54 二次試験 5
今回で二次試験は終了。
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「一撃でひっくり返されるか。呆れた腕力だ(さすがに強いな)」
「そっちこそ、ずいぶん戦い慣れてるね」
「探索隊の手伝いで遊んでいたわけではないからな」
キュイを支えにして立ち上がるリィナ。
口元は好戦的に笑い、目に宿った戦意は一層燃えがっている。
とはいえ、やせ我慢は隠しきれていない。
三層と七層では竜卵の強化は段違いだ。
遺跡の力でケガこそしなかったものの、リィナは今の衝撃で調子を落としている。
対して俺は全身が痺れたのも回復してきた。
ここでも身体能力の差ははっきりと出ているな。
俺はほどけたロープを再び腕に巻きつけて、身構える。
回復を待つ余裕なんてない。
「いくよ」
「キュイ!」
リィナの声に反応してキュイが飛び出してきた。
大きく広げた翼によって進路が阻まれる。
そして、そのままの突撃をリィナは選択。
ブルドーザーが高速で迫ってくるような光景に震えてしまいそうだ。
でも、それでいい。
俺だって最初からキュイを無視してリィナを狙えるとは思っていない。
受け止める。
噛みつこうとしてきた上顎と下顎を両手で。
「ぐっ、だ、ぁぁああああああああっ!」
重い。
七層の竜卵でもギリギリだ。
ミシミシと骨が軋む音が内側から聞こえて気持ち悪い。
威力までは殺しきれずに体が流される。
床を削る勢いで後方へと押し込まれた。
それでも、確かに止められた。
俺とキュイは至近で掴みあったまま、力比べを演じる。
傍から見ると今にも俺が食い殺されそうに見えるかもしれないけど、キュイもこれ以上はあごをしめられず、押し込めていない。
もし、ここでキュイが退こうとするなら、俺はその瞬間を狙う。
膠着状態に持ち込めた。
本当の意味で突撃に全てを費やされたら無理だっただろう。
翼を広げていたせいで突進の勢いが殺されていた。
噛みつきを防げるかは賭けだったけど、体当たりそのものは最初の尾の一撃よりも削がれていた。
さあ、反撃開始だ。
左腕のロープを伸ばす。
キュイの口腔内。
長い舌に。
ゆっくりと、でも、確実に這わせて、広げていく。
リィナは対処しない。
いや、できない。
キュイの巨体が邪魔になって、俺が何をしているのか見えないから。
そして、キュイ自身はリィナの命令がなければ自衛行動さえも取れないはずだ。
でなければ、俺に殴られた中でリィナが声を出してまでキュイを呼ぶ理由はないし、そもそも主人を守って攻撃を許さなかっただろう。
「これなら、どうだ!」
儂と比べれば拙い操作。
舌を覆うように伸びたロープを引き絞る。
細長いキュイの舌を縛り上げた。
竜卵から生まれたストレンジであっても、そのものの性質は失われない。
よくも、悪くも、だ。
俺のロープなんかだと斬撃に弱いとか、火に燃えるとか。
それは生物型でも同じ。
「がっ!?」
同時、舌を締め上げられたキュイが身を震わせて、リィナの苦鳴が聞こえた。
ストレンジを傷つけられて、使用者も衝撃を受けたのだろう。
身を揺らせて苦しむキュイが頭を持ち上げた。
つられて、俺の体が宙に浮かび上がる。
でも、問題ない。
左腕のロープがキュイの舌に絡まったままだから、放り出される心配もなく、逆にキュイは一層舌を締め上げられて苦しむ事になった。
噛みつきが解ければ、俺の両腕も自由だ。
左腕のロープを握り、全力で引いた。
さすがにキュイの巨体を吊り上げるなんてできなくて、俺の方が鼻先へと引き寄せられていく。
無防備な上顎の先。
そこへ右の拳を叩きつけた。
一撃で止まるな。
不安定な空中で、左手のロープだけを頼りに。
右の拳を何度も鼻先へと降らせる。
連打が二十を超えた時だった。
とうとうキュイは巨体を揺らして、大木のように倒れていく。
「っと、危ない」
巻き込まれる前に下からロープを回収して脱出。
着地を決めて、適度に距離を取りつつキュイを観察すれば、苦しみながらも戦闘態勢を崩していない。
俺とリィナの間に位置取ったのは偶然か、それともリィナの咄嗟の判断か。
そして、その巨体の隙間から覗ける向こう側では、両膝を突いたリィナが荒い息を吐いていた。
かきむしるように胸を押さえて、衝撃と痛みをやり過ごそうとしている。
「リィナ、キュイにダメージが通るのも初めてだったでしょ」
