21 地下室
21
ゆるやかなカーブの螺旋階段を下りていく。
段差は低く、足場も広いので階段を下りているというよりは、スロープを歩いている感覚に近い。
老体の時だと助かる構造だが、若い体になると逆に歩きづらいというのは贅沢な悩みかのう。
照明も天井の光る水晶があるから問題なかった。
処刑部屋から回廊に繋がる階段と比べて、いかにも重要人物が使うための階段になっておる。
段数が五十を超えた頃、階段の終わりが見えてきた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
この先が大聖堂の中で最も重要な施設だろう。
何があるかわからないので、慎重に奥を覗きこんだ。
その部屋はシンプルだった。
広めの応接室ぐらいの一室。
白い壁に、白い床、白い天井。
インテリアは執務机と本棚ぐらいか。
上の大聖堂と比べると質素を通り越して、殺風景なぐらいじゃ。
「最後の守護者が、っていうのもなしか」
これまで戦ってきた像のように、目に見える脅威はない。
思い切って踏み込んでみるが、拍子抜けするほど何もなかった。
「奥に行けるような扉もないし、これだけなのかな?」
隠された大聖堂の最奥にしてはどうなのだろう。
まあ、上は信者の信仰心を支えるために、人目で見てわかるような荘厳さが必要だろうけど、こちらはいわば裏方だ。
贅沢をする意味はないという事かのう。
ともあれ、これだけシンプルなら調査も簡単だ。
まずは執務机から調べてみようと近づいて、勘違いに気付いた。
これは机じゃなく、収納ケースか。
金属製の箱の上面がガラス張りになっておる。
中には例の真球と円環を象ったシンボルが並んでいるのう。
銀細工のチェーンが付いているところからすると、これはロザリオみたいなものかもしれんな。
本棚の方も調べてみるが、当然というか、そこに並んでいるのは見た事もない文字で書かれておって読めんかった。
リュックに入れてあった精霊語の辞書を引っ張り出したが、とっかかりも掴めん。
現代精霊語とは別物なのかのう? それとも神殿独自の言語という可能性もあるか?
読めないものは仕方ない。
とりあえず、ロザリオを調べよう。
ガラスの蓋は鍵も掛かっていなかったので、竜卵で叩き割らずに済んだ。
なんとなく、絵面的に宝石強盗みたいだったからありがたい。
「うん。特に、妙なところは、ない、かな……」
ロザリオをひとつずつ手に取って、上から、下から、横から眺めてみるが、どれもただの飾りにしか見えんな。
素材は銀人形や扉のそれと同じような銀色の金属。
特殊なギミックが隠されているようには見えないが、魔法の事を考えると何かしら仕込まれていそうだ。
試しに首から下げてみる。
反応は、なし。
「何か意味はあるはずなんだけど、問題はどうやったら使えるのかだなあ」
大聖堂の最奥なのだから、この部屋に意味はあるのだ。
特に広さ。
上のスペースを考えれば、白い壁の向こう側に何かを隠すだけの空きがある。
「竜卵で砕けるかな?」
砕けたら砕けたで天井が崩落するかもしれんかやらんがな。
どこかに隠し扉でもないかと壁に触ってみる。
すると、いきなり壁に文字が浮かび上がった。
『OSIMREP OREMUN SERT NOICAMRIFNOC』
『ORENAPMOC NOICAMRIFNOC』
『OHCERED ・・・・・・・・・ AICNARONGI』
『ETNEREG ・・・・・・・・・ AICNARONGI』
『ALGER RIUGES』
『DADIROTUA LEVIN EJRESNOC』
『Y ETNETSISA RAZNEMOC』
紫色の文字が次々と浮かんでは、上へと流れていく。
まるでパソコンのプログラム画面でも見ているようだ。
壊してしまったりしたのだろうかと怖くなってしまう。
研究のために色々と最新機器を目にしてきたが、どうにもこればかりは苦手でなあ。
興味本位で触ったパソコンの画面が、儂が触った途端にいきなりまっくらになってから怖くてのう。
結局、苦手意識は最後まで克服できなんだ。
そんな事を思い出している間にも文字は流れていき、ようやく止まったかと思うと、今度は儂の首に下げたままだったロザリオがうっすらと輝き始めた。
「うわっ」
同時、白い壁に新たな変化が。
文字が一斉に消えたかと思うと、音もなく壁の一部が開いた。
上から下へと壁が収納された後、そこには縦長の長方形の隙間が出来上がる。
境い目もなかったはずだが、これも魔法の一種なのだろうか?
考えながらも距離を取り、一向に起きないシャンテを後ろに寝かせて庇う。
竜卵を手に警戒するが、冷静に考えてまずい状況じゃ。
銀人形程度ならいいが、黄金像が出てきたらまずいぞ?
ただ倒すだけならなんとかなるとは思うが、シャンテを守りながらだと今の儂には厳しい。
とはいえ、離れてしまって再びシャンテが連れて行かれてしまうのはもっとまずい。
あらゆるパターンを想定して、短期決戦で終わらせるしかないか。
しかし、そんな警戒を嘲笑うように、儂の想像の埒外にいたそいつは奥から姿を現した。
「ORTSEAM ODIDEP」
聞き取れない言葉と共に一礼する――少女。
美しい娘だ。
異様に整った顔立ちとプロポーション。
まるで、精巧な人形に見える。
歩き方も、立ち姿も、一礼した仕草も洗練していて、完成されていた。
服装はシスター服に似ているが、ウィンプルもベールもなく、デザインはどこかドレスのようになっている。
薄紫の長い髪がさらりと揺れていた。
ある意味で、聖堂という場所にはふさわしい恰好じゃ。
完全に出鼻をくじかれた。
もしも、この少女に襲い掛かられたとしたら、あっさりと殺されているところじゃ。
遺跡から現れたのだ。
見た目通りのただの少女ではあるまい。
「………」
少女は儂に頭を下げたまま動かない。
どうやら害意はないらしい。
だが、それはそれで困るのう。
この状況、どうすればいい?
とりあえず、声を掛けてみるか?
「あー、その、君は?」
ようやく頭を上げてくれた。
といっても、十歳の儂より向こうの方が背が高いので、どちらにしろ見上げる姿勢になるのだが。
「……失礼を済ました。人族語に変換します。よいですか?」
「ん? うん」
答えながらも戸惑う。
今まで遺跡にあった文字は読めなかったのが、竜人語を話しだした事。
竜人語ではなく、人族語と言った事。
仕草に反して言葉づかいが変な事。
そんな儂に構わず、というか気づいた様子もなく、少女は続けた。
改めてとばかりに再び一例の姿勢に戻る。
「私は従者人形二ノ二型、三十三番と申すです」
ふむ。
なるほど。
これは儂の質問に答えてくれたのだな。
しかし、人形と言ったのう。
儂には人間にしか見えんのだが、確かに整いすぎた容姿などはそれらしいかもしれん。
そんなふうに納得していると、彼女は爆弾を投げ込んできた。
ここだけはやたらと流暢なのは偶然だろうか?
「それでは、ご主人様。なんなりとご命令を」
……儂、ご主人様?