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戦う考古学者と卵の世界  作者: いくさや
第四章 オド・ネメニファーラ大空洞
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104 休憩中

 104


 双角の犀との相性はすこぶる良かった。

 下に行くにつれて擬似精霊との遭遇率も、増援の数も増える一方だけど、まるで苦戦する事がない。


「ダズ、エマ、そっちは?」

「問題なし」「あと五分はいけますよ」

「アレン、三分後にエマと交代」

「了解だ」「五分って言ったのにー」


 通路の前後から襲ってくる擬似精霊は前衛班がふたつに分かれて対処。

 回り込んだ俺が攻勢に出た。

 両手のロープを操って群がる擬似精霊を薙ぎ払えば、防御力の薄い擬似精霊は簡単に消滅していく。

 その間に視線を巡らせると赤い魚が空から下りてくるのが見えた。


「バウ、増援の魚が四。バウから見て三時の方向!」

「確認しました」


 報告を受け取ったバウは立て続けに矢を放っていく。

 まるで狙いをつけているとは思えない連射だけど、ひとつも外れる事無く魚たちを撃ち落としてみせた。


「全員、一気に倒します!」


 擬似精霊の増援が途切れたタイミングを見逃さず、バウが一斉攻撃を命じる。

 前衛組が積極的に攻め始めると残った擬似精霊を倒しきるまで三分と掛からない。

 百近い擬似精霊の群れだというのに、戦闘時間は十分程だった。


「増援が来る前に移動しましょう」


 それでも油断する人間はいない。

 討ち漏らしがいないか素早く確認し、通路の先へと向かっていく。


 自然と隊列ができていた。

 先頭をセルズとアレン、ビータ。

 真ん中に俺とバウ。

 後ろをカッティ、ダズ、エマ。


「順調ですね」


 隣を歩くバウが辺りを警戒しながら呟いた。


 さっきの小休憩の時の話だと、そろそろ中層も終わる頃だとか。

 双角の犀と合流して一晩が過ぎ、時刻は二日目の昼近く。

 順調な進行速度だった。


 グニラエフ立石群の時のように不眠不休で進むつもりだったけど、彼らがいるおかげで食事や睡眠にも余裕が持てている。

 体力的にも、精神的にも負担は半分以下だろう。


「カルロ君のおかげだよ。いつもよりずっと早く来れたね」


 後ろを歩いていたエマが肩を叩いてくる。

 ティレアさんと同じぐらいの歳のはずだけど、童顔のせいか、雰囲気のせいか、学生みたいな感じがする人だ。

 双角の犀のメンバーの中でよく話しかけてくる。


「エマ。隊列を乱すな」

「大丈夫。この辺りは擬似精霊の巡廻範囲じゃないでしょ?」

「静かにしろ」


 後ろの三人が小声でやり取りしている。

 そんな中でも三人とも視線は辺りを巡らせているのだから、本当にこの大空洞の探索に慣れているのだなと感じられた。

 バウも苦笑するぐらいで止めはしない。


「予定通りこの先の採掘場で昼休憩にしましょう」




 そして、擬似精霊の襲撃を受ける事もなく、俺たちは目的の採掘場に到着した。

 採掘場に十体ほどの擬似精霊がいたけど、気づかれる前に接近して全滅させた。

 これなら増援の心配もないだろう。


「今のはここに定期的に補充されるタイプの擬似精霊です。一度倒すと三時間は安全地帯になるんですよ」


 だからこそ、双角の犀はここを採掘のメインに使っているそうだ。

 既に下層も寸前というだけあって、手に入る魔晶石の質はかなり上等なのだとか。

 広めの庭ほどもある採掘場をよく観察してみると、大きく削り取られた壁面には、人力で穴を掘った痕跡がある。


「あ、新しい魔晶石だ」


 エマがそちらに向かっていくと、リュックからノミみたいな道具を取り出して、壁を砕き始めた。

