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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第二章 エスクリスク聖殿
43/179

40 家族

 40


「お兄ちゃん!」


 夜。

 ようやくだるさも消えて、夕食に食堂へ向かう途中。

 廊下の真ん中でシャンテが仁王立ちしていた。

 ぺったんこの胸を張ろうとして、ぽっこりぽんぽのおへそを覗かせている。お腹を冷やして風邪を引かないといいんだけど。


 それはいい。

 問題はその背後に控えたヴィオラ。

 説得するとか言っていたけど、どうなったんだ?

 シャンテを部屋まで運びに行ってから帰ってこなかったから結果を聞いていないんだ。

 用事がなかったらずっと俺の近くに控えようとする彼女にしては珍しいと思ったけど、まさかずっと説得していたのか?


「お兄ちゃん!」

「うん。どうしたの?」


 いや、今はシャンテと向き合おう。

 少なくとも、お昼みたいに能力を暴走させたりはしていない。

 例の薄絹もないところからすると、ちゃんと自分で制御できているみたいだ。


 いつもみたいにしがみついてきたり、癇癪を起さないでいるんだから、俺と話そうとしてくれてるんだよな、きっと。


「おはなし、が、あるます!」

「ん?」

「さっきは、こまらせたって、ごめんなさい! はんせい、しまった!」

「………」


 なんだろう、この話し方。

 まるでうろ覚えの台本を読み上げているみたいな。

 心が籠ってないわけじゃない、どころかやる気はブォンブォンと空回りしているんだけど、言葉になっていないぞ。


 と、シャンテは口を半開きにしたまま天井を見上げて、次に背後のヴィオラを振り返った。

 そっと近づいたヴィオラがシャンテの耳元で何事か囁いている。


「だから、おうえん、します!」

「よし、シャンテ。ちょっと待ってね。おい、ヴィオラ、ちょっとこっち来てもらおうか?」


 前半分は優しく、後ろ半分はドスを利かせて。

 トコトコとやってきたヴィオラの腕を引っ掴み、廊下の端に連れて行く。


「……シャンテに何をやった?」

「お気に召しましたでしょうか?」

「召すか! これじゃ洗脳だろ!」


 完全に言わされてるじゃん。

 それにあんなに頑なに反対してたのが、いきなり手のひら返しとか不自然過ぎる。

 どう見てもヴィオラの操り人形だ。

 幼女を操るとか犯罪臭しかしないぞ。


「なんだ? 服の下であの布を巻いてるのか?」

「いえ、私は何も。台詞についてシャンテに協力していますが」

「……つまり、あれはシャンテの言葉だと?」

「多少のアドバイスと修正はしておりますが、誓って気持ちについてはそのままにしております」


 ヴィオラが『誓って』と言う以上は本当だろう。


「ご主人様、どうかシャンテの言葉に最後まで耳を傾けて頂けませんでしょうか」


 俺ではなく、シャンテを応援するようなヴィオラ。

 一年前までは対立していたのに……って、あれはシャンテが一方的にしてただけで、ヴィオラの方は隔意があったわけじゃないか。


「ごめん、誤解してた。ちゃんと聞くよ」

「ありがとうございます」


 再びシャンテの後ろに戻っていくヴィオラ。

 俺はいい子で待っていたシャンテと向かい合う。


「お待たせ。うん。応援してくれるんだね。ありがとう」

「でも、おねがいが、あります!」


 なるほど、そう来たか。

 ヴィオラを見れば小さく頷いている。

 つまり、応援する代わりにお願いをするように教えたわけだな。


 でも、悪くない。

 元からシャンテのお願いならできるだけ叶えてあげたいと思っている俺だ。

 多少の無理ぐらい通してみせようじゃないか。


「よし。言ってごらん」

「シャンテをお兄ちゃんのにくど――」

「言わせねえぞ!?」

「んん! んー!」


 竜卵で強化した能力全てを動員してシャンテの口を塞いだ。

 焦りのあまりに廊下の床板を砕いてしまったけど、それどころじゃない。


 ヴィオラを見れば無表情のままのドヤ顔。

 おい、俺が喜んでいるように見えるのか、こんちくしょう。

 というか、二年前のネタを持ってくるんじゃねえ。

 うちのかわいい妹に何を言わせるつもりだった、この堕人形。

 それに、この件の担当は俺じゃない。ロミオ兄だったはずだ。


「ヴィオラ、どういうつもりか説明してもらおうか? 事と次第によっちゃ、竜卵使うからな?」


 遺跡群の人形であるヴィオラには遺跡群特効が有効だ。

 返答次第では頭カチ割るぞ。


「シャンテはご主人様とずっと一緒にいたい、という事でしたので、それならば、と」

「何がそれならば、だ! せめて結婚してください、にしとけよ!」


 それぐらいなら子供らしいかわいいお願いだというのに、余計な捻りを入れたせいで大惨事じゃないか。

