60 祭壇
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キュイの灯りの下、慎重に歩を進めること十分。
ようやく壁際に到着した。
「カルロの予想が当たったな」
「うん。みたいだね」
まず目に入ったのはシンプルな台座。
大柄な人間が横になるのにちょうど良さそうなサイズだ。
そこは血のように赤い液体で満たされていて、四隅から溢れて流れ落ちては台座の下部に吸い込まれていた。
おそらく、噴水のような機構になっているのだろう。
ここが獣身供犠の眠っていた場所か。
「それには触らないようにしておこう」
「ああ。言われるまでもない」
獣身供犠に施されていた赤いペイントの原料だとすれば、どんな効果があるか知れたものじゃないからね。
しかし、注目すべきはその奥――祭壇だ。
左右はレンガ造りの壁面が連なる中、正面には階段が設けられている。
巨岩から切り出しただろう石段による階段。
各段の左右には小さな彫刻が並んでいる。
獣の彫像だけど、種類はバラバラで統一性はない。
階段の高さは建物の二・三階相当。
見上げた先には細かい刺繍の施された布で隠されている。
「ここが祭儀場だろうね」
「辿り着いた戦士の死に場所か」
ここで命を奉げた戦士たちに黙祷を奉げるリィナ。
その間に辺りを改めて観察する。
もしかしたら、勝利した戦士を拘束する仕掛けでもあるのではと警戒していたけど、どうやら何もなさそうだ。
祈りを終えたリィナが俺を見ている。
「登ってみよう」
「ああ」
さすがにキュイの巨体では昇るのは危ないので、下で待機しつつ警戒してもらう。
つぶらな瞳に見送られて、俺とリィナは階段を上がった。
体の大きい獣人に合わせた階段なのか、一段一段が高い。
左肩を庇いながら登っていく。
彫像が襲い掛かってくるような事態もなく、キュイから警告が届く事もなく、最上段へと辿り着いた。
遮る物は天蓋から吊るされた布だけ。
布はずいぶんと劣化していて、触っただけで崩れてしまいそうだ。
近くで見ると刺繍は獣人語の文字だった。
貴重な資料なので、壊してしまわないように慎重に持ち上げて、ちょうどいい場所にあったフックに引っ掛ける。
「これは、獣神像か?」
「たぶん、そうだよ」
リィナが戸惑うのも無理はない。
台座に鎮座していた彫像は異形だ。
キマイラと呼ばれる怪物を想像すれば、それに近い特徴がある。
獅子の頭に、山羊の胴、蛇の尾という、複数の獣が合わさったような姿。
しかし、こちらは更に種類が多い。
頭だけでも獅子、狼、虎、熊、鹿、馬、兎など。多頭というにも程があるだろう。
翼も鳥のようなものに、蝙蝠のような被膜の二種類。
「珍しい。単一種じゃないって事は、複数種の獣人が信仰していたんだ」
獣人族とひとまとまりに言うけど、その詳細は細かく分類があり、犬の獣人、猫の獣人、猿の獣人といった具合に種族ごとにそれぞれでまとめって生活するらしい。
なので、獣神像も多岐にわたり、それぞれの種族か、その上位種の姿で描かれる。
だけど、この獣神像は多くの種族の特徴を備えていた。
つまり、このエスクリスク聖堂を建てた獣人族は他種族の複合コミュニティだったと予想できる。
「かなり大きい文明だったんだろうね」
その辺りについて疑問があるのだけど、今は置いておこう。
脱出に集中しなくては。
「しかし、外に通じる道はなさそうだ」
リィナの言う通りだ。
辺りを見回しても奥に続く道なんかは見当たらない。
あるのは『何か』を奉げただろう大きな金の杯と、数々の装飾品たち。
大発見だとは思うけど、脱出に関係はなさそうだ。
となると、シェロカミン大聖堂みたいな転移だろうか?
うーん。ああいう魔法みたいなのは獣人族の文明と結びつけづらいんだよな。
囚われた精霊族や魔族が作らされた可能性もあるから絶対とは言わないけど、少なくともエスクリスク聖堂は獣人族の文化が色濃く現れている。
そんな場所に他種族の力を用いるか、疑問だ。
「神官。儀式。戦士に見つからない場所……」
そもそも通用口はない?
ある程度の時間が過ぎたら、扉を開けてもらえるようになっているのか?
ずいぶんと無駄が多いな。
大切な儀式なのに悠長すぎるだろう。
失敗した時なんかはいいけど、成功した時の報告はどうするんだ?
扉を叩くとか、合図を出すのか?
いや、そんなの臆した戦士だってやりそうじゃないか。
「一度、出入り口の方にも言ってみないか? カルロ?」
獣神像から離れて、階段の上から辺りを見下ろす。
キュイに照らし出された祭儀場が一望できる。
神官は儀式を行う。
自ら胸を切り裂いた戦士から心臓を取り出し、獣神像に奉げる。
そして、戦士を赤い泉の台座に寝かせて、獣身供犠として完成させるだろう。
ここまでが儀式が成功した流れ。
それで終わりか?
いや、大切な儀式を終えたのだ。
王に報告しなければならないだろう。
通信で?
まさか、そんな王を蔑ろにするような真似はできない。
自身の口で伝える。
王はどこにいる?
