56 獣神信仰
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先頭に俺、真ん中にリィナ、最後にキュイという編成で歩く。
石板の継ぎ目を基準に歩けば、まっすぐ進むのも難しくない。
とりあえず、広場の壁まで行こうという事になった。
さて、脱出するとしても無計画というのは良くない。
歩きながらでもこのエスクリスク聖殿について考察してみよう。
「獣人族の価値観はひとつ、強さだ」
それも竜人族のように道具を使ったり、精霊族や魔族みたいな魔法を用いない、純然たる肉体の強さだ。
獣化と呼ばれる能力も同様。
己の肉体のみを武器に戦うことを好む。
彼らの気質は建築様式からもうかがえる。
華美さを求めない姿勢。
求められているのは機能美だろう。
柱から壁まで質実剛健という有様。
「だからこそ、こんな訓練場を造ったのだろうな」
本気で訓練をしながらもケガをせずに済む施設。
理想的な環境だろう。
「けど、それだけじゃない。訓練だけなら観客席なんていらないんだ。少なくともあんな大人数を収容できる席はね」
指揮官や教官のためだとしても、二階部分だけで十分だ。
そういう余計は獣人の気質にそぐわない。
なら、客席には実用的な意味があるはず。
そうして考えると、儂が思い出すのは前世のコロッセオ。
本来の名前はフラウィウス円形闘技場。
ローマ帝国のシンボルともいえる世界遺産。
ローマ市民の娯楽のために建てられ、多くの剣闘士や猛獣が戦いを繰り広げた。
アリーナの広さも、観客の収容数も現代の競技場と比べても遜色ない規模でありながら、建設から二千年近い年月を過ぎて尚、形を現在に残している。
「つまり、エスクリスク聖殿で戦いを見世物にしていたと?」
「たぶんね。訓練と観戦、どっちに重点が置かれていたかはわからないけど」
世界が変わったところで人間の性質は変わらない。
戦いに興奮を求める心はあるのだ。
嗜虐性、暴力性、背徳感、非現実感、そんな色々だ。
反感を抱いたリィナであっても、俺との戦いでは楽しむ素振りがあった。
本人も自覚があるのか、俺の推測を否定しなかった。
「その地下となると用途は限られるかな。一番は戦う何かの待機場所だけど」
コロッセオの地下には、アリーナへ剣闘士や猛獣を上げるための装置があったいうのは有名な話だろう。
まあ、そこばかりは参考にしていいかわからないな。
「重要なのはここが『聖殿』だって事だ」
エスクリスク聖殿。
訓練だけでもなければ、戦いを楽しむだけの施設ではない。
それだけなら闘技場と名付けられているはず。
「神聖な何かを祀る目的がある」
「ふむ。獣人族の信仰と言えば獣神だろう」
「そう。獣神信仰」
獣人の神。
生と死の調停者。
様々な神像が見つかっているけど、姿は一貫していない。
狼であったり、獅子であったり、熊であったり、狐であったり、種族ごとに別の姿で描かれているのが特徴だ。
「生贄、か」
さらに眉間のしわを深くするリィナ。
さすがペーパー満点、知っているよね。
獣人族の文化では生贄が多くみられる。
狩猟した動物を供物にするなんてものじゃない。
選出された獣人が自ら命を奉げるのだ。
胸に剣を突き立て、切り裂き、神官が心臓を奉げる。
人身御供。
奉げられる命はより強い者であるほど良いとされるそうだ。
彼らにとって生贄に選ばれるというのは名誉であり、死ぬのではなく獣神の下に導かれると考えられ、喜んで命を奉げていく。
「まったく、理解できないな。命を捨てるなど僕には考えられない(死んだらそこで終わりなのに。生きる事を選べなかったのか)」
この聖殿でそんな事が行われたのかと想像したのか、リィナは僅かに身を震わせて、誤魔化すように隣のキュイを撫でる。
しかし、なんとも不思議な縁だな。
ケツァルコアトルって、人身御供をやめさせた神様なんだよね。
そんな神と同じ姿をしたキュイの主人が犠牲に嫌悪感を抱いている。
閑話休題。
上の階が表の顔だとすれば、この地下のスペースはなんだろうか。
コロッセオのような収納スペース、というには何もなさすぎる。
猛獣の檻、待機場所、昇降装置、そういった物がなにもない。
「儂ならどう考えるかのう」
小声で囁き、思考を儂に切り替える。
何もない広場、か。
広場の役目は集積所だろう。
そして、重要施設の前に設けられたイベントスペースでもある。
欧州では宮殿や教会などの前に用意されていたはずじゃった。
じゃあ、この場合はどうかのう?
ここはなんのために用意された広場か?
いや、違うか。
重要なのは広場じゃないのだ。
この広場の先に何があるかだろうよ。
闘技場の地下。
限られた人間しか入れない領域。
エスクリスク聖殿。
獣神信仰。
生贄。
その最奥。
「この奥に祭儀場があるかもしれんの――ない」
「ん? ああ。獣神信仰の祭儀場か。よくもそこまで想像が働くものだな(僕はそんな推理考えもしなかったぞ)」
「ただの想像だけどね」
しかし、ここの他に『聖殿』たる施設がないのも事実だろう。
単純に未発見なだけとも、戦いとその熱狂こそが獣人族にとって神聖なものという考え方もできるのだから、絶対に正しいとは言えないがのう。
だが、大きくは外れていないと思うておる。
上の闘技場で戦士の選別。
勝利を重ねた者のみが地下の広場に足を踏み入れる事が許される。
そして、最奥の祭儀場で己の心臓を獣神に奉げる儀式を行うというのは、どうか。
「だとすれば、出口は祭儀場の反対側か? では、やはりこのまま壁に行き着くまで歩いて、外周を回っていけば祭儀場か出口に着くはずだな」
方針としてはそれで正しいのう。
だが、儂からの警告がひとつじゃ。
祭儀場の前の広場がおかしい。
限られた者だけが立ち入れるというなら広すぎる。
箔付けというのもそぐわない。
獣人族は質実剛健を好むのだから、祭儀場だってそうでなければおかしい。
ならば、広いだけの理由がある。
「止まれ」
手を上げて、リィナを制止する。
同時、竜卵を発動させて、ロープを両手に巻きつけた。
「この広場の役割はひとつかのう」
「カルロ?」
戸惑うリィナには悪いが、答えてやれん。
あまり余裕はないのだ。
俺も今は譲ってもらおう。
手に負える手合いではない。
キュイの光が届かない闇の奥。
何かが来よる。
ゆっくりとした歩み。
聞こえる音は僅かな運足の気配。
それだけで強敵だと悟らせる濃密な修練の残滓。
この広場は戦いのために用意されている。
最後の選別。
真の勇者であるための証明。
すなわち、
「先代勇者の撃破」
獣の咆哮が闇を震わせた。
儂、登場。