 ヴィオラは目を伏せ、どことなく沈痛な面持ちで反論してくる。


「ご主人様、残念ながら兄妹では結婚はできません」

「肉奴隷にもなれねえよ!」

「それは誤りです。以前、マリン女史からご教授頂いております。テールの町にも兄妹でもそういう関係の人間はいる、と」

「え、マジで? 誰がって……違う! そんなアブノーマルな世界をうちに持ち込むな! というか、もうマリンさんの話を鵜呑みにするのやめろ!」


 テールの町の夜の女王は教育に悪すぎる。

 やっぱり、ヴィオラに任せたのは間違いだった。

 手の中でモゴモゴと何か話しているシャンテを解放しつつ、目線を合わせて語りかける。


「シャンテ、ヴィオラから言われた事は忘れるんだ。いいね?」

「でも、いっしょにいるなら、にく――」

「忘れるんだ、いいね?」

「ひぅ! うん……」


 すまない。

 怯えさせたくなんかないんだけど、この件に関しては妥協できない。

 かわいい妹が痴女になるかどうかの瀬戸際なんだ。


「シャンテ、今の約束だけはできないんだ。ごめんね?」

「そうなの?」

「他にお願いはないかな」

「じゃあ、シャンテもいっしょにいく!」


 やっぱり、そうくるよな。

 どこの学習院も入学は春の初めの日に十二歳になって、竜卵が孵化した者。

 当然、九歳児は入学できないし、そもそも魔族のシャンテが来ていい場所じゃない。


「うーん。でも、シャンテまでいなくなっちゃったら、ティレアさんたちが寂しいんじゃないかな?」

「う……」


 人の気持ちをちゃんと考えられるんだから、シャンテは優しい子だな。

 ……うん。そう、そうだよな。

 まだ小さいからって誤魔化したりしないで、しっかり話そう。


「シャンテ、お兄ちゃんはね、どうしても学習院に行きたいんだ」

「どうして? お兄ちゃんはシャンテといっしょじゃなくてもいいの?」

「よくないよ。お兄ちゃんだって、シャンテと一緒がいい。だけど、それだけじゃダメなんだ。皆、自分の夢を見つけないといけないんだよ」


 どんなに大切にしていても、シャンテが俺たちの手元から離れていく時期はきっと来る。

 ここは孤児院なんだ。

 どんなに居心地が良くても、いつまでもいられない。

 いつか巣立っていくための場所。


 ロミオ兄はテールの町の町長秘書になったし、アリア姉も春から織物工場に正式に雇われる事になっている。

 だから、二人とも本当なら孤児院を出て、自立しているはずだった。

 でも、俺が学習院に行くとティレアさんとシャンテだけになってしまう。

 それでは家事や教会の手伝いも大変だし、シャンテも寂しいだろうからもうしばらくは残ってくれるだけ。

 新しい孤児が入ってきて、院に慣れるまでの猶予期間なんだ。


 シャンテも自分のやりたい事を見つけて、生き方を模索していかなければならない。


「俺は、俺の夢のために学習院にいきたい」

「……うん」

「シャンテもやりたい事を見つけないと」

「お兄ちゃんといっしょにいたい」

「それはシャンテのやりたい事じゃないよね」


 ただの願望を夢とは呼ばないだろう。

 厳しい言葉で言えば、それは甘えだ。

 心地の良い家族に囲まれて、ずっと子供でいたいと言っているようなもの。

 でも、そんな事はできないんだ。


「……シャンテ、一人はやだよぅ」

「そうだね。一人はやだね」


 しがみついてくるシャンテを抱きしめる。

 俺たちに血のつながった家族はいない。

 孤独の痛みは誰よりも知っている。

 だからこそ、家族を大切にしてきた。


 俺だって家族が一番大切だ。

 ずっと一緒にいたいと思っている。

 でも、無理にそれを続けようとしても、誰も幸せになれないとわかっていた。

 閉じた狭い世界で腐っていくだけ。


「だから、俺も、皆も、誰かと一緒にいられるように頑張るんだよ」

「……シャンテも?」

「そうだね。きっとシャンテならできるよ。できるってお兄ちゃんは知ってるんだ。それにね……」


 シャンテは俺たちよりずっと大変だろう。

 竜帝大陸で魔族として生きていかなければならない。あるいは魔大陸に渡り、同胞と暮らすという道もある。

 だけど、どちらも険しい道程になる。


「離れても俺たちは家族だ。シャンテの事を応援しているし、もしもシャンテが困っていたらすぐに助けに行くから」


 家族が辛い時に助ける。

 本当にその人を大切に思うから、俺はその道を選ぶ。

 その時のためにも、今はもっと力をつけて、技を磨いて、知識を蓄えて、今よりずっと強くならないといけない。


 そのための学習院。

 俺と儂の夢の一歩。


「だから、シャンテにも俺の夢を応援してほしいんだ」

「………」


 ぎゅっとしがみついたままシャンテは、小さくこくんと頷いてくれた。

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