55 崩落
55
「――っつう……んわ!?」
目を覚ますと、どアップのリィナがいた。
ほとんど鼻がぶつかるような距離。
うわ、まつ毛長いなあ、じゃなくて!
「リィナ!? なに? なにしてるの!?」
「起きたか、カルロ」
動揺する僕に対してリィナは冷静そのものだ。
けど、距離感は変わらない。
真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
ちょっと、このスペースで話してると事故が起きちゃいそうで怖いんですけど?
「ごめん、リィナ。もう少し離れられる?」
「それは無理な相談だな。僕に任せて、カルロは大人しくしていろ」
ナニを任せろと!?
大人しくしてたら俺はどうなるんだ!?
孤児院のみんな。俺、大人の階段のぼっちゃうかもしれません。
乙女スイッチが入りそうになる僕を放置プレイして、リィナは視線を横に向けた。
「キュイ。大丈夫か?」
「きゅ」
そこにキュイの顔があった。
いや、落ち着いて観察してみれば、俺たちはキュイの翼によって覆われている。
キュイは身じろぎしないまま、短く鳴いて応えた。
「キュイの名前って鳴き声から?」
「ああ。今は無口だが、生まれたばかりの時はよく鳴いていた」
「へえ、かわいかったでしょ」
「そうだな。ここまで大きくなかったし、子供っぽかった。よくマルスによじ登ろうとしていたな」
今やろうとしたらマルスでもぺしゃんこになるな……って、そんな雑談をしている場合じゃないか。
話している間に色々と思い出した。
二次試験の最終戦。
リィナに一撃入れようとしたところで足元が崩れたんだっけ。
受験生にあるまじき威力の激突で床が傷んだところに、リィナの白炎が焼き払い、俺が全力で踏み抜いた、と。
「俺は気を失ってたのか」
「ストレンジが壊れたせいだろうな。まったく、無茶をする奴だ。僕がキュイに守らせていなかったら瓦礫の下だぞ?(心配しただろう。もう具合はいいのか?)」
「ありがとう。おかげで助かったよ。キュイもね」
「きゅい」
リィナは落下しながら俺たちをキュイに抱え込ませたのだろう。
おかげで瓦礫に押し潰されずに生き残れている。
それでも確保されたスペースは広くない。
仰向けに倒れた俺の上に、リィナがうつ伏せという密着姿勢。
ほとんど抱き合っているような状態だった。
少し身じろぎするだけで体がこすれてしまう。
なんだか、緊急事態だというのとは別の意味で心臓によくない。
ここは意識を別に移さないと。
「本当にキュイってすごいね!」
「ああ。自慢の相棒だ」
キュイの事を本当に大切にしているのだろう。
リィナの表情が少しだけやわらかくなるのが見えた。
本当なら照明もないはずだけど、それもキュイの羽根からこぼれる光の粒が照明代わりとなってくれている。
「それより、すまなかった」
「え? 何が?」
リィナは深刻な表情で眉をしかめていた。
「模擬戦の事だ。まさか、君がケガをしてしまうなんて思わなかった」
「ああ。大丈夫だよ。もう治ってるでしょ」
「それでも、だ」
最後の白炎といったか、キュイの放った白い炎。
ロープを盾にした事でほとんどは逸らせたけど、不定形の炎を完全にガードするには隙間が多すぎた。
そして、白炎の威力はエスクリスク聖堂の防御能力を超えていた。
直接、焼かれはしないまでも、高熱に炙られたのだ。
服を着ていた部分はともかく、露出していた顔や手足は火傷を負った事だろう。
まあ、それも気絶している間に治っているし、それを覚悟の上で俺は突撃を選んだんだから、リィナが気に病む必要はない。
まあ、この至近距離でケガの具合を見てしまったなら、それも無理な話かな。
ここは強引に論点をずらしておくか。
「遺跡群特効だよ。防御の力は遺跡の力なんだから、遺跡群特効で打ち破れるんだ。威力が低かったり、竜卵の成長が未熟なら効果も薄いけど、俺やリィナのはちょっと想定外だったんだろうね」
だから、俺はリィナを攻撃する時はロープを使わないようにしていたんだけどね。
どうなるかわからなかったから、念のためにだけど。
学習院は気づいていたのかな。
どうにも俺やリィナみたいな受験生は珍しいようだった。
そんな二人が同時に受験し、正面からぶつかった事例があったのか否かだけど。
きっと知らなかったんだろうなあ。
知っていたら最初に注意しているだろうし、そもそも二次試験も免除で合格にしていたと思う。
有力な受験生を二人とも潰すメリットなんてないのだから。
まあ、これは懸念しておきながら確認しなかった俺も悪い。
リィナとの約束と、ヴィンセントとの因縁で抜け落ちていたんだ。
「すまない。僕の浅慮で君を傷つけた」
うーん。ツンデレさんのツンがなくなってしまったな。
友達が思いつめるのを見るのは嫌だ。
話題を完全に変えた方が良かったな。
「はいはい。その話はおしまい。それより脱出について考えよう」
前向きな話を切り出すと、リィナは凛とした顔で頷いた。
これは言葉がなくても想像できるぞ。
償いは働きで返そう、とか考えている。
「カルロはもう動けるか?」
「ちょっとだるいけど、大丈夫。状況は?」
「わからない」
だからこそ、現状維持を選んだんだな。
キュイなら瓦礫を押し退けられそうだけど、上の状態もわからないままでは危険だ。
下手に動いて別の崩落を誘発したら目も当てられない。
それなら救助を待つのが賢い選択だろう。
「よし。じゃあ。ちょっと調べてみる」
手の中の竜卵は既に回復していた。
竜卵を発動させて、ロープを操作。
リィナの脇を抜けて、キュイの支える瓦礫の隙間を探していく。
「ん。くすぐったいぞ」
「ごめん。ちょっとだけ我慢して」
「ああ。んっ、ぅん」
「………」
声がやらしいなあ、もう!
