22 少女人形
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ここまで侵入者扱いだったのが一転してご主人様とはこれいかに?
だまし討ちでもされるのではと警戒するが、少女人形――二ノ二型三十三番だったか? は頭を下げたまま動かん。
どうやら儂の命令を待っているらしい。
「主人っていうのは俺の事?」
「肯定を伝達します。ご主人様」
「じゃあ、三回まわってワンってやってみて」
……ん!?
人形とはいえ少女の形をした存在に何を言ったのか、儂は。
これは自覚以上に混乱しているぞ。
それだけご主人様という単語には破壊力があった。
青柳君でもあるまいし、動揺してどうする。
しかし、取り消す前に少女は顔を上げた。
「承知を済ませました」
答えるなり少女人形が走り出し、短い助走から伸身三回宙返りをやってのけて、危なげなく着地してみせる。
ふわりと広がったスカートをさりげなく整えてから、
「ゥゥワァオオオオオオオオオオオン」
表情を変えずに見事な遠吠えをしてみせた。
本物の犬か狼の遠吠えを録音再生したのかと思ったほどの完成度だ。
体操選手顔負けの宙返りにものまねまで曲芸がずいぶんと達者だのう。
うむ。
やらせておいてなんだが、言葉もないわい。
なんじゃ、こりゃ。
少女人形は何事もなく戻ってきて、最初の位置に立つと儂を見てくる。
無表情なのは変わらんが、どことなく誇らしげというか、仕事を完璧にやり遂げたみたいな達成感が漂っておる。
「あー、今のは?」
「ご命令の『三回まわってワン』の実現を済ませました」
「……すごかったね。その、色々と」
「お褒めを賜り、嬉しいを伝えます。ご主人様を愉悦させるためにと、創造主の指導が良好でした」
やはり無表情だが、本当に嬉しいのかもしれんな。
犬ならしっぽをわさわさ振っていそうな雰囲気だ。
しかし、創造主とやらは何を教えておるのか。明らかに努力の方向性を間違えておるぞ。というか、この世界にも『三回まわってワン』はあるのか。いや、ずいぶんと内容は違ったが。
あれこれ問い質したいところだが、わき道に逸れているので我慢じゃ。
「どうして俺が君の主人なんだ?」
「お答えを済まします。ご主人様は許可証と同行者を手中した上で、聖域に接触を完了しました。シェロカミン大聖堂規定により、人族協力者と認定が済みます。男性人族協力者には従者人形二ノ二型が付与になります」
長い長い長い。
微妙に言葉もおかしいから尚更わかりづらい。
これはあれか? 昔と今では言葉が微妙に違うせいで変に聞こえるのかもしれんな。
前世の日本も現代語と古典ではまったく言葉づかいが違ったしのう。
それにしても一気に情報が増えた。
少し整理、というか翻訳させてくれ。
シェロカミン大聖堂。
それがここの正式な名前なんだな。
許可証というのはロザリオかのう。
同行者はシャンテで間違いあるまい。
それでこの白い壁が聖域というわけか。
偶然だったが、人族協力者とやらなる条件を満たした、と。
人族協力者にはこの少女人形のような従者が与えられるらしい。
人族協力者というのは言葉の通りかな。当時の竜人族の中で、精霊族に協力する人間の事だろう。
竜人族も一枚岩ではないだろうから、彼らに与する者もおっただろう。
では、このシステムはそういう人間のための措置か。
シェロカミン大聖堂に来るたびに人形に襲われてはたまらんからのう。
「………」
少女人形は直立不動で儂を見つめてくる。
その姿は確かに従者だった。
なんでも命令できるというなら、このシェロカミン大聖堂について徹底的に解説してもらいたいところだが、優先順位を間違えるわけにはいかん。
「じゃあ、帰りたいんだけど、案内してくれるの?」
「承知を済ませました」
引き留める素振りもなく、スタスタと歩き出す少女人形。
信用していいのか迷っていると、階段の手前で足を止めて振り返ってくる。
儂が付いてこないのが不思議だとばかりに首を傾げる姿は、やはり普通の人間に見えんかった。
「こちらに依然としてご用事が存在しましたでしょうか?」
自分が疑われているとか考えていないのだろうなあ。
他に当てもない。
油断だけはせずについていってみよう。
「いま行くよ」
「私がお嬢様を運搬すると良好でしょうか?」
「いや、シャンテは俺が運ぶ」
「そうですか……」
仕事が減ったのが残念なのか、少女人形が肩を落とすが、これだけは譲れんな。
油断するとか以前の話じゃ。
孫をおんぶする権利は死守せねばいかん。
怪我をしているとか、疲れたとか、この温い宝物のためなら些細な事よ。
階段を上る途中で、わざと転んだふりをしてみせたが、少女人形が襲い掛かってくる事はなかった。
それどころか自分の案内が悪かったせいかと落ち込んでいる風さえあって、罪悪感を覚えてしまう。
なんともやりづらい。
