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『義肢のアトリエ〜戦わぬ職人と、諦めない騎士〜』 〜「お前なんか大嫌い」から始まるリハビリ同棲生活〜  作者: まーサンタ
第1章:『戦うための騎士』と『生きるための装具士』

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第5話:面汚しの誇りと不機嫌な横顔

 仮義手の微調整が始まって一週間。  レオンハルトの歩行と右手での簡易な操作は、驚異的な速度で精度を上げていた。

 カシャン、カツン。

 整えられた歩調で作業場を巡回し、棚から工具を取ってカルラの手元へ運ぶ。  完璧とは言えないまでも、片腕片脚を失った男が一人で生活し、雑用をこなすには十分すぎる動きだった。

「……フン。筋がいいのだけは認め届けてやるよ、頑固中尉」 「カルラ殿の調整が正確だからだ。感謝している」 「だから感謝はいいって……っ」

 素直すぎるレオンハルトの言葉に、カルラがそっぽを向いたその時だった。

 ガタァン!

 工房の古い木扉が、乱暴に蹴り開けられた。

 土足で踏み込んできたのは、銀光りする豪奢な鎧に身を包んだ二人組の男たちだった。胸元には王立魔導騎士団の紋章が刻まれている。  先頭に立つ金髪の男――レオンハルトの元同僚であるジュリアン少尉と、その後輩騎士だった。

「やあやあ、噂を聞いて来てみれば……実に惨めな姿だな、レオンハルト元中尉!」

 ジュリアンは蔑むような笑みを浮かべ、レオンハルトの右腕と左脚の義肢を見下ろした。

「殿を務めて名誉戦死かと思えば、生きて王都の吹き溜まりに潜伏していたとは。しかも、こんな怪しげな町工場(町工場)の女職人に縋り付いて、おままごとのようなリハビリですか?」 「ジュリアン少尉……何の用だ」

 レオンハルトは氷のように冷ややかな声を返したが、反論しようとはしなかった。ただ静かに、背筋を伸ばしてそこに立ち尽くす。

「騎士団長からの最終通告を届けに来てやったのだよ。いい加減、往生際悪く復帰だのなんだのと悪あがきするのはやめろ。四肢を損ねた者が騎士団に居座るなど、我ら『魔導騎士団の面汚し』以外の何物でもない!」

 ジュリアンは腰の剣の柄に手を置き、嘲笑を深めた。

「身の程を知れ。そんな木とナマクラ金属のガラクタをくっつけたところで、貴様はもう二度とまともに剣すら振れん障害者だ。大人しく恩給をもらって田舎で腐っていくのが、貴様に残された唯一の『功績』というものだ!」

「……」

 レオンハルトは目を伏せ、唇を強く噛み締めた。  彼らの言うことは、世間の残酷な現実そのものだ。身体を失った騎士の末路。どれほどあがいても、失われた肉体が戻るわけではない。自分がやっていることは、ただの悪あがきなのかもしれない――。

 静かに屈辱を呑み込もうとした、その瞬間。

「――おい」

 腹の底から響くような、冷酷極まりない低い声が室内を撃った。

「誰の作った『作品』をガラクタって言ったんだい、そこの金ピカ野郎」

 カルラだった。  手にした精密ヤスリを作業台にドスンと叩きつけると、彼女は地獄の鬼のような形相でジュリアンに向かって大股で歩み寄った。

「な、なんだこの女は……! 控えろ、我らは騎士団の――」 「知るかよバカ野郎!!」

 カルラはジュリアンの胸甲を掴み上げ、強烈な頭突きを叩き込んだ。

 ゴカァン!!

「ぐあぁっ!?」

 重厚な金属音が響き、ジュリアンが鼻を押さえてよろめく。後輩騎士が慌てて剣を抜こうとしたが、カルラは間髪入れずに作業台の重いレンチをひったくり、その首元に突きつけた。

「動くな! 動きやがったらその無駄に高い喉笛を叩き潰すよ!」

「な、何を……狂っているのか!?」 「狂ってんのはアンタらの腐った頭だよ!」

 カルラは胸元を肩で息しながら、血走った目で二人を睨みつけた。

「いいかい! この男が自分の命を捨てて戦場に残り、あんた達みたいな役立たずを生きて帰らせてやったんだろ!? その恩も忘れて、傷ついた英雄を面汚しだと!? 笑わせんじゃないよ!」

