そうだな。非は僕らにある。あなたは何も悪くない」
けど、ベリアンは頑として引かない。
頭を下げた姿勢のままだ。
「いえ、貴方がたの年頃ですと戦いに熱が帯びるのは当然でしょう。その上で試験官はいざという時に受験生の安全を確保する義務があるのです。少なくともわたくしはそれが『監督する事』だと考えております」
うわあ、罪悪感がすごいな。
この人は研究者である事より、教員である事を大事にしている人なんだな。
俺なんかは厳しい言葉で注意されるより、迂闊な自分の行いで迷惑をかけてしまったのだと痛感させられる方がこたえた。
大聖堂から帰って来た時のティレアさんの涙は、いま思い出しても胸が締め付けられる。
「ベリアンさん。もう頭を上げてください。俺はもうあんな無茶はしないと誓いますから」
「僕もだ。本当に申し訳なかった」
「わかりました。わたくしも誓ってあのような失敗は繰り返さないようにします」
ようやく頭を上げてくれた。
用件はそれだけかと思ったけど、ベリアンは書類を差し出してくる。
「これは?」
「ご説明いたします。まず、お二人の試験の結果は合格です。また、遺跡学科の主席はカルロ・メリヤくん。次席がリィナ・セルツくんとなりました」
よかった。
大丈夫だとは思っていたけど、あれだけトラブルを起こしてしまったからちょっと心配していたんだよな。
「その、行方不明になった事が問題になったりとかは?」
「ありません。先程も申しあげた通り、あの事故はわたくしの責任です。それを君たちに背負わされるなど有り得ません」
はっきりと明言して、さらにベリアンは続けてくる。
「そもそも二人は筆記でもトップです。それにカルロくんは十二歳の新入生としては異例の七層到達者で、リィナくんも三層に到達している上に、非常に稀少な幻獣を持っています。こんなに優秀な子供を不合格にする理由はないでしょう」
絶賛だった。
なんだかこう真っ直ぐに褒められると照れてしまう。
「むしろ、偶然とはいえ地下の祭儀場を見つけ、生還した事はプラスに評価しています。なにせ遺跡学科は未知の遺跡を発見し、探索し、研究する事こそが使命。君たちはそれを可能とする力と知恵と勇気を持っていると証明したのですから」
「待ってもらいたい。僕は地下からの脱出に貢献できていない。その点は正しく認識してもらおうか(評価されるべきはカルロだ)」
「いや、リィナがいなかったら落ちた時に助かってないから」
「ええ。話は聞いていますので、正しく評価させていただきます」
ベリアンは俺たち二人に語りかけてくる。
それぞれがそれぞれの役割を果たしたのだと諭された気がする。
ふうん。ちゃんと俺たちを公平に見てくれようとしているんだな。
さっきの責任感を大事にしているところとか、俺たちみたいな子供相手でも頭を下げて謝ってくれたりする態度とかも好印象。
教員の態度にちょっと不安なところもあったけど、ベリアンさんのような人がいるなら心配いらないかもしれない。
それにしても、主席かあ。
「あ。じゃあ、もしかして学費免除ですか?」
「カルロくん、よく調べていますね。その通りです。お二人は当院の特待生に選ばれました。おめでとうございます」
やった。
学費が浮いたぞ。
余ったお金はヴィオラを通して孤児院に送ろう。
これでシャンテがもっとおしゃれして、かわいくてかわいくて大変なことになるな。
しかし、そんなかわいいシャンテにテールの町の色ボケしたガキが近づかないか心配だ。ロミオ兄だけで守りきれるだろうか。
そうだ。折角、お金が余ったんだから魔導具を買おう。護身用のスタンガン的な奴を。シャンテとアリア姉にプレゼントだ!
と、右肩を叩かれた。
胡乱な目を向けるリィナがいた。
「カルロ。おい、カルロ」
「はっ! あ、ごめん。ぼうっとしてた。ベリアンさんもすいません」
「いえ、では、話を続けましょう」
ベリアンの話だと、俺たちが脱出するまで試験は中断されていたそうだ。
それも俺たちの帰還が伝えられて再開。
合否発表を終えて、合格者は事務作業を、不合格者は帰り支度を進めている最中だとか。
ちなみに、ヴィンセントも合格らしい。
まあ、醜態を晒したと言っても俺とリィナなんて規格外が相手だったのだから、当然といえば当然だろう。
リィナはまだ発言の撤回をされていないと怒っているけど、俺としてはもう関わってこないならそれでもいいと思っている。
結局は、奴の出方次第だろう。
「お二人もそちらの書類に記入をお願いします」
学習院に登録する正式なプロフィールに、各種の同意書への署名だ。
本当なら学費に支払いの手続きもあるそうだけど、俺たちは免除なので省かれた。
いくつかベリアンに質問しながら作業を進め、最後に確認してもらう。
俺やリィナの記述についていくつか聞かれたけど、特に問題もなく終了。
「これで今日から当院の生徒ですね。こちらが学習院の生徒手帳になりますので、目を通しておいてください」
革の装丁の手帳みたいだなと思ったら、その機能もあるみたいだ。
前半に校則や施設の地図と説明があって、後半はカレンダーみたいになっている。
「明日、必要な個人情報を記したカードも配られますので、受け取りましたら最後のホルダーに忘れず入れてください」
授業や食堂の利用にも使われるのだとか。
それにしても明日には配布って大忙しだな。
職員は徹夜の作業になるんじゃないの?
俺たちの後始末もあるだろうし、過労で倒れない事を祈ろう。
「では、今日のところは昨日と同じ寮で休んでください。明日の三回目の鐘で筆記の試験会場に集合です。そのまま学生寮に行きますので、荷物も忘れずに持ってきてください」
「はい」
「承知した。ふう。マルスが気を揉んでいそうだ(待たせてしまったな。悪い事をした)」
俺たちが地下に落ちた事が伝わっていたら心配しているだろうな。
無事なのはわかっていても、自分の目で見ないと安心できないだろうし。
それにしても、リィナはマルスの合格を疑いもしていない。
それだけ信頼しているって事か。
書類をまとめて立ち上がったベリアンに促されて応接室を出る。
ついでだからと、彼は建物に不慣れな俺たちを玄関まで送ってくれて、別れ際に朗らかな笑みを浮かべた。
ピンと背筋を伸ばして、役者みたいに一礼。
「では、改めて。カルロくん、リィナくん、合格おめでとう。そして、帝立ノーツ総合学習院にようこそ」
おお。
なんだか、こう言ってもらえると合格したんだって実感できて嬉しいな。
なんて、思っていると、ベリアンは器用にウィンクをして、続けてきた。
「院長として君たちの活躍を期待しています」
……院長?
「申し遅れました。わたくし、ノーツ総合学習院院長のベリアン・ノーツと申します。どうかお見知りおきを」
とびきりの悪戯を成功させたみたいに目を細めて、ベリアン院長は微笑んだ。




