19 救出
19
シャンテの口から『殺す』なんという物騒な単語が出てくるとは、目眩がしそうじゃ。
というか、嫌いと言われるだけでもう心がへし折れそうなのだが。
泣き言は飲み込んでこう。
「シャンテ。簡単に殺すなんて言っちゃいけない」
まっすぐに目を見据えて告げる。
シャンテの瞳は揺るがない。
笑ったり、怒ったり、泣いたり、コロコロと表情を変えるシャンテとは思えなかった。
笑顔を浮かべているが、心が伴っていないなら無表情と変わらん。
儂が一歩前に踏み出すと、形だけの笑顔さえも消える。
その表情を見て、儂は決意を新たにした。
「……お兄ちゃん?」
「うん。なんだい?」
構わずに進む。
「来ないで」
「ダメ」
「じゃあ、もういらない」
儂の返事も早ければ、シャンテの結論も早かった。
シャンテが儂に手のひらを向ける。
脳裏に黄金人形軍のひしゃげた姿が浮かび、それでも視線を逸らさない。
「バイバイ」
小さな手が閉じられる。
まるで羽虫でも握り潰すような、気楽で、残酷な仕草。
キイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!
遺跡群特効が機能する音が響いた。
かなり大きいな。
それだけシャンテの力が強いという事か。
何もしなければどうなっていた事やら。想像もしたくないのう。
儂は掲げた竜卵を握り直し、そんな分析をする。
竜卵は他種族の能力を打ち破る。
今までのシャンテの力を見るに、超能力でいうところのサイコキネシスの類なのはわかっておった。
だとすれば、力場を儂に直接ぶつけねばならん。
不可視だとしても、その瞬間なら対処できる。
腕だけ、足だけ、首だけと狙われれば無理だったが、まだ細かい制御はできておらんかったから助かったわい。
「へえ」
シャンテは自分の力を防がれて、意外そうに目を開いておるが、まだまだ余裕だのう。
実際、余裕なのだろう。
なにせ、この程度なら今のシャンテには問題にならないのだから。
「じゃあ、こっちにするね」
温度のない声で呟き、そっと腕を開いた。
それだけで周囲から色々と持ち上がっていく。
無数の武器だ。
黄金像が使っていた剣が、槍が、矢が、盾が、杖が空から糸に引かれでもしたように浮かんでいく。
その切っ先は次々と儂に向けられた。
数は……二十二本もあるのか。
見事に包囲されておって、逃げ場はない。
そうだよなあ。
直接は力が通らないのなら、他の物を操って、間接的にぶつければいいだけだ。
「お兄ちゃん、死んじゃうよ?」
「死ぬのは嫌だな」
「だから、来ないで」
「ダメ」
小首を傾げるシャンテ。
儂は正直に答えながら、それでも足は止めずに進み続ける。
不愉快そうに眉を歪めるシャンテ。
「もういい。バイバイ」
「『もう』は二回目だよ」
自分で自分の体を抱きしめる仕草。
連動して一斉に飛来してくる武器の群れ。
「ぐっ――あ、づ、うううううっ!!」
竜卵で対処できるはずもない。
最初にふたつを弾いたが、それも偶然に近かった。
為す術もなく、斬られ、打たれ、叩き伏せられる。
武器の檻に磔にされて、立つこともままならん。
全身が熱い。
痛みが疼く。
意識が遠い。
だが、生きていた。
あれだけの武器が放たれながら、儂の命を奪う軌道はひとつとしてなかったのだ。
まるで、寸前で思いとどまったように致命傷を避けていった。
儂は何もしておらん。
何かをしただろうシャンテは、不思議そうに自分の手を見つめている。
これで確定だのう。
「どうして?」
「……どこのどいつか知らんが」
深呼吸。
痛みを飲み込むのに、一度。
感情を抑えるのに、一度。
体に活を入れるために、一度。
どうしても堪えきれない激情は、一言に込めた。
「シャンテを泣かせた報い、受けてもらうぞ」
シャンテは泣いていた。
ずっとだ。
表情や台詞とは別に、儂を殺すと宣言した時から、ポロポロと涙を零しておる。
なんてことはない。
儂を救ったのはシャンテ自身だ。
あの『来ないで』という声が、『殺したくなんかない』に聞こえて仕方なかった。
「なあ、シャンテ」
ままならない己と必死に戦っているのだな。
怖いだろうに、辛いだろうに、負けないと踏ん張っておるのだな。
儂のために。
儂を傷つけんために。
強い子だ。
そして、優しい子だ。
儂はシャンテを誇りに思うよ。
「こういう時はな、こう言えばいいんだよ」
それと比べて、儂はろくでもない。
好奇心でシャンテを巻き込んだ。
守るべきシャンテを見失った。
黄金人形軍にも負けて、シャンテに助けられてしまった。
本当にろくでもない。
シャンテからも頼りないと思われているだろう。
それでもシャンテの涙を止めるぐらいさせてほしいのだ。
「『お兄ちゃん、助けて』ってね」
そうしたら、儂は世界を敵に回してでもシャンテを助けるから。
シャンテはショールのように羽織っている薄絹を掴んでいる。
指が真っ白になる程、強い力が込められていた。
戦っている。
自分を操る何かに負けないように。
そのまま何度も口を開いては、閉じてを繰り返して、長い沈黙の後、シャンテの声が儂を呼んだ。
「……お兄、ちゃん」
「うん」
ほんの一瞬。
笑顔でも、無表情でもない、作り物じゃない、本当のシャンテが見えた。
「助けて」
「任せろ」
キイィイィイィイィイィイィイィイィイィイィイイイイイイイイイイイインッ!!!