 覗きこんでみると奇麗な魔晶石の水晶だ。

 辺りに漂うマナが壁面に付着していき、水晶のように結晶化するんだっけ。

 道中でもたまに見かけていたけど、そのどれより純度が高そうだった。


「道具を置いたままにしていないんですか?」

「精霊族の物じゃないと擬似精霊の攻撃対象だからねー。ほい、取れたよ」


 置いて帰ったら壊されてしまう、と。

 毎回、採掘道具を持ち込まないといけないのか。


「では、まずは食事にしましょう。その間に午後の予定を話し合います」

「アレンとビータは前の警戒だ。おれは後ろを見る」

「わかった」「うっす」


 セルズが来た道の方に戻り、二人が進行方向の警戒をしてくれる。

 カッティーとエマは昼食の支度を始めていて、その二人をダズが守るスタイル。

 俺とバウはそれぞれを巡廻。


 とはいえ、食事も手の込んだ物は作れない。

 沸かしたお湯でお茶を淹れて、保存食を分配するだけだからすぐに用意も終わる。


「カルロ君、私たちから頂こう」

「はい」


 バウから誘われて素直に従う。

 食事係の三人と混ざると、隣に座ったエマがコップを渡してくれた。


「熱いから気を付けてね」

「ありがとうございます」

「ふーふーしてあげよっか?」


 どうもお姉さんぶりたいのか、世話を焼きたがるな。

 あるいは年下の子供にしか興味がない人かもしれないと疑うのは失礼か。


「謹んで辞退します」

「あれ? 照れちゃった? お姉さん、意識しちゃってる?」


 髪の毛を掻き上げる仕草をしてみせるエマ。

 残念ながら色気が足りない。

 俺の中の最優秀お姉ちゃんポジションにいるアリア姉と比べると、一歩どころか三歩は足りないな。

 どっちかというとシャンテの相手を……いや、ないな。シャンテは何とも比較する事さえ許されない至高の存在だ。


「そうですね。頑張ってください」

「……なんで優しい顔で応援するのかな?」

「エマ。黙って食べろ」

「カッティはまじめ過ぎ。少しぐらいいいじゃん、ねえ、ダズ?」

「黙ってくれ」

「あう。ダズにまでお願いされちゃったよ」

「黙って帰れ」

「それは酷過ぎじゃない!?」


 楽しげで結構な事だ。

 少し孤児院での生活を思い出してしまった。

 皆は元気にしているだろうか。

 故郷を出てからもう二ヶ月も経つし、この件が片付いたら、一度シェロカミン大聖堂を使って帰郷してみるのもいいかもしれない。


 何かと話しかけてくるエマの相手をしながら、食事を続けていると、それぞれが半分ほど食べ終わったところでバウが俺たちを見回した。


「食べながらで構いませんから聞いてください。この後の予定です」

「下層に入る予定のまま変更はなしかい?」

「ええ。予定よりも日数も余力も残っています。行かない理由はありません」

「カルロ君ももちろん一緒だよね?」

「はい。俺の目的は下層の魔晶石と動力核ですから」


 意思統一はできている。

 なら、下層をどうやって進むかを話し合おう。


 バウが中央に手書きらしい地図を置いた。

 何層もの円が重なった中に、赤いラインが描かれて、所々に注意書きが記されている。


「深度七百メートル地点までは既に道ができています。学習院の図書館で写した最新の地図ですので間違いもないでしょう」


 すごいな。

 こんな物を手に入れられたのか。

 となると、俺よりも図書館に深く下りられる権利を持っているんだ。


「ただし、常に道が無事とも限りません」

「というと?」

「私たちの先輩が独自に拓いた道ですから。それなりの頻度で探索チームが往復しながら修繕しているそうですけど、遺跡の修復機能はありません。それに、高濃度のマナの影響で異常成長した生物がいます」


