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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 少年編
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32/179

30 私のご主人様

 30


 翌日、午後の鍛錬を休みにして町に向かった。

 噂の不審人物の正体を確かめるのが目的だ。

 町の仕事を手伝うアリア姉を織物工場まで送って、俺は町の中央広場にやってきた。


「すぐに見つかればいいけど……」


 中央広場は朝だと毎日市場が開かれるけど、この時間だと子供たちの遊び場になっている。今日もボールを投げ合って遊んでいた。

 大人でも時間の余った人たちが集まって、話をしたり、ボードゲームに興じている光景も多い。

 ただ広いだけの場所だけど、田舎町の集合場所として使われていて、おそらく、この時間のテールの町で一番人口密度が高い場所だろう。


「あ、カルロだ! な、なんだよ! 謝ったじゃんか! もうあんなことしないって約束しただろ!」

「やめろよ! 母ちゃんに変なこと言うなよ!」

「おい! 誰かアリアさんとシャンテちゃんに声かけたりしてないだろうな! 抜け駆けした奴がいるんじゃないか!」

「えー、ティレアさんに罵られたいって、お隣のお兄ちゃんが言ってたけど」


 俺に気付いた子供たちが警戒態勢に入っていた。

 いつもこんな感じだよね。

 だもんだから、俺は男子から誘われる事はほとんどない。

 奴らはシャンテを狙う狼だ。俺も慣れ合うつもりはないからいいけどね。


 ちなみに、男子とは逆に女子にとっては微妙な立場だ。

 この町の年頃の女性のほとんどがロミオ兄を狙っているから、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』の精神でのアプローチされる事がしばしば。

