38 試練 2
38
この二年間で色々と試してみてわかった事だけど、俺より儂の方が戦いに向いている。
単純に前世の経験というのはある。
これは俺でも引き出して戦えるけど、どうしても完全に活用できているとは言えないのだ。
もっと時間をかけていけばできるとしても、少なくともまだ足りない。
その点、儂は間違いなく使える。
そして、もっと単純な話。
儂、絶対に前世の職業選択を間違えてたから。
儂は考古学こそ天職だと言って認めないし、俺としても『好きな事を仕事にして幸せだったんだなあ』と理解している。
でも、客観的に才能で考えると断じて違う。
格闘家でも、軍人でも、用心棒でもなんでもいい。
戦いを生業にしていたら世界の頂点に立ってたんじゃないの?
大聖堂の戦いぶりを思い出してもらえばわかるだろ。
あのね、竜卵っていう特殊な武器だったのを考えても、前世のスポーツを戦いに活用するなんてできないから。
野球、サッカー、バスケ、ラグビー。
その経験で遺跡群を撃退するなんて化け物以外のなにものでもないから。
いや、俺の事なんだけどさ!
でも、はっきり言わせてくれ。
前世の儂、絶対におかしいって!
「さあて、そろそろティレアさんから一本取らんとな」
まあ、俺の主張はともかくとして、戦いに関しては儂が主導した方が強い。
いずれ俺が儂の経験も飲み込んで、前世を超えていくまでは、だがのう。その時こそ儂と俺は完全にひとつとなるのかもしれんな。
口調から変化に気付いたのだろう。
ティレアさんは強い視線を寄越してくる。
流石、手練れは違う。
元より油断はしておらんかったが、空気がさらに引き締まりおった。
「ついに出たな。エロ爺」
「いい加減、その疑いは勘弁してほしいんだが……」
と、このタイミングで踏み込んでくるか。
会話の中でいきなり先制攻撃というのは既に見ておるよ。
後ろに下がり、間合いを外せば距離はそのまま。
ティレアさんは足を止めて舌打ちをした。
「ちっ、小細工は効かねえか。かわいいカルロのくせして、かわいくねえ爺だな」
「ティレアさんもなかなか子煩悩だのう」
人の事は言えんがな。
どうもメリヤ孤児院の人間は肉親に愛情が深くなるよう育つらしい。
「へんっ、オレの息子の力になれるか。見せてくれるんだろうなあ?」
再び接近。
左の双剣、と見せかけての前蹴り。
スカートのスリットはこのためか。まったく、年頃の女子がはしたない真似をしよって。
初動を見逃さなければ回避は難しくない。
前蹴りを躱し、離れようと横に回り込む。
その先を塞ぐように左の剣が振り下ろされた。
続けて、右の剣が儂へと落ちてくる。
流れるような連撃は見事。
しかし、双剣を攻撃に回したのだ。
防御に隙ができておる。
「――っと、危ないのう」
「へえ」
儂は攻めには出なかった。
選んだのは後退。
そんな儂の目の前を双剣の銀閃が抜けていった。
ティレアさんは双剣が地面に触れる寸前で、高速で切り返したのだ。
中途半端に避けてカウンターなんぞしておったらひとたまりもなかったのう。
やはり、あの隙は誘いだったか。
俺だったら突っ込んでいたかもしれん。
「おっかないのう」
「できるってのは本当なんだ……」
ちょいちょい、ティレアさんや。
目の色がやばいんだが、ぶった切ったりせんでくれよ?
さて、これで互いに様子見は終わりだのう。
向こうは儂に切り替わった事での動きや判断の差を、儂は双剣の間合いを見た。
ティレアさんも次からは儂の実力を考えて、攻撃してくるだろう。
今のような『俺』基準の斬撃より鋭くなっているはず。
儂はそれをどうにかして拳の間合いに入らねばならん。
あるいはティレアさんは己の剣を躱すだけでも認めてくれる気かもしれん。
この人の攻撃から逃れられるなら、そこらの相手に遅れを取る事はなかなかないだろうしのう。
だが、俺のオーダーは一矢報いる事だ。
負けん気や、やり返したいという気持ちではない。
自分はこれだけできるのだと示して、ティレアさんを安心させたいという心意気。
ならば、やってみせようじゃないか。
ティレアさんの期待以上で応えてみせよう。
「そんじゃ、カルロ……」
ティレアさんが初動に入ろうとしている。
すぐにでも間合いを潰しに来るだろう。
次は下がらん。
いや、
「儂からいくぞ?」
逆にこちらからいかせてもらおうか。
まさに一歩踏み出そうと体重移動を終えたタイミングに、儂は飛び出した。
双剣を構えたティレアさんの懐へ一息に。
「上等」
強気の笑みを崩さぬティレアさん。
左の剣が振り下ろされる。
鋭い、が、躱せる速さ。
当然、躱す。
ティレアさんの腕の内側。
懐まであと半歩の位置。
半秒もあれば一打入れられる。
そこに右の剣が落ちてきた。
ここに誘導したか。
一撃目で選択を迫り、二撃目で仕留める戦術。
わかっておる。