ダメだ。落ち着け。
以前の儂のような失態をしないように、慎重にやるんだ。
ここでリィナを亀甲縛りしようものなら、心優しいリィナでも激怒するに決まっている。
色んな雑念を消すためにも目をつぶって、ロープの操作と感覚に集中する。
隙間は、あった。
ロープをそこから進めていく。
少し進めては辺りを探り、また少し進める作業の繰り返し。
やがて、ロープの先端が広い空間に行き当たった。
軽くロープをぐるりと回してみても、障害物に当たる事もない。
念のため、限界までロープを伸ばしてみても、何かに当たる事もなかった。
「うん。ロープが抜けたのが二メートルぐらいの長さの時だったから、上の瓦礫の厚さはそれぐらいだね。その上には何もないと思う」
「ふん。器用な事だな(カルロのロープもすごいな)」
ロープを戻して、視線で促せばリィナも察してくれた。
「キュイ、やれ」
「きゅうっ!」
かわいらしい声に反して、やはりキュイの力は凄まじかった。
最初こそまったく歯が立たないように見えていたのに、羽根から溢れる光の粒が増えるごとに瓦礫が揺れだした。
そして、俺たちを翼で抱えたまま瓦礫を見事に押し退けてしまう。
「きゅ」
「よくやった、キュイ」
強引にどかされて崩れる瓦礫が落ち着くのを待って、俺たちを床に下ろしてくれた。
二メートルの厚みの瓦礫の山なんて相当な重量だっただろうに、ケロッとした顔だ。
リィナに頭を撫でられて嬉しそうにしている。
まったく、あれを相手に正面から受け止めようなんて考えた俺、バカだろう。
それと、戦いの最中は無言でいてくれてよかったよ。あんなかわいい声を聞いていたら気が削がれていたぞ。
さて、脱出したのはいいけど、ここはどこだ?
辺りを見回してみるけど、キュイの光が届く範囲には瓦礫の小山しかない。
床は舞台と同じ石板が敷き詰められている。
あるのは装飾のない太い柱のみ。
落ちてきた頭上を見上げても、舞台の輝きも見えなかった。
「床が修復されちゃったのかな」
修復能力があったもんな。
俺がどれだけ気絶していたかわからないけど、シェロカミン大聖堂と比べてもかなり修復速度は早かった。
獣人族の訓練場なのだから、当然と言えば当然か。
どの道、かなりの高さだ。
キュイの光では天井まで見通せないぐらいある。
俺のロープを使っても届かない。
「となると、他のルートを探すしかないな」
「そのようだ。まさか地下にこんなスペースがあるとはな」
キュイとのスキンシップを終えたリィナがやってきた。
とりあえず、瓦礫の山が何かの衝撃で崩れたら危険なので、一度平らな床まで移動して、改めて対応を考える。
「救助を待つべきか?」
「いや、どうかな。もう一度、床をぶち抜いて、そこからながーい縄梯子でも下ろすっていうのも無理があると思うんだけど」
下に落ちた俺たちの状況もわからずに、再び瓦礫を落とすなんて選択はしないでほしいな。
それに成功したとしても、梯子を上っている途中で床が修復。
蜘蛛の糸みたいに地の底へ真っ逆さまなんてなったら笑うに笑えない。
「正規ルートからの救助は?」
「それもどうかな」
反対ばかりで申し訳ないけど、さっきの懸念がある。
学習院がこのエスクリスク聖堂をどれだけ知っているのか。
もしも、この地下空間を知らなかったのなら、救助までどれだけ時間が掛かるだろう。
職員や教員たちが救助隊を計画、編成、準備を終わらせるまで、食料も水もない俺たちが生き残れるとは思えない。
遭難時の鉄則としては、無駄に動いて体力を消耗せずに救助を待つのが正しいけど、救助が当てにならない現状では自力解決するしかないだろう。
「そうか。なら」
「うん。自力で脱出しよう。うまくいけば救助隊と早く合流できるかもしれない」
「わかった。カルロに従おう」
頼りにしているよ、リィナ。
「きゅ」
もちろん、キュイもね。
『NGシーン』
「すまない。僕の浅慮で君を傷つけた」
うーん。ツンデレさんのツンがなくなってしまったな。
それではダメだ。
ダメなんだ、リィナ。
「ダメだ! そんなんじゃ立派なバファりんになれないじゃないか! デレだけじゃ! 優しさだけじゃ! バファりんじゃないんだ! わかっているの、リィナ!」
「ばふぁりん!? 誰だ?」
一瞬書こうとして、冷静になってやめました。
バファりんについては『魔法書を作る人』のどっかのあとがきをご参照ください。
いくさやの頭がトップレベルにおかしくなっていた時期の産物です。




