98 グレムラン商会
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開発チームにミレーヌが参加しているのは居合わせていたからだけではない。
彼女の実家の伝手を頼らないといけなかったからだ。
折角、飛行の魔導具が作れたとしても、それを売り込む相手がいなくては無意味になってしまう。
しかし、俺は孤児院出身、カナンは獣人族で当てが全くない。
リィナはセルツの家が商会を営んでいるけど、扱っている商品が服なので販路がない。
では、どこか魔導具を扱う商会に飛び込み営業を掛ければいいかというと、それもよろしくなかった。
俺たちはまだ十二歳か十三歳。
成人の扱いを受ける年齢だけど、若輩者と侮られてしまう。
それにどこの商会でもいいというわけでもなかったり。
飛行の魔導具の価値を判断できるのは必須。
さらに即金で金貨千枚を用意できる経済力もなくてはならない。
もうひとつおまけに、帝都近郊に店を持つ商会に限定される。
期限までの日数を考えると時間こそが何よりも重要で、移動に時間をかけるわけにはいかないのだ。
学生がそんな商会を探し出して、伝手もノウハウもなしに飛び込み営業して、要望通りに商談を成立させられるかといえば無理だろう。
前世風に言えば、高卒の仲間が集まった同好会が一流企業にいきなり押しかけて、これはすごい物ですから買い取ってくださいというようなものだ。
その点、ミレーヌの実家は大商業都市の領軍を扱う家。
下手な商会に売るよりも、確実に評価してくれるし、資金もたっぷりあるし、魔導列車を使えば帝都からも近い。
昨日出してくれた使いの人が帰ってきたらしい。
「連絡は取れたわ。お父様も完成したら見てくれるそうよ」
実際は娘にお願いされて仕方なくといったところだろうか。
それでも言質が取れただけで十分だ。
ミレーヌがどうこうしてくれるなら門前払いされる心配もない。
「よかったわ、なら、後はあたしたちが物を作れるかどうかね。責任重大よ」
「うん。ミレーヌさんも、ありがとう」
「いいのよ。お礼は体でたっぷり、ね?」
「ひゃい!?」
微笑むミレーヌの目は完全に捕食者のそれだ。
ああ、またカナンが硬直してしまったじゃないか。
ここは脱線した話を戻さないと。
「今のはいい方の話だよね? じゃあ、悪い方は?」
「そのお父様からの『忠告』ね」
忠告、か。
斥候や工兵のトップからの言葉だと思うと妙な重みがあるな。
皆も俺と同じ印象なのだろう。
ミレーヌに視線で続きを促している。
「お父様が言うには『最近、グレムラン商会の動きが目立つから、飛行の魔導具に関わるなら注意するように』ですって」
グレムラン商会。
どこかで聞いた事がある気もするけど、有名な商会だったかな?
「ひぅ」
と思い出そうとしていたら、カナンが座り込んでしまった。
膝から力が抜けたみたいな様子で、ストンと尻餅をついている。
その表情は青ざめていて、手を震わせていた。
「カナンちゃん!? ちょっと、大丈夫?」
今にも卒倒してしまいそうでマルスが慌てて背中を支えている。
カナンの反応から連鎖的に思い出した。
ノルト神父と帝都に来るたびの途中で目にした覚えがある。
「グレムラン商会って、魔導列車を運営している最大手だっけ?」
つまり、カナンたちネズミ族を追い詰めている商会だ。
カナンが怯えるのも無理はない。
希望を見つけ出したと思ったら、先回りされたようなものだからな。
けど、グレムラン商会がどうして動いているんだ?