その上で乗った。
「ふ――」
左腕を振るう。
外から内へ払うように。
肩だけではない。
肘、手首、指先。
左腕全てを使って、剣撃を横にいなす。
だが、それだけでは足りなかった。
軌道は頭から外れたが、肩に当たる流れ。
「――んっ!」
だから、最後にロープを広げる。
腕の回転に合わせて、左腕に巻いたロープを回転させた。
未熟な操作。
その全てを集中する。
イメージは独楽。
ロープが剣の腹で弾け、体のすぐ横を剣撃が抜けていき、地面を抉った。
そして、先の切り返しを封じるために、ティレアさんの右手首を上から掴む。
更にロープを操作。広がったロープで互いの手首を絡めて、縛り上げる。
「……やるじゃん」
「光栄じゃのう」
互いに半歩の間合いで静止したまま見つめ合う。
ティレアさんはどうやら儂の戦意が治まっておらぬ事――つまり、避けただけではないという意図に気付いたようだ。
「で、どうすんだ?」
一打入れるにはこの体勢では無理。
そして、ティレアさんも右腕を押さえられていては左の剣も無闇に使えない。
お互いに膠着状態だ。
どうにかして状況を動かさなければならない。
「実は、儂は前もロープを使って戦った事があってのう」
「へえ。じゃあ、カルロの竜卵がロープになったのはそのせいかもな。で?」
にやりと笑う。
「どうも儂の方が俺より操るのが上手いようだ」
右腕に巻いたロープを左腕へ移動。
そこからティレアさんの右腕に絡めていく。
「このっ!」
ティレアさんが左の剣を突いてくるが当たらんよ。
当人の体を盾にするように立ち回れば、元から不自然な状態での剣は躱せる。
互いに体が触れ合っている状況なのだ。
どう動こうとしているのか、そこを通して儂には筒抜けだよ。
対して儂はロープを操作するだけ。
初動も何もない。
ティレアさんはストレンジ破壊を狙おうとしたようだが、下手をすれば自分の腕まで斬ってしまいそうで躊躇している。
狙いを定めようとしても無駄よ。
その時は儂が動いて邪魔するからのう。
「て、てめえ!」
「くっ」
まだ抵抗するか。
これではロープの操作も十分にできん……などと泣き言は捨てよ。
俺の心意気に応えられんで、前世を引き継いだ意味がないわ。
「負けぬ!」
そうして、ティレアさんと格闘する事、五分。
「………」
「………」
気が付けば儂はティレアさんを縛り上げておった。
互いに見つめ合う。
静かな眼差しだ。
おそらく、儂も同じような目をしているだろう。
「まあ、ここまでされちゃ、認めねえわけにはいかねえか」
「ティレアさんが本気なら、こうはならんかったがの」
事実だ。
ティレアさんは徹頭徹尾、儂に合わせて戦っておった。
右手を封じられた時も、その気になれば竜卵の力の差に任せて儂を持ち上げて、地面に叩きつけるなりすれば良かったのだ。
「カルロ、お前の勝ちだ」
ティレアさんは優しく微笑んだ。
どうやら試練は終了。合格をもらえたらしい。
「じゃあ、もういいよな?」
しかし、俺と儂が喜ぶ間もなくティレアさんが優しく微笑んだまま、ぞっとするような冷たい声で確認してくる。
凍えるような冷たい目に射竦められ、動けない。
「もう本気で抵抗してもいいよなあ?」
「ちょっと待って! すぐにほどくから! 無茶しないで!」
ぶるぶると体を震わすティレアさん。
儂のロープがミシミシと有り得ん音を立てておる。力任せに脱出しようとしているのが目に見えてわかってしまう。
しかし、体を震わせているのは力を込めたからではないだろう。
羞恥と憤怒。
うむ。間違いない。
これは恥ずかしいし、怒るだろう。
ティレアさんを夢中で縛り上げたのは良かったのだが、やり方がまずかったのだ。
肘から先と足は自由だが、それ以外はロープで縛り上げられた姿。
彼女の体を這うロープの軌道は六角形を描いている。
その、なんというか、非常に言いづらいんだが、ちいっと人には見せられんような格好になってしもうておった。
そう。人はこれを亀甲縛りと呼ぶ。
「エ・ロ・爺ぃ……」
「違うんじゃ! 必死だっただけで、その、ロープが勝手にじゃな!? 儂もどうしてこうなったのかさっぱりで!」
信じてくれ。
本当に心当たりがない。
そもそも儂はこんな縛り方なんて知らんのじゃ。
偶然。偶然なんじゃ!
「前もロープを使ったって言っただろうが」
「戦った、じゃ!」
「つまり、夜の戦いってやつか……って、女に何を言わせやがる!」
「儂のせいか!? 違う。もっと、トラップとか首を……」
説得しようとしたが、間に合わなかった。
「うちのカルロを汚しやがってええええええっ!」
ぶちぶちぶち。
果たして、それはロープが千切れた音だったのか、ティレアさんの堪忍袋がキレた音だったのか。
儂と俺は強烈な衝撃に打ちのめされて、意識を失うのだった。
儂、退場。




