28 ノルト神父
28
模擬戦から一週間が経ち、ようやく儂も立ち直った頃(三日かかった)、巡廻授業の日がやってきた。
場所はエタニモ礼拝堂。
町の六歳から十二歳の子供たちが集まって、それぞれが勉強をするのだ。
テールの町が小さいと言っても、その人口は千人ぐらいある。そこから子供が集まるから八十人近い数になってしまう。
なので、最初は年下の子供に中学年の子供が教える事から始まり、それが終わった段階で下の子は解散。
次に中学年の子たちに年長者たちが教えて、最後に年長者たちを巡廻神父が教えるという形になっている。
そんなサイクルが終わった昼前。
子供たちが出て行った礼拝堂で、荷物を片づけている巡廻神父のところへ俺は向かった。
「ほう。もっと勉強を習いたい、と」
俺の申し出を重量感のある低い声でノルト神父は繰り返した。
高みから見下ろされると自然と背筋が伸びる。
この人はいつもこんな感じだ。
威厳が強すぎて、オーラみたいになっているんだよ。
巡廻神父ノルト。
教会はボランティアで街々に神父を巡回させて、子供たちに一般教養などの勉強を教える巡廻授業を行っている人だ。
総髪の灰色髪。
鋭く厳しい視線。
微動だにしない鉄面皮。
無駄のない所作。
二メートル近い巨躯。
服の上からでもわかる鍛えられた肉体。
隙のない黒の神父服の着こなし。
もう何から何まで迫力がある。
ただそこに立っているだけで魔除けの像になりそうだ。
どうしてこんな人が巡廻神父なんてやっているのか不思議に思った事もあったけど、ティレアさん曰く『移動の多い巡廻神父は強い人間の仕事』らしい。
「それは感心な事だ。だが、カルロ。お前はあまり勉強を好いてはいなかったな。何かあったのか?」
嫌いだったわけではないんだけど、熱心だったわけでもなかったから不思議に思われるのは仕方ない。
だから、ちゃんと理由も用意してある。
「シャンテが怪我をしたのに何もできないのが嫌だったんだ。だから、もっと力を付けたいって思った」
「そうか。シャンテの話は聞いている。兄として守れなかった後悔ゆえに、次からは己が守るのだと決意したのなら理解できる。よい心がけだ。だが、それで勉強に力を入れるというのはお前の発想か? カルロの竜卵はストレンジだろう。そちらで強くなるとは考えなかったのか?」
なんだか心の奥まで見透かされているようで背中に汗をかいてくる。
ただ腕組みして見下ろされているだけなのにこれなのだから、初対面の子供に泣かれてしまうのも仕方ないだろう。
シャンテなんかはいまだにこの人に近づきたがらないし。
迫力に負けないようにまっすぐに目を見て答えよう。
「そっちも頑張る。でも、それだけじゃダメだって思うんだ」
「ふむ。その辺り、血のつながりはなくとも兄弟だな。ロミオの影響を受けたか」
長男として文武両道を目指すロミオ兄を思い出して、納得してくれたようだ。
そのロミオ兄はまだ先週の敗北を引きずっていて、夜になると槍の稽古に打ち込んでいる。今日も午後に再戦を約束していた。
俺もロミオ兄に武術について教わる事に受ける事にした。
ちゃんとティレアさんにも許可を取ってある。
確かに今の俺はロミオ兄より強いけど、あくまで身体能力で勝っているだけ。
武術の練度はロミオ兄の方がずっと上だ。
仮に同じぐらいの運動性能で戦ったとしたら、前世の経験をフルに活用しても勝てないだろう。
『儂』は前世では有り得ないぐらい色々な経験をしていて、『戦う考古学者』なんて物騒な呼び方もされているけど、あくまでそれは前世の基準の話。
現代日本のような治安もなく、強力な力を持つ他種族の争いや、遺跡群なんて脅威が存在するこの世界では通用すると限らない。
だから、引き出しを増やしたいのだ。
それは勉学の面でも言える。
遺跡では中途半端な知識で読みを何度も外してしまった。
遺跡の専門的な知識は古代学習院で学ぶとして、その前にまずは歴史や地理、文化などの土台を固めておきたい。
「よろしい。では、来週にはお前のためにテストを用意しておこう。中学年で習う内容から出題する。それで満点を取れたなら上級生に混ざる許可を出す。いいな?」
「はい」
中学年の勉強なら問題ない。
言葉の丁寧な使い方とか、算数の掛け算や割り算とか、後は社会の仕組みの基礎の基礎。
今の俺ならまったく問題ない。
ロミオ兄かアリア姉に社会だけちょっと確認するだけで満点が取れるだろう。
「カルロよ。力を付けたいというのは良い考えだ。竜帝様も自ら研鑽する事の大切さを説いておられる。聖伝、二章、十五節の怠惰な牛飼いの話だ。『竜帝は怠惰な者を救わない。己が全力で困難に立ち向かう者にのみ、奇跡を授ける。』とある。カルロの志は実に立派だと言える」
俺をじっと見下ろしていたノルト神父が唐突に語り出した。
えっと、職務を怠けた牛飼いは獣人に牛を奪われて、破産してしまったという話だっけ。
「だが、ただ力を持てばよいというわけでもない。力は正しく行使されなければならないのだ。みだりに力を振るい騒乱を起こせば、眠りについた竜帝様の御心を騒がせてしまう」
これは聖伝の五章、三節だっけ?