幻獣キュイの能力は非常に高いだろう。
少なくとも四層のレイピアによる全力の一突きでも痛がる素振りもなかった。
その防御力は驚異の一言。
でも、時として堅い防御は弱点にもなり得る。
痛みへの耐性が、覚悟が育たない。
半年で探索チームの手伝いで成長させたのなら、格上と戦わせるような真似なんてさせないだろう。
彼らだって思ったはずだ。
こんな貴重な幻獣を持つ子に無理なんてさせられない、と。
責任を持って大切に育てなくては、と。
その判断は間違いではない。
子供を預かる立場からすれば当然だ。
けど、結果としてリィナは経験する機会を失ってしまった。
七層に到達した俺の拳打はキュイの防御を越え、リィナは膝をついたまま立ち上がれずにいる。
「それがストレンジを傷つけられた痛みだよ。きついよね」
俺はティレアさんに言葉通り味わわされているから、少しぐらいなら我慢できる。
不良シスターの教えに感謝だ。
リィナが動けなければキュイの行動はかなり制限できる。
判断も十分じゃないから対処も簡単。
このまま一気に押し切ろう。
「な、める、なあっ!」
踏み出そうとして、気迫に押された。
リィナが俺を見ている。
痛みは消えていない。
立つこともままならない。
それでも闘志だけは衰えず、猛々しく吼えてみせた。
これは気合だけじゃない。
リィナはまだ奥の手を隠している。
「キュイ!」
名前が呼ばれる。
同時、キュイの翼が煌めいた。
極彩色の羽毛から放たれる光の粒たち。
それらがキュイの頭上へと収束されていく。
背筋が凍りつく感覚。
「言った、な。キュイが、どう、成長、するかは、わらかない、と」
リィナの切れ切れの声。
しゃべるのも難しい中で、けど、止まらない。
「一層と、二層で、大きく、なった。そして、三層が、これだ」
離れていても伝わる熱。
熱い風に煽られた肌がひりつく。
揺らめく光の周囲が歪んで見えた。
まるで陽炎のように。
白い劫火が顕現した。
「白炎、受けられるか?」
最悪だ。
相性が悪い。
俺のロープでは炎に焼かれて燃え尽きるのが見えていた。
今度は俺が一手で逆転されてしまった。
だからといって、何もせずに負けを受け入れるなんて嫌だ。
左腕のロープを解放し、掲げた右手の正面で渦巻き状に展開。
ロープの盾。
これで炎を防げるのは良くても二・三秒。
すぐにでも破壊されて、俺は気絶してしまうだろう。
だけど、その二・三秒でリィナを倒せれば俺の勝ちだ。
「リィナ」「カルロ」
同じタイミングで名前を呼び合って、こんな場面なのに苦笑してしまう。
決着の覚悟を確かめようとしたんだけど、向こうもそんな感じだったのだろう。
伝わっているのに、いちいち言葉にするのは無粋だよな。
「お二人とも、そこまでです!」
ベリアンが声を張り上げるけど、ここまできて止まれるか。
儂も忠告こそするものの、強く静止する事はなかった。
「キュイ!」
リィナが動く。
キュイが身を折って、白い炎を床へと叩きつけた。
まるで油の引火したように、炎が石板に広がっていく。
一瞬で炎の海が形成された。
俺は正面から突撃した。
炎の只中へ。
回り込んでも余計な時間を消費するだけ。
ロープの形状はドリル。
全身を覆うスタイル。
竜卵の強化を全て出しきる。
最短距離。
突き抜けろ。
前に突き出したロープが焼かれる。
衝撃に耐える。
耐えられる。
返す返すもティレアさんのおかげだ。
さすが『鮮血姫』。
その耐えた一瞬を使う。
ロープを全力で展開。
イメージは渦巻き。
纏わりつく炎を払い捨てる。
炎の海の中に、僅かな空白が生じた。
「ぅぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
融解する石板を踏み砕く。
前へと、ひたすらに、前へと。
一歩の踏み込みに全力を尽くす。
俺は白い炎を低い軌道で跳び越えた。
代償は焼け落ちていくロープ。
衝撃に内臓がひっくり返りそうだ。
それでも、届かせる。
炎を放って隙だらけのキュイの横を抜け、目の前にはリィナ。
驚きや、呆れや、称賛の入り混じった顔だった。
その胸の真ん中めがけて拳を放ち、
「――え?」
「なっ!?」
崩れ落ちた――足場が。
俺とリィナとキュイの周囲一帯、石板で埋められた床が一瞬で崩落し、俺たちは為す術もなく地の底へと落ちていった。
二次試験『は』終了。