「少々、こちらで待機を申請します」
そうして少女人形が案内したのは上の大聖堂。
祭壇のシンボルの下に来ると、胸の前で手を組んで祈るように目を閉じた。
こうしてみると敬虔なシスターそのものだ。
「ご主人様の入場地点を調査、済ませました。帰還地点の調査、済ませました。術式規模、二名。術式展開、済ませました。安全確認、済ませました」
淡々と読み上げるにつれて、シンボルから紫の粒子が降り始めた。
ただ降っているわけではないようで、絨毯に留まる粒子たちは魔法陣を描き出す。これが帰還用の魔法陣なのだろう。
道理で探しても見つからんわけだ。
魔法陣が完成すると、少女人形は恭しく一礼してくる。
「ご命令、済ませました」
「ああ。ありがとう。ここに入れば戻れるんだね?」
「肯定を伝達します」
ここまできて疑っても仕方ない。
また処刑部屋に送られでもしたら死力を尽くして打ち破ろう。
覚悟を決めて踏み込もうとして、不意に腕を引かれた。
「ん?」
振り返れば少女人形が所在無げに立ち尽くしていて、その手が控えめに儂の上着の袖を引いていた。
彼女自身、自分の行動が予想外だったのか、儂の顔と自分の手を何度も視線を往復させて、不思議そうな雰囲気だ。
「あー、何かあった?」
「失礼を済ませました。次回、こちらにお立ち寄りの機会は、入場地点で許可証からご命令をお届けください。いつでもお待ちを済ませております」
そうか。
このロザリオがあれば儂一人で、いつでもここに来れるのか。
朗報だ。
「わかった。そうさせてもらう」
「………」
しかし、少女人形は手を放さない。
儂の顔をじっと見つめてくる。
「……他にも?」
「許可証が不明ですと、人族協力者様でも襲撃がやってきます。ご注意を依頼します」
「うん」
再び沈黙。
手を放す気配がまるでない。
これは引き留められているのだろうか?
「何かあるなら言ってくれ」
「……では、二つ申請を済ませます」
放したら儂がいなくなるとでも思っているのか、そのまま続けてくる。
「ご主人様のお名前を頂戴できると良好です」
確かに名乗っていなかった。
相手が人形だったとしても、しっかりと知性のある存在なのだ。こちらから何者かと尋ねておいて、名乗らないのは不誠実だろう。
「俺はカルロ・メリヤ。よろしく」
「カルロ・メリヤ様。お名前を承知しました。よろしくお願いします」
無表情なのに嬉しそうだとわかるのはどうしてだろうなあ。
彼女に感情があるのかどうかもわからんが、悪い気はせん。
「それで、もうひとつは?」
「ご命令を頂戴できると良好です」
命令か。
確かに彼女は最初からずっと命令を求めていた。
従者として生まれながらに与えられた性質なのかもしれない。
「命令って言ってもなあ」
そもそも前世も現世も一般人なのだ。
人に命令をするというのに慣れていない。
「ないとダメなの?」
「……ダメは否定を伝達します。ですが、何もないは……難しい、です」
難しい、か。
ずいぶんと時間をかけて言葉を選んでいたようだが、どうも自分の感覚をうまく伝えられないのだろう。
それは寂しいとか、辛いとか、悲しいとか、そういう事かのう。
長年、歴史の影に埋もれていたシェロカミン大聖堂で、他者に使える事を役割としていた彼女にとって無為な時間は苦痛なのかもしれん。
いや、それだけではないか。
儂の袖を握る、弱々しくも、必死な指を見て気づく。
彼女は恐れているのだ。
主人たる儂が二度とここを訪れないのでは、と。
何もできないまま、役目を果たせないまま、朽ちていくのでは、と。
だから、命令という約束を欲している。
それならばいつか儂が命令の成果を受け取りに来てくれるはずだと信じて。
「そうだな。じゃあ、人語、というか今は竜人語っていうんだけど、それをしっかり覚えてほしい。かなり聞き取りづらいから」
「はい。承知を済ませました」
「それと大聖堂の壊れた部分を修理できる?」
「施設の修繕を聖域が完了させます」
「じゃあ、君は掃除をしておいてくれ」
「はい。承知を済ませました」
「そんなところかな。すぐじゃないと思うけど、また来るから」
「はい。承知を済ませました」
ようやく手を放してくれた。
まったく、嬉しそうな雰囲気になりよって。
なんというか、姿こそ立派なシスターだが、雰囲気が動物っぽいのう。子犬とかに似ておる。
ダメだな。
この短い時間でそれなりに情が移ってしまったわい。
もう少女人形とは呼べんよ。
「最後に、これから君をヴィオラと呼ぶから」
「命名……ヴィオラ」
薄い紫の髪がスミレの花を連想したんでな。
花の名前なら女子には似合うだろう。
ヴィオラはスカートを持ち上げて、深く一礼してくる。
「感激を伝達済ませました。次回のお立ち寄りをお待ち済ませております」
「うん。またね」
儂はシャンテを連れて、帰還の魔法陣に踏み込んだ。