まさか、カナンに監視をつけているわけでもないだろう。
千人近いネズミ族全てを追いかけるなんて現実的じゃないし、そもそもグレムラン商会は巨大な商会だ。
抱えている案件はネズミ族の方面だけじゃないはず。
「俺たちを警戒しているわけじゃないよね?」
「ええ。元々、グレムラン商会とサンティエル州は関係が深いから」
これも言われて繋がった。
商業都市サンティエルは交通の要所。
それなら、現在、最も速く、最も輸送力のある魔導列車の乗り入れ数も帝国随一だろう。
「グレムラン商会の本社もあるのよ」
「帝都じゃなくて?」
「帝都にあるのは第二支部ね」
何かあった時に対処する事を考えたら正しい判断か。
「領軍とは有事の際に魔導列車を借りる契約をしているしね」
確かに。
魔導列車のような便利な代物を領軍が見逃すわけがない。
しかし、接収じゃなくて、貸し出しというあたりにグレムラン商会の持つ力の大きさを感じるな。
普通の商会じゃない。
「……そっか。どこの領主もグレムラン商会に魔導列車を通してほしいから」
「ええ。貴族であっても軽視はできないの」
鉄道が自分の領地を通れば、それだけで活性化する。
逆に除外されてしまうとどんどん寂れていってしまう。
そうなると、貴族であっても迂闊に手を出せない。
まあ、それだけだと国に商会自体を吸収されてしまいかねないから、色々とアプローチもしているんだろうな。
「でも、どうして活発になっているんだろう?」
「わからないわ。きっとカナンちゃんの故郷の話も、その一環なんでしょうけど……」
「浮遊の魔導具かしらね」
カナンの背中を支えたままマルスが呟く。
「まだまだ実用できる段階じゃないけど、浮遊自体は成功しているのよ。このまま研究が進んだらいずれは完成するわ。だからこそ、あたしも興味を持ったんだけどね」
「なるほど。浮遊が飛行にまで発展したら、魔導列車の価値が下がるんだ」
コストパフォーマンスや輸送力では負けないだろうけど、地を駆ける鉄道と空を飛ぶ飛行機では速さが違う。
技術が発展していけば、いずれは有利な点さえ覆される。
運輸業における王者の座が奪われる危機感。
それがグレムラン商会の動く動機なのだろうか。
「だから、軍の研究を警戒しているんじゃないかしら?」
「そうね。いくらグレムラン商会でも研究を妨害はできないから、様子を見ているのね。完成する前に少しでも鉄道を増やして、魔導列車の存在感を増やそうとしているとしたらつじつまが合うわ」
浮遊や飛行の魔導具自体が警戒対象だったとしたら、まずいな。
「じゃあ、俺たちの計画も知られた?」
「そう考えた方がいいかもしれないわね。お父様が教えたりはしないでしょうけど、どこにどんな耳があるかわからないもの」
グレムラン商会の目に留まったか。
学生の夢物語と捨て置いてくれたらいいけど、本腰を入れて調べられたらカナンの名前に行き当たるだろう。
そうなればネズミ族の件まで全て繋がってしまう。
「どうする?」
計画を見直すべきかもしれない。
けど、他に当てがあるわけじゃないし、既に三日も時間を使ってしまっているのだ。
ここで一から出直しになったら致命的だぞ。
「けど、やるしかないのよ」
迷いのない声だった。
マルスがカナンの肩を強く握って語りかける。
その感触でカナンはようやく顔を上げた。
「どの道、あたしたちの頼れるルートはミレーヌのご実家だけなんだから、避けては通れなかったのよ」
「うふふ。宣戦布告と考えたら前向きかしら」
「いいわね。もともと、これはネズミ族が売られた喧嘩なんだから、抗うと決めたのなら後は戦争。相手を倒すだけね!」
「え? 戦争? ええっ!?」
ちょっと、二人とも物騒な物言いだな。
カナンが慌ててしまっている。
まあ、恐怖で動けなくなるよりずっといいけどね。
ショック療法のつもりかもしれない。
「カナンちゃん、戦うのよ! あたしたちの魔導具でグレムラン商会に目に物を見せてやりましょう!」
「え? あ、うん。そうだね……え!?」
マルスは強引にカナンを立ち上がらせて、そのまま作業台の方へと連れて行った。
ミレーヌも二人を手伝うつもりなのかついていく。
「じゃあ、俺もできる事をしようかな」
「はい。ご主人様」
背後で控えていたヴィオラを伴って、俺は工房を後にした。