竜人族が竜帝大陸を支配するようになり、竜帝はどこかに姿を消して眠りについた。
だが、再び世に争いの火が広まるのならば、全てが竜帝によって焼き滅ぼされるのだ、だったか。
自助努力を推奨したり、終末を宣言したり、わりと怖いんだよな。竜帝様。
「つまり、カルロよ。お前は力を得て何を為すのか。どのように家族を守るのか。己が何者になるのか。考えなければならない」
本当に見透かされているようだ。
俺と儂。
カルロ・メリヤと苅谷織人。
二重人格というわけではない。
どちらも間違いなく同じ人間だ。
だけど、それぞれの『一番』が違う。
家族を守りたいというカルロ。
冒険をしたいという織人。
それぞれの願いがあって、それぞれが互いの想いを共有していて、だからこそ迷いとなってしまう。
家族と冒険。
まだ、結論は出せていない。
「ノルト神父はどうやって決めたんですか?」
話題を逸らすつもりじゃないけど、この厳格な神父の考えを聞いてみたいと思った。
この人はどうして信仰の道を選んだのか参考になるかはわからないけど、単純に興味もある。
「知れている。全ては竜帝様の御心に適うためだ」
竜帝のロザリオに手を当てて、瞑目するノルト神父。
実に神父らしい答えだと思う。
正しき信徒は死後、竜帝の楽園に至れる、のだとか。
転生というものを体験した今となっては信じられないのだけど、教会の教えを信じる人間は多い。
だけど、ノルト神父の言葉には続きがあった。
「私の身も心も、血の一滴に至るまで全てが竜帝様のためにある。竜帝様の僕として死力を尽くし、教えを盤石と為す。それこそが私の在り方だ」
楽園なんて求めていない。
竜帝の教えを守る事こそが至上。
あまりに強烈な意志に言葉が出てこない。
普段の迫力なんてかわいいものだ。
「カルロ、私は……」
「おい、カルロ、このあほう!」
いきなり後ろから頭をはたかれた。
金縛りが解けたみたいな感覚だ。
叩かれるまでまったく気づかなかったけど、振り返れば背後でティレアさんが腰に手を当てて俺を睨んでいた。
「ノルト神父は忙しいんだから、手間かけさせんなよ。それと飯の準備、お前が当番だろ。アリアだけにやらせんな」
「あ、ごめん! すぐ行く!」
慌ててノルト神父に一礼して、孤児院に向かう。
正直、助かったと思った。
完全に飲まれていた。
あのままノルト神父の話を聞いていたら圧倒されて、立っていられなくなったかもしれない。
「ティレア。お前の言動はシスターとして感心できないな。以前から注意していたが、その服装も言動も一向に改まない」
「うえ!? いや、オレは昔からこんな感じだろ。ほら、それより、ノルト神父は忙しいんだから町に早く帰らないと」
「問題ない。お前を矯正する時間ぐらい捻出しよう。何、五分で終わる」
「五分って、五分でオレのナニを矯正するつもりって……カルロ! カルロ、オレを置いていくな! っていうか、助けて!」
後ろから悲痛な叫びが聞こえたけど、俺にはアリア姉といっしょにお昼ご飯を作る使命があるのだ。
振り返らずに俺は孤児院へ急いだ。
ティレアさん、頑張れ。