遺跡群特効。
儂を這わせておる武器どもを竜卵で薙ぎ払う。
まとめて十本。
力任せに砕いた。
無理に動いたせいで傷口から血が噴き出すが、気にも留まらん。
ただシャンテだけを見据えて、起き上がると同時に走り出す。
「来ないで!」
背後から破壊を免れた武器が襲い掛かってくる。
聞こえてきた風切り音を頼りに前へと飛び込めば、間髪おかずに背中を掠めて抜けていった。
目の端でそれを把握する。
飛んできた数は――九本か。
一回転してから疾走を再開するのと、九本の武器が軌道修正して戻ってくるのは同時だった。
今度は逃げ場のないように縦横三列の軌道で、真正面から高速で飛来してくる。
左右の六本は無視。
元から逃げ場を塞ぐための配置。横に逃げなければ当たらない。
問題は中央の三本。
頭と胴体と足が狙われている。
ひとつでもくらえば死ぬ。即死でなくても足が止まり、狙い撃ちにされてしまう。
跳ぶ。
走る勢いも利用して、全力で跳ねる。
前に向かって?
違う。
儂だけではこの障害は越えられん。
どうしても高さが足りん。
途中で撃墜される。
だから、跳ぶのは前ではなく、上にだ。
背後から儂の背を狙って飛んできた、十本目の武器を足場にするために。
残っていた武器は十本なのに、九本しかなかったのだ。
儂の不意を打つためなのは読めていた。
おあつらえ向きに槍だった。
その柄を踏みつけ、即座に跳躍。
次の狙いは頭を狙って飛んでいた盾。
空中の階段を駆け上がるイメージで足を掛け、全力で跳びあがる。
空中に浮いたシャンテに向かって。
慌てて高度を上げようとしたようだが遅い。
必殺を期した十本目を逆に利用された驚きが判断を鈍らせた。
「ちぃっと乱暴だが、許せよ」
シャンテの足元まで垂れていた薄絹を掴み取る。
こうもあからさまに怪しいアイテム、見逃すかよ
そのままならシャンテを巻き込んで落下しそうなところだが、ほんの少し高度を落としただけで、まるで薄絹そのものが浮いているように滞空した。
「やめ――!」
「やめん」
薄絹に竜卵を叩きつけた。
キイッィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
最大級の発動音。
薄絹が音と共に裂けていく。
裂け目からほつれて、ほどけて、ほころびて、遂には滅びる。
最後には繊維が指の隙間で消えていった。
ガクンと体が沈んだ。
見ればシャンテが意識を失ったのか、ぐったりとしている。
そこから降下が、落下に転じるのは早かった。
儂は竜卵も放り捨てて、シャンテの体を掻き抱く。
足から着地したいところだが、態勢も悪ければ、時間も体力もないとなれば望めるべくもなく、背中から床に激突する羽目になった。
「ぐふっ!?」
絨毯、柔らかくて助かったわい。
いや、気休めにしかならんが。
背中、というか、全身が痛いのう。
ともあれ、
「シャンテ、お帰り」
儂の腕の中で眠るシャンテの頭を撫でるのだった。