 優しそうな微笑みを浮かべつつも、目だけは肉食獣のようにギラギラと輝かせて近づいてくるお姉さんたちは、正直ちょっと近寄りがたい。


「あ、カルロ君だ。じゃあ、今日のアリアのお迎えはロミオさんじゃないの?」

「ううん。わからないわよ。行きと帰りで別かもしれないし」

「ふふ。ロミオ君を見ると若返った気分になるのよねぇ」

「ちょっと姐さんは手を出さないでよ! この前も牧場の長男を食べちゃったの知ってるんだから! ロミオさんだけは狙わないで!」

「あら。あたしが誘ったんじゃないのよ? 向こうが本気になっちゃっただけで……まあ、おいしそうだったからいただいちゃったけど」

「誰か! 誰かこの人止めるの手伝って!」


 なんか聞こえてきたけど、聞こえないふりをしておく。

 とりあえず、二番目のお姉さんの予想は正解です。アリア姉の帰りにはロミオ兄が来ます。

 それにしてもあんなにシスコンなのにロミオ兄の相変わらず今日も高い。解せぬ。あんなにシスコンなのに……。


 それにしても改めてうちの孤児院ってスペックが高いというか、キャラクターが濃いというか、町の話題の的だよな。

 せめて、俺だけは普通の人として常識を忘れないでいよう。

 俺の中の儂が溜め息をついているけど気にしない。


 さて、余談はさておき、今日の本題だ。


「いない、かな」


 広場を見回してみても、目的の人物は見当たらなかった。

 相手は紫髪の美人シスターなんて目立つ姿だから、見落としもないだろう。


 ロミオ兄とアリア姉から聞いた話だと、出没する場所は決まっていない。

 傾向としては人が大勢いる場所などでの目撃談が多いというので、まずは中央広場に足を運んだわけだ。


 今日はまだなのかもしれない。

 ほとんど毎日のように出没するというから、ここで待っていればすぐに見つかるだろう。

 広場の端に設けられた古びたベンチに座り、そのまま広場を眺める事にした。


「なんで人目を避けようとしないのか、そもそもどうして大聖堂から出てきたのか、というか、俺を訪ねないで町に行くのもわからないし……」


 確かにやる事が多かったとはいえ、一ヶ月も放置してしまったのは悪かった。

 彼女は言葉にはできなかったけど、寂しいと感じていたのだから、その辺り配慮が足りなかったのは俺も認めよう。


 しかし、いきなり町に出て来るとか何を考えているんだ。

 仮にも魔族の重要拠点でもある遺跡の一部。

 何かがきっかけで正体がばれでもしたら、トラブルがどこまで飛び火するか予測もできない。

 考え出すとどうしても悪い想像をしてしまう。


「大丈夫かな。魔導具の研究者とかに知られたらさらわれてもおかしくないよな。貴族とか大商人も危ないよな」


 研究者や権力者が機械人形の美少女を拉致監禁。

 字面だけでかなりアウトだ。

 青柳君は大喜びする展開なのかもしれないが、俺も儂もそんなのは見たくない。


「あいつ自衛とかできるのか? 運動能力は高かったけど、戦えるかは別だからなあ」

「はい。創造主から『ご主人様を守るための効率的制圧、及び殺傷、ついでにさりげないサービス方法』を指導されております」

「うわっ!」


 突然の声にベンチから飛び上がり、慌てて振り返れば心配していた当人がいた。

 別れた時と同じ奇麗な立ち姿で、ヴィオラはベンチの後ろで控えていた。


「ご主人様、いかがいたしましたか?」

「いや、待て。ちょっと、待って。いつからそこにいたの?」

「つい先ほど、ご主人様のお姿を拝見しましたので、機械人形としてお傍で控えておりました」


 また考え事していて気づかなかったのか、俺は。

 暗殺者とかに近づかれたらあっさり殺されそうだ。いや、そんな物騒な連中に狙われる予定はないけど。


 ヴィオラに悪気はなかったのだろう。

 無表情ながらも小首を傾げている。

 この子もアリア姉とはまた別方向で天然だな。


「まあ、見つかって良かったよ」

「ご主人様は私をお探しでしたか。お手間を取らせてしまい、申し訳ありません。罰は如何様にでも」

「いや、罰とかいらないから」

「そうですか……」

「なんで残念そうなの!?」


 いや、相変わらず表情はないんだけどね。

 声の端々から無念が滲んでいるんだよ。

 いつの間に妙な性質を搭載したんだ、この機械人形。


「では、ご主人様。私にどのようなご命令でしょうか?」


 一転して全体的に嬉しそうな雰囲気に早変わり。

 なんか、人懐っこいわんこがお座りしてしっぽを振ってるみたいな感じがする。

 やっぱり、主人の役に立ちたいという欲求があるんだろうな。

 と、そこまで考えて気づいた。


「あれ? 普通に話せてる」


 この前は単語の選び方や文法がおかしい感じだったけど、今もちょっと硬めの口調ではあるものの、違和感はなくなっていた。

 ヴィオラはスカートを持ち上げて、心なしか誇らしげに一礼した。


「ご主人様のご命令通り、大聖堂の清掃を完了させましたので、五日前より竜人語の取得に取り組んでおります」

「もしかして、それで外に出てきたの?」

「はい。大聖堂の情報では最新の知識は得られませんでしたので」


 実地で学びに来た、と。

 なんてことだ、今回の不審者の噂は俺が原因だったのか。


「どうでしょうか? 私の言葉は正しく伝わっておりますでしょうか?」

