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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第一章 シェロカミン大聖堂
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18/179

16 黄金人形軍

 16


 結果から言えば、上階の回廊でもシャンテを見つけられなかった。


 螺旋階段の先にあったのは大聖堂の前室だと思われるホール。

 四季の花を表現している絨毯。

 礼拝堂以上の技量で物語を描いた壁画。

 水晶のシャンデリアと、その合間を漂うオーロラ。

 四面に彫刻を施した大柱。

 そして、左右と正面には黄金の大扉。

 見える全てに装飾が施され、まさに大聖堂の顔とも呼べる風格を備えていた。


 そんな荘厳な雰囲気をまるっと無視して、右側の扉へ侵入したわけだが、見つかるのは高貴な人間を持て成すための飾りや、儂には読めない大量の本や、見た事もない魔法陣ばかり。

 シャンテを見つけられないまま回廊を一周して左の扉から戻る破目になってしもうた。


「おのれ、どうなっておる」


 執務室らしき場所に隠し扉を見つけて、苦労してギミックを解き明かしたというのに、ふたを開けてみればただの宝物庫。

 そんなものに用はないのじゃ。

 無駄に時間を使わせおってからに。


 だが、これで残された場所は大聖堂のみよ。

 さらわれたシャンテがどうしてそのような場所に連れ去られたのかはわからん。

 わからんが、そんなものは助け出した後で調べればよい。


「では、いくぞ――うおっ!?」


 正面の扉を蹴り開けようとして、弾き返された。

 まるで分厚いコンクリートの壁でも蹴ったような感触じゃ。

 考えてみれば、大聖堂に繋がる黄金の大扉。


「ただの扉のはずがないか」


 なら、打ち砕こう。

 ポシェットから竜卵を取り出し、勢いをつけて殴りつければ、扉に大穴ができあがった。


 中に踏み込む。

 やはり、大聖堂。

 あの時と見る角度は違えど、同じ光景があった。

 こんな状況でなければ心ゆくまで眺め、謂れを調べたいが、今は捨て置かねばならん。


 いや、待て。

 違った。

 一ヶ所だけ。

 祭壇の上空。

 立体映像。

 その直下。


「シャンテ!」


 いた。

 シャンテがおった。

 横顔とはいえ見間違えるものか。

 薄絹のような幕に包まれて眠っておる。

 支えもなしに中空で静止している理屈はわからんが、そこにいるなら助け出せる。


 だが、儂の声にピクリとも反応しない。

 眠っておるのだよな?

 恐れをなんとか抑え込んでじっと観察すれば、わずかにその胸が上下しているのが見えた。


 生きておる。

 よかった。

 本当によかった。

 まだ、取り戻せるのだ。


「だというのに……」


 最優先だったシャンテの生存確認を終えて、儂は立ち塞がる連中に目を向けた。


 柱で区切られた大聖堂。

 横に五、縦に十の内、真ん中の大通路を除いた四十の区画。

 そこには黄金の人物像が並んでいた。

『並んでいる』ではなく『並んでいた』だ。


 黄金像たちが持つ真球と円環のシンボルが薄紫の光を放つと動き出し、次々と台座から飛び降り始めたのだ。

 王冠をかぶった王侯。

 艶やかな笑みを浮かべる王妃。

 豪奢な衣装の貴族。

 全身甲冑の騎士。

 弓矢を携えた狩人。

 金貨袋と秤を持った商人。

 みすぼらしい乞食。

 頭に角を持った男と女。


 彼らは台座に飾られていた武器を手にすると、儂をじろりと睨みつけてくる。

 意志持たぬ人形といえど、いや、だからこそ、背筋に冷たいものが走った。


 この人形――黄金人形軍とでも呼ぶか――は、まずいぞ。


 単純に金色という時点で巨兵人形と同レベルの強度を持っているだろう。

 それがこれだけの数になると戦いようがない。

 真の意味で質と量を揃えてきよった。

 こやつらが大聖堂の最終防衛機構なのだろう。


 勝機があるとすれば各個撃破のみ。

 三層に達した竜卵の遺跡群特効なら金色が相手でも攻撃は徹るはず。

 まずは大扉まで下がろうと一歩足を引く。


 瞬間、先頭にいた騎士像が二体同時に飛び出した。


 速い。

 走力も。

 挙動も。

 判断も。

 巨兵人形どころか銀人形よりも遥かに。


 警戒しておきながらも、儂は心のどこかで今までの人形を基準にしてしまっていたのだろう。

 虚を突かれたせいで出だしが遅れた。

 ほとんど倒れ込むようにして横に逃れるだけで精一杯。


 素早く起き上がるものの、その時には既に大扉へと回り込んだ五体の商人像が見える。

 扉の前に立ち塞がり、向こうから攻める様子のないところからすると、守りの専門なのだろうか。


「まだだ!」


 横から飛び出してきた乞食像。

 速いが、騎士像ほどではない。

 躱しながら頭に竜卵を打ち付ける。


 キイィィィィィィィィンッ!