ここで立ち合っているのか?
それも、違う。
この広場は、特別な場所だ。
戦士が勇者となる場所。
上の舞台とは違う。
何故なら、地下に隠されているから。
人目に触れさせて良いのなら、こんな場所ではなくもっとふさわしい場所を用意するのが道理だろう。
だから、王であってもみだりに立ち入れない。
王だけに許された儀式の時だけ。
許されるのは神官のみ。
その間、王は王だけの観覧席で待つ。
じゃあ、神官が王に会いに行くなら……。
いや、発想が違うな。
この筋道は答えから外れている。
儀式を終えた後から考え直せ。
「ああ、違う。そうだ。儀式は行われるだけじゃダメだ。多くの人に儀式が為されたと示さないといけない。儀式そのものは秘儀でも、成果は証明しなくちゃ終わらないんだ。そして、それは歓喜に繋がってこそ信仰は熱を帯びる」
「カルロ?」
戦士は勇者として獣身供犠となる。
あの台座から動かせない。
だから、照明としては不十分。
なら、後は決まっている。
普段は秘されている獣神像。
それも非常に珍しい他種族の融和を現わす形の。
そこに奉げられた勇者の心臓。
儀式の成功の証。
獣神像の前に戻る。
「人の心臓の重さがだいたい、三百グラムだとして、獣人の体の大きさを踏まえると四百グラムかな」
靴を脱いで、台座の前の杯に置いて、さらに脱いだ服を重ねる。
お米で言ったら二合分ぐらいか?
適当に感覚を思い出して
まあ、細かい数値は求められないだろう。
勇者の中にも小柄な者だっていたはずだ。
と、肩を掴まれた。
困惑した様子のリィナと目が合う。
まずい。また、集中しすぎて周りが見えなくなっていた。
「カルロ、説明してくれ」
「ああ、ごめん。その前にキュイをこっちに連れてきてもらえる? で、俺が合図をしたら竜卵に戻して」
「それは構わないが……キュイ!」
キュイが器用に階段を上がってきて、布の隙間から顔を覗かせてくる。
説明を求めるように視線を送ってくるリィナに頷いた。
「儀式が成功したなら人々に披露するはずだと思ってね。で、どうするのが一番いいかというと、これを見せる事だと思うんだ」
「見せるというと、ここに人を呼び込むのか?」
「いや、生贄は一番重要で、神聖な儀式だから、神官だけだと思う。だから、ここを上に持っていくんだよ」
怪訝そうな顔のリィナ。
うまく想像できないらしい。
だけど、シェロカミン大聖堂という常識を超えた遺跡を俺は知っている。
有り得ないようなギミックだって存在するのだ。
何がスイッチになるかまでは確信がないけど、色々と試してみる価値はあるだろう。
杯に心臓と同じ程度の重量を置き、獣神像を隠す布に刺繍されていた獣人語から相応しい物を選んで告げる。
「強者の 心臓を 奉げん 我らに 繁栄を 与えたまえ」
獣人語。
布の刺繍を見る限り、現代に伝わるそれと大きく外れてはいないはず。
「そして 我らに 御身を 拝謁する 名誉を 与えたまえ」
唱えきる。
何も起きない。
一呼吸の間があって、リィナから冷たい視線を感じるけど、俺は自信を持って声を掛けた。
「リィナ、キュイを戻して」
不満そうにしながらもリィナはキュイを戻したのだろう。
光源が失われて辺りに闇が立ち込める。
だけど、おかげではっきりと見えた。
多頭の獣神像。
その目が深紅に輝いて闇を照らしている。
直後、床が跳ねた。
地震ではない。
これは動いている。
祭壇、そのものが。
上へと登っていく。
想像したよりも速いな。
揺れが酷いぞ。
「くっ! カルロ、これは!?」
リィナが転びかけるのが見えて、その腕を掴んで腰を落とす。
立ったままでは危ない。
「座った方がいい! 俺の想像通りならこの上に……」
俺の言葉が終わる前に祭壇は終点に辿り着いた。
暗所から急激に明るい場所に放り出されて、思わず目をつぶる。
辺りから静かなざわめきが聞こえた。
馴染みのある竜人語の気配に安堵する。
明るさに慣れてきた目をゆっくりと開けば、そこはエスクリスク聖殿の舞台。
王の観覧席を正面にした壁に祭壇が現れたのだった。
唖然と俺たちを見つめるたくさんの目。
どうやら受験生は退避されて、学習院の教員や職員が事態の収拾に動いていたようだ。
そんな彼らも行方不明になった二人の出現に驚いて、硬直していた。
まあ、この後のあれこれを思うと気が重いけど、今はとりあえず、
「やっと帰ってこれたね」
「……そのようだな」
まだ座ったままのリィナに手を差し伸べる。
俺の手を見つめる彼は軽く息を吐き出してから握り返してきた。
「どうやら君といると退屈だけはしないようだ(これからよろしく頼む)」
「お互い様だよ、きっとね」
そんな俺の返しが気に入ったのか、リィナは屈託ない笑みを浮かべた。
初めて見た満面の笑みは眩しくて、思わず見とれそうになるほど楽しそうで、俺も釣られて笑ってしまった。
第二章はこれにて終了です。
次からしばらく間章となります。