 それは俺も事前に調べている。

 洞窟の宿命というべきか、特殊な環境で生存できるように対応した生物が下層にはいるらしい。

 中層までは擬似精霊が襲ってしまうから、ほぼ生物はいないのだけど、精霊族の手が入っていない下層は話が別だ。

 中には常識を超えた存在もいるのだとか。

 バウの言うようにマナの影響を受けたという説が有力だけど、その辺りの検証もされていない。


「幸い、竜卵の遺跡群特効が効くそうですから、特別戦い方を変える必要はありません」


 おそらく、これは竜卵の機能だと考えられている。

 遺跡群特効といっているけど、実際は遺跡群に使われているマナの吸収とか、解除とか、破壊が実態なのだろう。

 だから、マナの影響を多大に受けた生物にも効果があるという学説。


「なら、隊列はこのままでいいな?」

「ええ。ですが、道はこれまでのように平らでもありませんから、今以上に慎重に進まないと滑落の危険性があります」


 地図を見たところ、元から緩やかな坂になっている部分はそのまま利用しているけど、場所によっては真っ直ぐ下に向かっている部分もある。

 この辺りは梯子とかロープで上り下りするのかもしれない。

 階段と同じ対応はできないだろう。


「それから体調にも気を付けてください。この辺りから具合が悪くなる人が増えるそうです」

「確かにちょっと暑いよね」


 エマが襟元を緩めて、チラチラとこっちの様子を窺ってくる。

 俺が見ようとしたらからかうつもりだろうけど、カッティが釣られちゃってるからね。


 たぶん、地上より十度近く温度が上昇している。

 大空洞は通常の洞窟と違って湿気が少ないからいい方だ。

 体感する変化はほとんど感じないけど、気圧だって上がっているだろう。


「注意点は以上です。何かありますか?」

「ひとつ、いいですか」


 俺は挙手をして発言を求める。

 バウが小さく頷いた。


「俺の目的は高純度の魔晶石と動力核です。それこそ過去、最高レベルの物を探しています」

「つまり?」

「下層に入るだけが目的じゃありません。千メートル地点を目指しています」


 これで何が言いたいかは伝わっただろう。


 のんびりと下りるつもりはない。

 そして、双角の犀が追いつけなくなったり、途中で戻ると判断したなら、そこで俺は別れる、と。


 臨時とはいえチームに参加しているのだ。

 自分勝手な行動は許されない。

 それでも俺も目的があり、譲れない点だった。


 だから、四人が厳しい表情で俺を見返してくるのを真っ向から受け止めた。

 年下の俺がベテランの探索チームを下に見ているような発言だ。

 喧嘩を売られたと思われても仕方ない。

 最悪、ここで俺だけ離脱する事も考えている。


「わかりました。私たちも遊びで下層に入るつもりはありませんが、もしも足手纏いだと感じたのなら言ってください」


 そんな中、バウは静かに俺の要請を受け入れた。


「ただし、私たちも収穫なしでは帰れません。なので、定期的に採掘はします」

「じゃあ、採掘は休憩の時間にお願いします。代わりにその間の警戒は俺が一人でやりますから」

「人数を掛ければ短時間でできる、と。わかりました」


 この辺りは妥協するべきだろう。

 彼らは仕事で来ているのだから、採掘は向こうにとっての譲れないラインだ。


「それと、手に入れた魔晶石と動力核について決めておきせんか?」


 うまいタイミングで切り出したな。

 こっちが譲歩したんだから、そっちも譲歩しろよという事だろう。

 でも、それも俺の思った通りだ。


「俺はそれぞれひとつ、一番いい物さえ手に入ればいいです。後は全部、双角の犀が持って帰ってください」

「!?」


 この申し出は予想外だったのだろう。

 交渉を見守っていた三人どころか、バウも声を失った。


 高純度の魔晶石や魔導核の価値は高い。

 稀少性が高い事もあるけど、通常の魔晶石では動かせない特殊な魔導具――魔導二輪や魔導四輪、魔導列車などに使われるからだ。

 下層で手に入る魔晶石ならひとつで軽く金貨一枚――一般家庭が一ヶ月は暮らせる金額になるらしい。

 一度の潜行で金貨三百枚を稼いだ探索チームの記録もある。


「……なるほど。私たちは潜れば潜るだけ、より多くの報酬を得られるわけですね。しかも、君という戦力を無償で得られる、と」


 しかし、バウの表情は難しい。

 他の三人は驚きから立ち直ると、口々にいい話じゃないかと囁いているけど、さすがに頭の回転が速い。

 俺の提案に乗って最下層を目指すメリットだけじゃなく、裏の意味にも気づいているのだろう。


 本気で最下層を目指せ、というメッセージ。


 俺がいれば戦力が上がる。

 採掘も短時間で効率的に行える。

 そして、手に入れた魔晶石と動力核のほとんどを手に入れられる。


 ただし、俺についていけないなら、そこまでだ。

 途中で採掘に集中したいと言い出せば、俺は一人で先に進んでしまう。

 そうなれば戦力ダウンしたまま採掘をして、帰途に就かなければならない。


 ハイリスク、ハイリターン。


 バウが目をつぶって考え込んだのは僅かな時間だった。

 不敵な笑みを浮かべて、俺に頷いて見せた。


「いいでしょう。その挑戦、受けました」


 挑戦、か。

 おもしろい言葉を選ぶ。

 冷静で、丁寧な言葉の裏にバウの探索者の本音が見えた気がした。


 子供が、大人を舐めるな、か。


 いいね。

 そういう人の方が冒険には向いているよ。

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