 よし。

 砕けた。

 勢いのまま数歩だけ進んだ乞食像が倒れた。

 やはり、儂の竜卵ならこやつらにも有効だ。

 なら、打つ手は……。


「ぬ!?」


 倒したはずの乞食像がムクリと立ちおった。

 頭を失ったまま再び手を伸ばしてくる。

 しかも、新たに三体の乞食像まで加えて。


 ギリギリで回避しながら、僅かな隙を狙って反撃する。

 乞食像は手足がなくなっても、動ける限り追ってきて切りがない。

 動けなくしても次が補充されてしまう。


 そうだ。

 赤い宝石。

 あれのようなコアを砕かねばダメなのだな。

 しかし、こやつらのどこを探しても見つからない。

 内側にあるのか?

 いや、それなら他の人形どももそうしていたはず。

 外部に露出する必要があるのだろう。


 となれば、怪しいのは真球と円環のシンボルだ。

 奴らは例外なくそれを体のどこかに身につけている。


 必死に回避しているように装いつつ、狙いを絞り、チャンスを待つ。

 最初の頭を失った乞食像。

 掴みかかってくる腕を叩き、生まれた隙間を徹してシンボルを打ち据える。


「どうだ?」


 シンボルが砕け散ると、不死身のように見えた乞食像は力なく倒れて起き上がらない。

 やはり、あれが奴らのコアだ。

 あと、三十九体もいるが、戦いようがあるなら……。


 風を切る音。

 同時、手に衝撃が走る。


「ぬあっ!?」


 三体の狩人像が放った矢が飛来した。

 二体が退路を塞ぎ、残りの一体が胸の中央を狙うという徹底ぶり。

 当たらなかったのは運が良かっただけだ。

 たまたま掲げた竜卵に当たったおかげで命拾いしたが、次はないだろう。


 冷たい汗が噴き出る。

 まずい。

 騎士像が距離を詰めてきたか。

 しかも、八体に増えておる。


 いや、落ち着け。

 観察しろ。

 考え続けろ。

 止まるな。

 動き続けるのだ。


 騎士像の囲み。

 その一角でも崩せれば後続に届く。

 飛び道具を持つ狩人像さえ倒せば、天秤の傾きを戻せる。

 少なくとも今よりはましだ。


 乞食像を回避。

 そのまま走り出す。

 正面の騎士像へ。

 脳裏に成功のイメージを浮かべる。

 剣を竜卵で砕き、左手のシンボルを打ち据える流れ。


「――っ!」


 突然、騎士像の剣が輝き出した。

 薄紫の輝きが黄金の剣を包んでいる。

 まるで太陽のコロナのように。


 言い知れぬ怖気に足が止まりかける。

 だが、ここで止まれば嬲り殺しにされるだけよ。


「うぉぉおおおおっ!」


 横薙ぎの一撃が来た。

 思い浮かべていた流れを捨てて、全力の一撃で迎え撃つ。


 竜卵と紫炎の剣が激突し、勝敗は一瞬で決した。


 気が付けば儂の体が宙に浮いていた。

 勝負にもならん。

 儂の体ごと薙ぎ払われたのだ。

 大型のダンプにはねられでもすれば、こんな感覚なのかもしれない。

 引き延ばされた瞬間の中、回り、流れ、去っていく景色。


「があっ!」


 そのまま柱に激突した。

 背中を強打してまともに息ができない。

 右手の感覚もあいまいで、竜卵を握り続けているのが不思議なぐらいだ。


 意識が朦朧とする。

 打ち負けた瞬間だ。

 まるで魂を直接殴られたような衝撃。

 体の痛みより、そのせいで立ち上がる事ができない。

 そんな死に体の儂を相手にも、黄金人形軍は油断なく、布陣を保ったままゆっくりと距離を詰めてくる。


 いかんな。

 一対一に持ち込めなかった段階で勝機はなかったか。

 ここまで綱渡りのような戦いを走り抜けてこれたが、最後の最後で死神に足を掴まれたらしい。


 口惜しい。

 折角、生まれ変わり、不可思議な世界を冒険できたというのに。

 まさか、二日目でこの有様とは。

 まあ、身から出た錆よ。

 自らの不始末は自らが取らねばな。


 だが、シャンテだけは助けなくては。


 最後の力を振り絞って竜卵を投げよう。

 あの薄絹がなくなればシャンテの拘束は解ける。

 黄金人形軍から逃れられる可能性はほぼゼロだろうが、何もしないよりはいい。


 大丈夫だ。

 殺されずに、こんな場所に囚われていたのだ。

 シャンテが害される事はない、と信じる。


 動かない体を強引に立たせようと、歯を食いしばった。

 震えるばかりだが、ちょっとずつなら動いてくれる。


 すまんのう。

 シャンテ、ふがいないお兄ちゃんでごめんな。

 それでも機会だけは作ってやるからのう。


「……おにい、ちゃん?」


 愛しい声が聞こえた。

 唯一、満足に動く目を祭壇へと向ければ、目を覚ましたシャンテが儂を見つめていた。

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