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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第二章 エスクリスク聖殿
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57 獣身供犠

 57


 影が走った。


 正面。

 二メートルを超える巨躯。

 速い。

 シルエットでしか捉えられん。

 大きな体に見合わない俊敏さで迫ってくる。

 儂との接敵まで一秒もかからん。


 問答無用に頭上から右の振り下ろしが迫る。

 防御ごと地面に縫い付ける意図が込められておるのが音でわかる。

 初撃から殺しにきおったか。


「ぬんっ!」


 僅かに前へ足を入れ、打点をずらした。

 そこから十字にした腕で受け、角度を傾け、軌道を誘導し、勢いを流す。

 刹那の攻防の結果、敵の一撃は石板を叩き砕いた。


 だが、それでは終わらん。

 次撃、左の貫き手。

 切っ先の鋭い獣の爪がナイフのように輝いておる。

 まともに受ければ貫かれそうだ。


 防御した流れに逆らわず、さらに半歩前へ。

 敵の懐に入り込み、床に突き刺さった奴の右腕を盾として、貫き手の軌道から逃れる。

 だが、このまま防御に徹しても事態は打開できん。

 踏み込むと同時、がら空きの胴体に全力の肘打ち。

 攻防一体のカウンター。


 手のひらの中でイメージした球体を撫でるように。

 その流れに任せて全身を円運動に乗せる。

 すると、自然に肘撃が最高の形で放たれる。


 キィィィィィィィィィィィィンンンンンンンンンンンンンンンッ!


 手応えは、重く、徹らず、痺れが残った。

 それでも敵を弾き飛ばすだけの成果は得られた。

 奴は数メートルの距離を後退している。


 ダメージは期待できんな。

 平然としておるわ。

 遺跡群特効も働いたようだが、目に見えて何かが砕けた様子もない。

 今の肘撃は一撃の重さならばなかなかと自負しておったのだが、それでも効果なしとは困ったもんだのう。

 儂の打撃では傷つけられんかもしれん。


「効かんか」

「あれは、獣人なのか?」


 後ろからリィナの戸惑う声。


 うむ。

 儂も見るのは初めてだが、そうだろうのう。

 キュイの光の下に照らし出されたのは熊の獣人だった。


 漆黒の毛並。

 鋭い牙と爪。

 分厚い筋肉。

 獰猛な金眼。


 そういった熊の特徴を人のシルエットに押し込めた感じかのう。


 薄っすら輝く赤のラインが全身に引かれておって、なにやら紋様のようにも見えるが、化粧の類だろうかもしれんな。

 戦化粧というやつじゃ。

 理由は様々だが戦いに臨む前にペイントするのは珍しくない。


「カルロ、僕も……」

「すまんが、手を出さんでくれよ? 儂とて庇いきれる余裕はないのじゃ」

「カルロ?」


 おう。戸惑っておるのう。

 ちっと儂も口調を合わせる余裕もないのじゃよ。

 今も奴は儂らの隙を窺っておる。

 会話なんぞ悠長にしておれん。


 こりゃあ、やばい。

 シェロカミン大聖堂の黄金人形軍なんぞ相手にならんぞ。

 たった一度の攻防で知れたが、ティレアさんにも匹敵するぞ、こいつは。

 全力のティレアさんならばわからんが、儂を相手にする時の彼女の上限を超えておるのは間違いないのう。


「奴は獣人の勇者の|遺骸(、、)よ」


 奴の胸には大きな穴が空いておる。

 胸の中央。

 胸筋の隙間。

 心臓の位置か。

 そこは空洞だった。


 奴は既に死んでいる。


「おそらく心臓を奉げ人身御供となった強者の体は、祭儀場の守り手となると同時に、次代の勇者のための試練となっていたのだろうよ。そうして、より強い獣人が生まれる環境にしたのかのう」


 つまり、儂らの前にいるこやつこそが不敗。

 古代獣人族における最強にして最後の勇者。

 そして、後人不越を冠する祭儀場の守護者。


 さしずめ、獣身供犠じゅうしんくぎといったところか。


 どういう仕組か知れんが、肉体に衰えはなく、武術の冴えは失われていない。

 死体であるから痛みもなければ、怖れもしないし、疲れもしない。

 儂らを新たな勇者が来たと考えたのか、侵入者と見做したのかはわからんが、どの道やる事は変わらんな。

 この空間に訪れた者を殺す。

 それだけだろうよ。


 儂らを見逃す道理もない。

 生き残りたければ、倒すしかあるまい。

 正直、自信はないが、やるしかないならばやるだけよ。


「リィナは逆方向に走れ。奴が出てきた方が祭儀場だろうからのう。出入り口はそっちだろうよ」

「カルロはどうするんだ?」

「奴を止めねばなるまい。その間に助けを呼んでくれんか?」


 儂からの戦力外通知に、しかし、激高する事もなく、リィナは静かに尋ねてきた。


「僕がいなくなったら灯りもなくなるぞ?」


 む。それはまずいのう。

 何せ相手は熊の獣人。

 嗅覚が生きているとすれば、闇の中では儂の方が不利か。


 とはいえ、リィナが奴に狙われればひとたまりもないぞ。

 リィナは強いが、相手が悪すぎる。

 一撃とてさばけんだろう。

 奴ならばキュイの防御も抜いてしまうだろうから、フィードバックで戦闘不能に陥るのが目に見えておる。

 庇ったところで先がない。


「キュイの白炎なら、どうだ?」

「ふむ。当たれば、効くかもしれんが……」


 一撃の威力ならあれは儂をも上回っておる。

 問題はちゃんと当たるか否かだが、あの動きを見るに難しいか。

 当てたければ足を止めねばならん。

 つまり、それができれば奴を倒せるかもしれんのう。


 うむ。

 意地になって一人で挑むのは愚策、か。


「よかろう。儂が奴の足を止める。合図と同時に仕掛けよ。できるか?」

「愚問だ。僕はできもしない事は提案しない(任せてくれ。期待に応えてみせる)」


 よい返事だ。

 顔を見てる暇はないが、闘志を燃やしてくれておるのがわかるよ。


「それと、その話し方も、さっきの戦い方も説明してくれるのだろうな?」


 気になっておるよなあ。

 まだティレアさんにしか打ち明けてないこれをリィナに教えてしまうかどうか、正直迷いどころだが。

 ここは戦いに集中してもらうためにも無碍にはせんでおこう。


「それは全て終わってからの相談としようかのう」


 リィナは不満げに鼻を鳴らしつつも短く返してきた。


「約束だ」

「承知」


 その言葉を背に儂は獣身供犠へと向かって飛び出した。

儂、継続。

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