「ああ。大丈夫だ。うん。ちゃんと俺の命令を果たしてくれたんだね。えっと、ご苦労様」

「恐縮です」


 さっきよりも深く一礼するヴィオラ。

 なんか背後に駆け回って喜ぶ子犬のオーラが見えるな。


「それにしても、たった五日でこんなに話せるようになるなんて、すごいね」


 さすがは魔族の機械人形。

 運動機能だけではなく、学習能力までハイスペックみたいだ。


「いえ、当初はこちらで人族の方々の話を聞き、私の人族語と比較していましたが、恥ずかしながら難航しておりました」


 そう言って、ヴィオラは首を横に振った。

 確かにとっかかりがあっても、言葉ってそんなに早く覚えられるものじゃないよね。

 けど、それならどうやってこんなに流暢に話せるようになったんだろう。


「ですが、独自で協力者を得てからは順調に学習を進められるようになりました」

「協力者?」

「あ、ヴィオラちゃんじゃない。どうしたの、こんな所で? あれ、カルロ君? ヴィオラちゃんと知り合いなの?」


 横から声を掛けてきたのは色香漂う美女。

 町で唯一の娼館の女主人、マリンさん。

 露出は控えめなのに、部分部分で大胆なカットの入ったデザインのドレス姿で俺たちに近づいてくる。

 ちなみに、さっきのロミオ兄を狙う女性人の会話の中でも危険な発言をしていた人だ。


 マリンさんは俺たちを不思議そうに見つめるが、まずは用件を済ませようとヴィオラに話しかけた。


「ヴィオラちゃん、今日もお話する?」

「いえ、申し訳ありませんが、本日はご主人様のお傍に控えさせて頂きますので、また日を改めさせて頂けますでしょうか?」

「別に約束してたわけじゃないんだからいいわよ。昼は暇だから、いつでも来て」


 待って。

 もしかして、協力者って……。

 目でヴィオラに問いかければ、器用にウィンクしてきた。

 肯定、なのだろう。


 よりによって、とんでもない人に教わっているな。

 テールの町の女性陣の最高実力者じゃないか。

 そりゃあ、会話も仕事の内だろうから得意だろうけど……待て。じゃあ、さっきの妙な性質もこの人の影響か?


 あれこれと考えていたけど、すぐにそんな余裕はなくなった。

 マリンさんが内緒話でもするみたいにヴィオラに近づいて尋ねたのだ。


「ねえ、それでヴィオラちゃん。あなたの噂のご主人様ってどちら? 今日は町にいるんでしょ?」


 マリンさんの何気ない問いかけに背筋が凍りついた。


 十歳児の俺がヴィオラの主人なんて知られれば大変な事になる。

 あれこれと憶測が飛び交い、勝手に話が大きくなって、小さな町だからあっという間に噂が拡散してしまう。


 俺は必至にマリンさんの死角から『しゃべるな!』とアイコンタクトを試みる。

 ヴィオラは俺とマリンさんの両方に頷いた。


「はい。世界で最も気高く、美しく、力強く、勇敢で、誰からも頼られ、またその期待を裏切らず、十全に応え、それでありながら同時に優しき心を持ち、博愛で弱者を救い、混迷の世に苦しむ人々を導く資質を持ち、私の全てを以ってご奉仕差し上げたい、私の尊敬――いえ、崇拝するご主人様は、こちらのカルロ・メリヤ様です」


 無表情でドヤ顔すんじゃねえ!

 よいしょしろって合図じゃないんだよ!

 というか、そのカルロ・メリヤは誰だ!

 そんな傑物いたらノルト神父に紹介してるわ!


 文句を必死になって胸の奥にしまって、おそるおそるマリンさんを見上げる。


「カルロ君、あなた……」

「待ってください。誤解です。今のはヴィオラの冗談です。本気にしないでください」


 冷静に。

 冷静に語りかける。

 早口になっているけど、慌てたら誤解は深くなる。


「いえ、ご主人様。私の心に嘘偽りはございません」

「ヴィオラはちょっと黙ってようか!?」


 ダメだ。思いっきり叫んじゃったよ。

 それでも諦めきれずに説明しようと、マリンさんに近づこうとすると、彼女は同じ距離だけ離れていく。


「うん。そうね。わかったわ。まかせて。だいじょうぶだから。ロミオくんばっかりきにしてたけど、カルロくんもすごいのね。おねえさん、まだまだしゅぎょうがたりなかったみたいよ。『あの』ヴィオラちゃんのごしゅじんさまがカルロくんだったなんて……」


 マリンさんの口調がおかしい。

 というか『あの』ってなんだ。

 俺の与り知らないところでヴィオラはマリンさんに何を話した。


「本当に待って! それ、ぜんぜんわかってないから!」

「だいじょうぶだからー」


 マリンさんは早足で去っていってしまう。

 行く先はこちらに注目している広場の女性陣のところ。

 放っておけばどうなるか、火を見るよりも明らかだ。


 すぐにでも追いかけたいけど、そうしたらヴィオラもついて来てしまう。

 二人一緒で近寄ったら油を注ぐ結果になりそう。

 かといって、ここに待機させていても、あちらの火消しをしている間に他の人たちが近づいてきて、別方向から話しが拡散しかねない。

 既に俺とヴィオラはそれぐらいの注目を集めてしまっていた。


 俺は三秒ほど空を仰ぎ見た。

 初夏の濃い生命の香りがする空だ。


「ヴィオラ、撤退だ!」


 律儀に黙ったままこくこくとヴィオラは頷いて、走り去る俺についてきた。

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