「か、カルラ殿、やめろ……!」

 レオンハルトが制止しようとするが、カルラの怒りは誰にも止められなかった。

「この男の右腕と左脚にはね、私の全技術と魂が詰まってんだ! あんた達が一生かかっても買えないような、この世で一番精密で美しく、頑丈な『最高傑作』なんだよ!」

 カルラはレオンハルトの胸元を指差し、騎士たちに向かって叫んだ。

「この男は諦めてなんかない! 泥を舐めても、血を吐いても、自分の意志で足掻いて立ってんだ! 傷一つ負わずに高みの見物してるあんた達なんかより、何百倍も強くて格好いいんだよ! 私の作品を、この男の執念を、二度とガラクタなんて吐かしてみな……骨の髄まで分解してドブに捨ててやるからね!!」

 覇気すら感じる怒号。 一流の職人が持つ圧倒的な自負とプライド、そして何より――レオンハルトの努力を真っ向から肯定する熱量が、工房を支配していた。

 ジュリアン達はカルラの勢いと手に握られた重工具に気圧され、青ざめた顔で後ずさった。

「く、狂人め……! レオンハルト、こんな女に縋って恥ずかしくないのか! 行くぞ!」

 吐き捨てるように捨て台詞を残し、二人の騎士は逃げるように工房を飛び出していった。

 静まり返った工房。

 カルラは肩で息をしながら、乱暴に髪をかきむしった。

「……ハァ、ハァ……! ったく、胸くそ悪い金ピカ野郎どもが……! 二度と敷居を跨ぐんじゃないよ!」

「……カルラ殿」

 レオンハルトがゆっくりと歩み寄る。  その青い瞳は、揺らめくような深い光をたたえていた。

「……なぜ、あそこまで言ってくれた。お前は……俺の『大義』も『復帰』も、大嫌いだと言っていたはずだ」

 カルラはハッと正気に戻ったように顔を強張らせ、急速に頬を朱に染めた。

「な……! か、勘違いするんじゃないよバカ!」

 カルラはあわてて背を向け、作業台の工具をガチガチと無意味に触り始めた。

「私は! 私の作った『義肢』をバカにされたから怒っただけだ! あんたのためじゃない! 私の職人としてのプライドの問題だ!」

「そうか。……だが、俺の執念を『格好いい』と言ってくれた」

「つ、口が滑っただけだよ! 忘れろ!」

「忘れない」

 レオンハルトは、完成しつつある右手の義手を胸に当て、深く、静かに頭を下げた。

「俺は……誰もが『諦めろ』と言った中で、ただ一人お前だけが、俺のあがきを『あがき切れ』と背中を押してくれた。俺を『格好いい』と言ってくれた。……これ以上の救いはない」

「……っ」

「カルラ殿。俺はお前が嫌いだ。口が悪く、不機嫌で、金と自分の生活のことしか考えていない」

 レオンハルトの言葉に、カルラが怒って振り返ろうとした――だが。

「……だが、お前のその不器用な情熱と、職人としての誇りを……俺は誰よりも深く信頼している。お前が作ったこの腕と脚となら、俺はどこまででも戦える」

 レオンハルトの口元に浮かんだのは、苦味と、感謝と、確固たる執着が混ざり合った、凄絶なまでに美しい笑みだった。

「お前が『最高の報酬』を手に入れ、ふかふかのベッドで寝られるその日まで――俺はお前の最高傑作であり続けよう」

 今まで「国のため」「民のため」だけに生きてきた頑固な騎士が、初めて「一人の女の作品」として立つことを誓った瞬間だった。

 カルラは言葉を失い、赤くなった顔のまま呆然とレオンハルトを見つめた。

(な……なに言っちゃってんの、このバカ中尉……!)

 胸の奥が、焼けつくように熱い。  大嫌いだったはずの堅物。自分とは絶対に分かり合えないと思っていた男。 だがいま、カルラの心には、彼を絶対に元の場所(戦場)へ立たせてやりたいという、職人としての、そして一人の女性としての強烈な「執着」が打ち付けられていた。

「……ふ、ふん! 当たり前だろ!」

 カルラは必死に照れを隠し、腕を組んでフンと胸を張った。

「言っておくけどね、ここから先のリハビリは今日の十倍厳しいからね! 金貨五十枚、きっちり稼いでもらうんだから! 覚悟しな、レオンハルト!」

「望むところだ、カルラ」

 初めて「殿」を外して呼ばれた自分の名前に、カルラは心臓が口から飛び出そうになるのを覚えながら、大慌てで奥の部屋へ逃げ込んでいくのだった。


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