17 目覚め
17
何がきっかけになったのか。
いつから目を覚ましていたのか。
シャンテは中空で立ち上がり、儂を見て、続けて辺りを見回していく。
薄絹を羽衣のように羽織った姿は実に危うい。
いかん。
ただでさえ目を覚ましたら見知らぬ場所で、何故か宙に浮いているという状況なのだ。
どんな理屈で空を浮いているのかわからんままだが、パニックになって落ちてしまったら危ない。
だというのに、儂は満足に口を開く事もできん。
それどころか、黄金人形軍に殺されるの待つだけ。
無慈悲な雑踏が近づいてくる。
ほんの儂から数歩の位置。
最前線は槍を持った貴族像が十体。
ご丁寧な事に、穂先には例の薄紫のコロナを纏っておる。
これも、いかん。
シャンテに儂が殺されるところなんて見せられるものか。
死ぬ覚悟はできているなんぞ、悟ったつもりだったのだ。
足掻け。
シャンテが見ているのだ。
無様は見せられんぞ。
生きねば。
生き延びねばならん。
鋼鉄の意志で体を起こす。
足が動いてくれない。
だから、柱にもたれかかったまま竜卵を持ち上げた。
「お兄ちゃん」
今度は先程よりしっかりとした声。
いや、違うな。
しっかりしとるんじゃない。
声色が硬くなっておるんだ。
そう。感情が爆発する寸前のように。
「お兄ちゃん、いじめるなぁ!」
シャンテが叫んだ。
儂のために怒ってくれるとは優しい子じゃ。
だが、黄金人形軍の注意を集めてはいかん。
奴らの目が一斉に、空に浮かぶシャンテを捉える。
違うだろう。
貴様らの相手は儂だ。
余所見なんぞするでない。
立ち上がる。
実際は踏み出そうとして、足が進まずに前のめりに倒れただけ。
それでも構わずに貴族像に竜卵を投げつけた。
狙いも定められんかったが、幸運な事に竜卵は貴族像のシンボルを打ち砕いてくれた。
「儂が相手じゃ!」
急に声が出た。
少しだけ体の調子が戻っている。
だとしたところで、手元から竜卵は離れてしまった今、即座に迎撃態勢を整えた黄金人形軍に対抗はできんだろうが、最後まで諦めてやるものかよ。
足も動くようになっていた。
立ち上がれる。
なら、前へ進め。
槍衾が迫ってくる。
穂先が肩と脇腹を抉った。
隙間をいくつもの矢が放たれている。
左の二の腕に刺さった。
転がるように前線を抜けたところで多くの黄金像が待ち構えている。
抜け道はどこにも見つけられなかった。
乞食像たちが一斉に襲い掛かってくる。
逃げ場はなく、手足を掴まれ、床に引き倒された。
頭上に影が差す。
そこには輝く剣を掲げた騎士像。
まるで断頭台に繋がれた気分だ。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! やだ! いじめないで!」
シャンテの叫びが聞こえてくる。
心配させて悪いのう。
大丈夫だ。
なんとかするから。
何かないのか。
見つけ出せ。
竜卵は、遠い。
小細工はない。
ああ。
傷が疼いて、考えを邪魔する。
「――ダメって言ってるの、わかんないの?」
思考が止まりかけた。
今の声はなんだ?
一転して冷え冷えとした声。
叫んだわけでもないのに、不思議と大聖堂に響き渡った。
儂も黄金人形軍も動けない。
理屈ではなく、本能が逆らうなと警鐘を鳴らしている。
「シャン、テ?」
黄金像が邪魔で姿が見えない。
いや、声自体は間違いなくシャンテなのだが、まるで雰囲気が違う。
本当に今のはシャンテの言葉だったのか?
「わかんないなら、いらない」
冷淡な台詞。
それにふさわしい冷酷な声音。
幼いままの口調がアンバランスで、更に恐怖を引き立てる。
そんな声が天上から届いた瞬間、目の前の騎士像が|捻じれた(,,,,)。
まるで雑巾みたいに。
巨人に頭と足を掴まれて、逆方向に捻られればこうなるのだろうか。
有り得ない音を上げながら、力任せに回されていく。
黄金の守りも無意味。
硬い金属が柔らかな飴細工のようだった。
飴ならば形を変えるだけだが、騎士像は違う。
足首がねじ切れ、膝がねじ切れ、腰がねじ切れ、胴体が腕ごとねじ切れ、ついには首がねじ切られた。
捻じれながらうごめく姿はどこかヘビ花火に似ている。
そうして下からどんどん失われていき、最後にシンボルも捻じ曲げられて原形を失い、完全に活動停止した。
「どっか行って」
次は乞食像。
十体がまとめて宙に浮かび上がると、周囲の柱に向かって撃ち出された。
交通事故の正面衝突と変わらない。
解放されて床に倒れた姿は潰れた銃弾みたいな有様だ。
そこからは声もなかった。
大聖堂に破壊の音だけが響く。
貴族像と騎士像がまとめて小さくなった。
全方位から握り潰されたのだ。
深海に投げ出された空のペットボトルでもこうなならないだろう。
狩人像と商人像が折れた。
最初は胴体。次は首と足。続けて関節という関節が逆方向に曲げられ、すぐに耐えきれなくなって砕けていく。
遂には全身が拳大に分解されてしまった。
王侯像と王妃像はバラバラになった。
紙を千切る感覚なのだろう。
体の端から少しずつ、少しずつ、しかし、僅かもペースを落とす事もなく、念入りに破壊されていく。
地獄絵図というよりはビルの解体現場に通じる光景だった。
黄金像たちは抵抗らしい抵抗もなく、あるいはできずに、原形を失っていく。
残っていた黄金人形軍、三十八体全てが活動停止するまで、一分も掛からなかった。
「シャンテ……」
見通しの良くなった視界。
大聖堂の祭壇。
その台座の上に座ったシャンテは笑っていた。
投げだした足を揺らして、首をかしげながら。
無邪気に。
唇を歪ませて。
破壊を愉しんでいる。
「お兄ちゃんはわかるよね?」
「……何がだい?」
尋ね返しながら立ち上がり、転がっていた竜卵を拾う。
最早、敵はいない。
だが、気を抜くつもりにはなれん。
何故か?
「シャンテの嫌なことするモノなんて、いらないって」
シャンテの額からは小さな角が飛び出しているからだ。
まったく、反抗期にはちと早いのじゃないかのう?
ラスボスは孫。
目覚めたのは能力か、それとお無邪気なSっ気か。




