29 地の底より這い出るモノ
29
しばらくは平穏な日々が続いた。
予想通り、シャンテのヘアバンドを取ろうとした悪ガキが発生したり、そいつらを俺とロミオ兄で駆除したり、町の女性陣を巻き込んだ処刑があったぐらいだ。
いや、あれは怖かった。
アリア姉の伝え方がうまかったのか、かわいいシャンテの魅力がすごかったのか、それともこの町では女の敵には容赦しない方針なのか。
町の若い女性を中心にした集団が、悪ガキを取り囲む絵は見ているだけで寒気がしたよ。
シャンテのためなら見せしめ上等、一罰百戒どんとこいの気持ちで立ち会った俺とロミオ兄が一言も口出しできなかったからね。
あの矛先がこっちに来たらと想像しただけでぞっとする。
思い出しても震えるぐらいだ。
ともあれ、シャンテの角を隠すのは成功した。
あれから馬鹿な真似をする奴は一人もいない。
悔しいけど、抑止力としては俺やロミオ兄よりも優秀な女性陣に感謝しよう。
しかし、この件で課題が解決していないのはシャンテの方だ。
シャンテは魔族として覚醒してから能力がうまく扱えないでいる。
俺やティレアさんが注意しているけど、感情が昂ったりすると発動してしまうのだ。
発動するといっても遺跡で見せた破壊的な力ではなく、軽いポルターガイスト現象と浮遊能力なのだけど、それだけでも十分やばい。
人見知りする子だから、家族のいない場所に行くと家族の傍にべったりなので、近くの人間でうまくフォローしてあげられているけど、いつでも四六時中いっしょにはいられない。
シャンテにはなんとか制御できるようになってもらいたい。
まあ、これは七歳児なので仕方ない事だとは思っている。
平和なおかげで俺は自己鍛錬に集中できた。
あれから上級生に交ざって勉強し、ロミオ兄から武術を習い、ティレアさんに適度に伸びた鼻を叩き折られている。
一日の流れも安定していた
午前中に孤児院の手伝いや仕事。午後に鍛錬。夜に自習。
そして、ノルト神父が来る時にわからない事を教えてもらい、午後からはロミオ兄とティレアさんとの模擬戦。
まだ、俺と儂の折り合いの付け方も結論が出ていないけど、竜卵が孵化する十二歳までは自己鍛錬に集中する方向でまとまった。
そんなこんなで遺跡から生還してそろそろ一ヶ月。
夏の気配が近づいて来た頃、町での仕事を終えて帰ってきたアリア姉と、それを迎えに行っていたロミオ兄が食事の後に言ったのだ。
「なんだかね、テールの町にお化けが出るんだって」
「ひうっ!」
シャンテが飛びあがった。
言葉通り、本当に。
天井近くまで浮かび上がって、涙目のまま耳を塞いで、必死に首を振っている。
カボチャぱんつをお披露目しているのもお構いなしで、兄としてはもうちょっとレディの淑やかさを持ってもらいたい。
「あ、ごめんね。シャンテはお化け、怖いんだね」
「こわくないもん!」
いや、怖がってるじゃんと指摘してはいけない。
むきになってしまうだけだから。
あと、耳をちゃんと塞げてないから、こっちの話はばっちり聞こえているみたいだ。
「シャンテ。大丈夫だから、こっちにおいで」
ロミオ兄が優しく微笑みながら手を伸ばす。
年頃の女性なら一発でときめいてしまいそうなイケメンスマイルだ。
背景にバラの花とか咲いてそう。
「や!」
しかし、シャンテは全力拒否。
幼女には効果がなかったらしい。
浮いたままロミオ兄から逃げていってしまう。
うわあ。ロミオ兄がべっこり凹んでるよ。なんというか、バットでフルスイングされたアルミ缶みたいな感じ。
「シャンテ、また約束破ってるぞー。早く下りて来いよ」
「ほら、いい子だから、お姉ちゃんのところにおいでー」
最近は俺たち家族も慣れたものだ。
ティレアさんが注意して、アリア姉が手招きするとシャンテはゆっくりと下りてきた。
アリア姉にがっしりしがみついて、胸に顔をうずめている。
ちっ、先を越されたか。
シャンテをだっこできなかったからじゃないけど、話の方に集中する事にした。
「けど、お化けってどうしてそんなのが?」
いや、この世界でも夏の暑さを怪談で誤魔化すという風習はあるので、話題そのものはおかしくないんだけどね。
おかしくないけど、わざわざ食卓で話す内容でもない。
立ち直った(ように見えて内心では凹んだままの)ロミオ兄が話を続けてくれた。
「それがどうも目撃者が多くてね。これは幽霊とかじゃなくて、本当に実在する人なんじゃないかって」
「なんだ、そりゃあ。大勢が見てるならどう考えても人間だろ。どうして幽霊扱いされてんだよ」
ティレアさんの言う通りだ。
この返しは予想済みだったのか、ロミオ兄は頷いて続けた。
「幽霊に思われたのも理由があるみたいなんだ。まず、相手は誰も見た事のない人だったからというのがひとつ」
「うーん。旅行者とか、移住者とかなんじゃない?」
「次にその人はほんの少し目を離した間に見失ってしまうというのふたつ」
「ああ、それはちょっと幽霊っぽいね」
「みっつ目はシスターのような恰好をしているらしい」
「あー、つまり教会繋がりか。怪談だと定番かな」
「最後が人間離れした奇麗な人だから、だったかな」
「急に俗っぽい理由だね」
ロミオ兄も同じことを思っていたのか、苦笑している。
しかし、聞いた話をまとめてまっさきに思いつくのはひとつだ。
「つまり、不審者が出たって事?」
他の町から引っ越してきた人が馴染めていないだけなら笑い話で済むけど、もしも人攫いとか、強盗の下見とか、悪い人間だったら危険だ。
「まあね。シスター服って話だから、うちも気を付けた方がいいと思ったんだよ」
なるほど、それで話題に選んだのか。
うちにはシャンテという秘密があるので、神経質なぐらい気を付けておいた方がいいかもしれない。
ティレアさんも頷いている。
「じゃあ、ロミオとカルロは女子どもが町に行くときは送り迎えな。変なのを見かけたらオレに言えよ」
了解だ。
全力でエスコートしよう。
しかし、不審者か。
「それで、他に特徴はないの?」
小さい町といっても千人はいる。
さすがに俺も全員の顔と名前はわからない。
警戒するにしてももう少し情報がほしい。
シスター服はわかりやすいけど、逆に着替えられたらわからなくなってしまう。
「ああ、なんでも女性らしい」
まあ、シスター服って言ってたからね。女装趣味の変態じゃなければそうだろう。
もしもそうだったら全力で殴るよ、俺。
ティレアさんからの戒めを破ってでもね。
「歳は若い感じ。僕やアリアよりも年上に見えるけど、ティレアさんほどではないって」
「おい。なんだか、オレが若くねえみってじゃねえか」
ティレアさんは二十代半ばだ。詳細については頑なに教えようとしない。
じゃなくて、大事な話だから腰を折らないでよ。
「大丈夫だよー。ティレアさんはまだまだ若いよー」
「カルロ。台詞に心が籠ってねえように聞こえたのはオレだけか?」
ノーコメントで。
ティレアさんの方は見ないようにして、強引に話の路線を戻す。
「それぐらい?」
「いや、あともうひとつ、髪は長くて、紫色に見えたんだって」
……うん。
ちょっと待とうか。
改めて情報を整理しよう。
若い女性。
人間離れした美貌。
シスターっぽい服を着用。
紫の長い髪。
心当たり、あるなあ。