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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
間章 少年編
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33/179

31 無垢なる刃

 31


 町から脱出し、ヴィオラにはお説教というか、人間の機微について語って聞かせた。

 ご主人様という言葉の持つ破壊力について、云々。

 叱っているけど、どことなくヴィオラは嬉しそうなので、ちゃんと通じているのか心配になる。

 最終的に明日遺跡に行くと約束して帰らせて、俺もようやく孤児院に帰ってきた。


「まさか、この辺りに遺跡への移動ポイントがいくつもあるなんて」


 疲れとか、呆れとか、色々とミックスした溜息を吐く。


 ヴィオラ曰く、正式な出入り口は礼拝堂と林のそれだけど、エタニモ国を攻撃するために、他にいくつもポイントが設置されているのだとか。

 それを使ってヴィオラはテールの町に出入りしていたらしい。道理で見失うわけだ。

 今日も町と孤児院の途中にあったポイントを使って帰っている。


「遺跡についても聞かないとな」


 あ、儂がワクワクし始めている。

 シャンテを巻き込んだ反省だからって、自重してくれていたけど、やっぱり気になってるんだなあ。

 よし。明日の午後はシェロカミン大聖堂だ。




 じー。


 そんな擬音が聞こえてきそうなぐらい視線を感じる。

 正面のアリア姉からだ。

 食事の手も止まりがちになって、俺をじっと見つめてくるのだ。

 聞きたいけど、聞いてしまってもいいかわからなくて様子を見ているような感じだろうか。


 なんとなく想像はつく。

 アリア姉は俺たちが帰った後もテールの街にいたのだ。

 何かしらよからぬ噂を耳にしていてもおかしくない。

 それだけに。汚物を見るような冷たいものじゃないのがありがたかった。


「………」


 こっちから水を向けてあげれば、アリア姉は質問してくるだろう。

 脱出した後のテールの町でどんな噂が広がったのか俺も気になっている。

 けど、知るのが怖くてなかなか勇気を持てない。


 俺とアリア姉が沈黙しているせいか、今日の食卓は静かだ。

 シャンテまで空気を感じ取って、大人しく食事に集中していた。いや、違う。フォークがソーセージにうまく刺さらなくて格闘しているだけだった。うん。かわいいな。あーんってしてあげたいけど、見守るのもまた愛情。頑張るんだ、シャンテ。その苦労が君を育てる糧になる。


