63 施設
間に合った……。
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翌日、寮部屋には制服が届けられた。
これも学費の一部で配られているらしい。
予め色んなサイズ別に用意していたのか、合格の翌日に用意できるなんてすごいな。
いや、何がすごいかって俺とかリィナみたいな普通の体格ならともかく、マルスの巨体に合った女子制服まで完備しているのがね。
ノーツ学習院の闇は深そうだ。
それとそんな業務を一夜で終わらせた職員たちの安否も心配だな。
返す返すもノーツ学習院の闇は深そうだ。
「うーん。もうちょっとヒラヒラしてフワフワしている方がいいんだけど、そこは自分で改造しましょう。リィナのご実家に生地をお願いしないと。楽しみね!」
上機嫌で早速袖を通すマルス。
襟と袖にラインの入った白いブレザーに、チェック柄の臙脂のスカート。胸元は赤のリボンで飾られている。
まだ春先だということまで考慮してベストを着こんでいた。
ちゃんと冬用のコートまで用意されているのだから、高い授業料も納得できるな。
シンプルながらも手の込んだ制服だ。
「あー」
惜しむらくはそれを着ているのが身長二メートルオーバーの筋肉質な男だという事だ。
どうせならちゃんとした女史が着ているところを見たかったです。
マルスは面白い奴だし、嫌いなんかじゃないんだけど、どうしても直視するのが躊躇われるな。
俺の脳が心のモザイクという新機能を体得するのを祈ろう。
「それにしても、マルスは制服まで女子で通すつもりなの?」
「というか、よく許可が下りたな」
「知らないの? 特待生ってかなり融通が利くのよ。学費だけじゃなくてね。今日の説明会で教えてもらえると思うけど」
俺たちは治療とかあったしそこまでは聞いていなかったけど、マルスは先に情報を集めているみたいだ。
「ほら、二人も早く着替えちゃいなさいよ」
「そうだね」
マルスに背中を押されて、俺も男子の制服を広げた。
男子も基本は同じ配色のブレザー。違いはスラックスの色が濃紺というのと、リボンの代わりにネクタイというぐらいだ。
「ネクタイはしなくても良かったりしないかな?」
「いいんじゃない? 特待生って事で。でも、最初ぐらいはしっかりつけておかないと」
「そっか」
うーん。
俺はこんなのつけた事ないしな。儂も学会とかテレビ出演の時にしていたけど、あんまり好きじゃなかったんだよな。
まあ、マルスの言う通り最初の内はちゃんと締めてみるか。
「っと、こんな感じ?」
「いや、ネクタイが曲がっているな。ジッとしていろ」
いきなりダメだしされて、同じく制服に着替えたリィナが首元に手を伸ばしてくる。
うん。この制服、リィナにぴったりだな。
見た目も雰囲気も凛としているから、白い色がよく合う。
いかにも貴公子というか、王子様というか、そんな感じ。
女子から悲鳴が上がりそうだ。
「よし。もういいぞ」
「ありがとう。悪いね」
「ふん。ネクタイぐらい自分でしっかり締められないと恥をかくぞ。(わからないなら教えてやるから言え)」
着替えも終わったところでそろそろ集合の時間が近い。
忘れ物がないか確認して、三人そろって昨日の講堂に向かうと、既に新入生の半分以上が集まっていた。
やっぱり注目が集まるのを感じながらも気にしないで席に着いて待っていると、鐘が聞こえてくる。
時間だ。
「では、これよりノーツ学習院について説明会を始めます」
演台に上るのはベリアン院長。
相変わらず恭しく一礼してから語り始めるけど、院長って名乗らないんだね。
「隠しているのかな?」
「それなら僕たちも口止めされているだろう」
誰かが困るわけでもないのだから、放置しておこうか。
そうしている間に説明がどんどん進んでいく。
帝立ノーツ総合学習院。
約五百年前にノーシュトン帝王によって創設された歴史ある学習院。
その時代ごとに求められる人材を輩出する方針で、どこよりも早く魔導学科と遺跡学科を開設した目実共に竜帝大陸の最高学府。
かなり独特な教育形態をとっていて、非常に自由度が高い。
決まりというと年に二回の定期試験を合格点を取るか、何かしらの実績を残す事ぐらい。
それさえ守れば三年の期間、自由に学べる環境が用意されている。
定期的に開催されている教員の授業を受けるもよし。
大陸中から集められた資料が並ぶ図書館で自習するもよし。
教員主導、生徒主導の研究チームに所属して学ぶもよし。
竜卵の成長に取り組むもよし。
個人でフィールドワークに出るもよし。
既に探索チームの一員となって活動している先輩もいるのだとか。
中には年に試験の時しか立ち寄らない人までいるというのだから、とんでもない。
目的を持って自主的に動ける人間を育てたいのだろう。
かなり尖った体制だ。
とはいえ、放り出すわけでもないのか、方針が決められない生徒のためにも職員が相談に乗ってくれるのだから至れり尽くせりだな。
「いいわねえ。あたしは魔導具づくりに専念したかったから助かるわ」
ごっつい指を滑らかにうねうねと蠢かしながら笑顔のマルス。
何も知らなければ非常の拷問官が悦に入っているようにしか見えなくて、周りの生徒が俺たちから無言で距離を取っている。
しかし、俺はどうしようかな。
学習院に探索チームを紹介してもらって遺跡に潜るのもいいし、一年ぐらい蔵書を読み込んで知識を深めるのも魅力的だし、竜卵だって成長させていきたい。
あと、孤児院にも定期的に帰らないとな。大丈夫。シャンテの自立を妨げないように一月に一度だけだ。毎日は我慢する。
ああ。それにしても、やりたい事が多くて迷ってしまう。
「次に当院の施設についてです」
そんな事を考えていると、施設についての説明に入った。
ベリアンが職員に合図を出すと、演台の直上の天蓋が左右に割れて、巨大な立方体の石がゆっくりと下りてきた。
磨き抜かれた大理石のような光沢を持った黒い石の箱。
その表面に絵が移り出されると、講堂中から驚きの声が上がった。
「あれも魔導具かしら。へえ。面白いわね。どういう仕組みになってるか調べたいわ」
マルスが興味津々な様子で食い入るように見つめている。
俺は儂の知識があるからそこまで驚きはしない。
あれはプロジェクターで映し出されているわけじゃないな。
石の表面そのものが細かく動いている。
超高度で高速な砂絵といえば伝わるだろうか。
色までついているんだからすごい技術だな。
映し出された映像は俯瞰風景。
黒い壁に囲まれ、区画が遮られた建物だ。
これはノーツ学習院を上から映しているのか?
「既に気づいている生徒もいらっしゃるようですが、これは当院を空から映した映像です。方法については皆さんで調べてみるのも面白いかもしれません」
まあ、魔導具の力なんだろうな。
これだけ見てもノーツ学習院が保有する魔導学のレベルの高さがうかがえた。
飛行能力。撮影能力。伝達能力。
どれをとっても他の学習院では用意できないだろう。
ゴシック調の建物が中心地域に並んでいる一方で、他の区画には実に多彩な様相を呈している。
上からの視点だけなので断言はできないけど、前世で言うギリシャ式、ローマ式、ロマネスク式、バロック式に似た特徴の建物が確認できた。
他にも俺どころか、儂も見た事のない様式も珍しくない。
「まず、わたしたちがいる中央区域に学習院の基本的な機能が集まっています。本校舎。教員棟。事務員棟。部活棟。運動場。図書館。商店街。各学生寮や教員寮。一般科の生徒はここから他の区域に行かないように注意してください」
ベリアン院長の言葉に合わせて映像の区域だけが明度を上げてわかりやすく移された。
うん。
この辺りはまだ割と普通の学校だな。
古い学習院だけにゴシック調の古い建築物ばかりなのと、学校と街がひとつになっているのを除けば、だけど。
「次に学院の東側の区画は魔導学科の施設がある研究区域です。資料館に会議室や工房ですね」
次に明るくなったのは東側の狭い区画。
こっちはコンクリート製っぽい画一的で、無骨な建物の並んだ区域だ。
魔導学の研究は重要だけに狙われる恐れがある。
それだけに頑丈な建物を用意しているのかもしれない。
「最後にそれ以外の区画ですが……」
言葉を切って映像を見上げるベリアン院長。
そこで明るくなった範囲は非常に広い。
学院の七割近くが照らされている。
「ここにあるのは遺跡学科のための研究施設もありますが、基本的には当院で保有する遺跡です」
遺跡?
保有する遺跡?
確かに色んな様式の建物があるように思えたけど、ざっと屋根を数えただけでも十とか二十なんてもんじゃないぞ、これ。
これが全部、本物の遺跡だとしたら。
「安全には留意しておりますが、遺跡学科の生徒以外は立ち入り禁止ですのでお気を付けください」
学習院の正門前でノルト神父から言われた言葉を思い出した。
黒い壁の意味。
『外から内ではない。内から外だ』
それはつまり、ノーツ学習院内の遺跡から外に何かが出ないための檻に他ならなかった。