 食器がぶつかる小さな音だけが響く食堂。

 俺が現実逃避している間、最初に動いたのはアリア姉だった。


「ねえ、カルロ。聞きたい事があるの」


 反らしていた目を向ければ、意を決しましたーと豊かな胸の前で両手を握り締めて、テーブルに身を乗り出したアリア姉の姿。

 とうとう来たんだ。

 わかった。俺も覚悟を決めて、現実と向き合おう。


「うん。なに?」


 普通を心がけて答えつつも、内心で決意を重ねて固めておく。


 さあ、来い。

 ご主人様プレイしている十歳児とか言われてもうまく切り返してみせるさ。

 いや、まったくビジョンはないけど。そこはフィーリングとその場の勢いで乗り切ろう。


 一度動き出したアリア姉は躊躇わずに聞いて来た。


「肉奴隷ってなあに?」

「「「ぶふぉっ!?」」」


 シャンテ以外の全員が噴き出した。

 ティレアさんとロミオ兄も大惨事だ。

 意味が分からなかったシャンテだけが不思議そうな顔をして俺たちを見ている。


「シャンテ! シャンテはそろそろ部屋に戻っとこうぜ!?」

「そうだね。そうしよう。それがいい。片づけは僕がやるから」

「えー? ソーセージ、まだー」

「はーい、あーんして! ほら、よく噛んで、飲み込んで、よーし、ごちそうさまでした!」


 まずは三人がかりでシャンテを逃がす。

 この後、どんな会話になるのか未知数すぎるけど、まず間違いなくシャンテに聞かせては教育上よろしくない話になる。


 最終的にティレアさんが背中を押してシャンテを食堂から出して、そのまま扉の前に腕組みして陣取った。

 果たして、それはシャンテが戻ってこないための処置なのか、この中の人間を外に出さないための処置なのか、判断に迷うな。


 三人ともまだ動揺している。

 三人が三人とも深呼吸を繰り返した。

 そんな中、アリア姉だけが自分の爆弾発言のやばさに気付いていない。


 最初に立ち直ったのは我らがティレアママだ。

 頭痛を堪えるようなポーズで、アリア姉に声をかけた。


「あー、アリア? わりい、今さ、なんて言った? ちょっとオレ聞き間違えちまったみてえなんだ」


 探り探り尋ねる。

 爆弾処理をする人間はこんな感じなのかもしれない。


「えっとね、肉どれ――」

「よし。十分だ。言わなくていい。よくわかった。とりあえず、考えさせてくれ」


 どうやら聞き間違いの線は薄そうだ。

 ティレアさんは絶望的な表情で天井を仰いでいる。

 しばらく復帰できそうにない。


 次に動いたのは長兄ロミオ兄。

 何度もずれていない眼鏡の位置を直して、なんだか顔にめり込みそうになっているのに気付いているのだろうか。

 俺たちの中で一番動揺が酷い。

 まあ、最愛の妹があんなワードを無邪気に口にしようものなら、壊れかけてしまうのも頷ける。


「アリア。今の、そう。今の言葉は、誰から聞いたんだい?」

「うん。今日ね、工場に来てた奥さんたちが話してたの。あたし、話はあんまり意味が分からなかったんだけどね、カルロの名前が出てたから気になって」


 おっと、ここで俺の名前が登場ですか。

 じろりと睨んでくるロミオ兄。

 言いたい事は『アリアを穢したのは貴様か?』だろうか。

 違うと言いたいけど、まったく無関係と断言できないのがつらい。


 順番ってわけじゃないけど、名前も出てきたし。今度は俺が本題について尋ねる番だろう。


「そそその、ど、どんな話だったの?」


 声が震えてしまった。

 だって、怖いって。

 正直、俺が覚悟していたレベルを一桁ぐらいぶっとんでそうだもん。


 アリア姉はあごに指を当て、思い出し思い出し語った。


「たしか……『カルロがシスターを肉奴隷にしている』だっけかな? シスターってカルロの肉奴隷なの?」


 …

 ……

 ………はっ!


 危ない。

 五秒ぐらい気を失っていた。

 見ればティレアさんもロミオ兄も絶句して硬直している。

 うん。それぐらいの破壊力がありました。今の爆弾発言。


 とんでもない誤解がアリア姉に起こってしまっている。


 きっと最初の噂は『シスター服の女性のご主人様がカルロ』ぐらいだったはずだ。

 そこからシスター=ティレアさん。

 ご主人様=女性を奴隷扱い。

 奴隷=肉奴隷。

 みたいな究極進化を果たして、例の『ティレアさんが俺の肉奴隷』という話に至ったのだろう。

 どんな事故だよ、これ。


 段々と正気に戻ってきた皆の視線が痛い。

 ここは最初にきっぱりと否定しておかないといけない場面だ。


「アリア姉、違うんだ。ティレアさんは俺たちの家族でしょ。その、んー、ニクドレイ? なわけないじゃん」


 なんだ、この言葉。

 口にするとダメージが増えるぞ?


「そうなの? 町の人がみんな言ってたから信じちゃった」

「うん。誤解誤解。ねえ、そうでしょ、ティレアさん?」

「ん? あ、ああ」


 ちょっと、そこはしっかり否定してくださいよ!

 あとティレアさん、腕組みの位置を上げて、体を守るみたいにしないでください。

 その『やっぱりエロ爺が……』って視線は儂が大ダメージを受けます。

 儂、かなりストイックに生きていたから効果は抜群なんです。


「まあ、そうだな。オレはカルロのママだ。そうだよね、カルロ?」

「……ソウデスネ、てぃれあまま」


 くそう。こんな時でもママと呼ばせたいのか、ティレアさん。

 でも、おかげでアリア姉も納得してくれたみたいだ。


「ごめんね、変なこと聞いちゃって。でも、結局『肉奴隷』ってなんのことなの?」

「それはロミオ兄が教えてくれるって!」

「そうだな。ちゃんと教えてやれ、ロミオ!」


 俺とティレアさんからの超高速パスをどてっぱらに喰らったロミオ兄がくらりと傾いた。

 しかし、卒倒する寸前で復帰して絶叫する。


「僕!? 僕がですか!? 僕がアリアに肉奴隷を説明するんですか!?」

「そうだ。長男なんだから、下の子の面倒を見てやれ」

「ごめん、ロミオ兄。俺って子供だからちゃんと説明できないよ」


 絶望しきって俯いたロミオ兄の袖をアリア姉が控えめに引っ張っている。

 一気にゾンビみたいな顔になったロミオ兄がのろのろと顔を上げると、無邪気で、それゆえに残酷な一言。


「ロミオ、優しく教えてね」

「ふっ……」


 ロミオ兄はクールに微笑んで、


「……ふぅ」


 そして、そのまま椅子ごと後ろにぶっ倒れてしまった。

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