最期の修学旅行
修学旅行で宮城に行くお話です。
「最期の修学旅行」楽しんでいただけたら嬉しいです。
※一部震災に関連する描写があります。苦手な方はご注意ください。
車窓から眺める景色が勢いよく通り過ぎていく。
名も知らない山々は青く燃えていた。
5月27日水曜日。人類滅亡まで残り309日。
私の通う立河市立錦中学校3年生は、今日から二泊三日で、宮城に修学旅行だ。
新幹線の数号車を貸切り、3年1組から4組までが利用していた。
隣では、流れていく景色を目を輝かせて見つめる美鈴ちゃんがいる。
私は修学旅行のしおりを取り出し、スケジュールを確認する。
1日目は仙台や松島を観光し、二日目は石巻。三日目はまた仙台に戻り、お土産を買って帰るそうだ。
周知の事実であるが、これは人生最後の宿泊行事になるだろう。
大宮から乗った新幹線を仙台で乗り、仙石線に乗り換える。
そのまま松島に向かい、そこで昼食を取るらしい。
流石に一つの飲食店を錦中の生徒が占領するわけにもいかず、あくまで4組の行動だ。
「仙石線ってね、仙台と石巻を繋いでるからこの名前なんだよっ!ほら、端っこと端っこの駅を見れば一目瞭然でしょ?」
ハイテンションな美鈴ちゃんが路線図を見せてくる。
確かにそうだねーと言ってる間に、電車の窓から水平線が覗いた。
太陽光を反射して、きらきらと輝いている。
東京湾も見たことない生徒がいる立河市民は、身を乗り出して興奮した。
電車を降りると、心地の良い潮風が頬を撫でた。
この暖かい陽気だと海に寄り道したくなるが、残念ながらスケジュールに組み込まれてはいなかった。
「海行きたい海行きたい海行きたぁぁああいぃっー!」
美鈴ちゃんが四肢をばたつかせながら引きづられていく。
そんな美鈴ちゃんを一瞥しながら担任は言った。
「まぁまぁ、ご家族でまた来てくださいね。」
普通の反応だ。
しかし、真空崩壊が一年後に迫る状況だ。
美鈴ちゃんの返答は決まっていた。
「だって人生最後だよ宮城!私の家犬飼ってるから、そう簡単に旅行とか行けないし、家族と旅行に行くプランなんてありません。人生最後の海かもしれないんですよ?行きたいですよぉー。」
絶対言うと思った…。
担任と他の生徒たちは「そうだよね」と頷き、「でも我慢してね」と続けた。
最後でもそこは守らなければならないルールなので、当然の措置だと思う。
心地良くも強烈な疲れが体を襲う。
1日目の活動を終え、宿屋で布団に横になりながら私は東京に置いてきた両親を案じていた。
(お母さんとお父さんだけだったら、生活ままならないだろうなぁ…)
完全に偏見だが、ここ1ヶ月強の生活を思い起こせばそんなことを思うのも無理はないと思う。
まぁ面倒はないから宿泊行事は楽だけど、帰ったあとが憂鬱だ。
…今日、松島で作ったこけしを眺める美鈴ちゃんは、まさか隣で私がそんなことを考えているとは思うまい。
私たちは二日目の活動地である石巻の旅館にチェックインし、たんまりと夕食を摂った後だった。
これから順番に入浴し、就寝準備を進めていく。
「明日は日和山公園と、震災遺構回るんだよね?」
早速布団を敷いてごろごろしている美鈴ちゃんが言った。
「そうだよ。明日からは正式に班行動になるかな。」
「班行動って言っても、すでに部屋割がそうなんだけどね。」
そう、この4人部屋に泊まっている生徒はすでに明日の班のメンバーだ。
私、磐城結衣と、安藤美鈴というお馴染みメンバーに加えて、名取風香と根岸恵麻という2名が加わった。
私と美鈴ちゃんは席も近く、去年から同じクラスでよく話す仲だが、風香さんと恵麻さんは今年からのクラスメイトだ。2人の席も近く、仲がいいらし。
明日はこのメンバーで回ることになる。
そして、明日はかなりのハードスケジュールだ。移動距離が長い。ちゃんと起きられるだろうか…。
明日の私のためにも、私は入浴セットを手に持ち、大浴場へ向かうことにした。
石巻市にある震災遺構。
当時被災後に津波と火災に飲み込まれた校舎が目の前に広がっている。
当時、300人の生徒が通っていた学校だ。
被災した直後、240人程の生徒が在校していたが、裏山に避難したことで難を逃れたということで有名な学校だ。
私たちの班は半日、ここを回ることになっていた。
「ひどいねぇ…」
美鈴ちゃんが悲しげな顔で校舎を見つめる。
確かに、この校舎の惨状は、東北地方太平洋沖地震の悲惨さを雄弁に物語っているように思える。
「鈴ちゃーん、早く行かないと遅れるよー。」
展示をあらかた見終り、呆然と校舎を見ていた私達2人に、遠巻きから風香さんと恵麻さんが手を振る。
私達は急いで裏山に続く道を駆け上がる。
風香さんと恵麻さんに追いついた私は、息切れしながた言った。
「ごめん、ちょっと…ぼーっとなっちゃって…。」
「いいのいいの、もう日和山に移動する時間だから声かけただけ。」
風香さんが柔らかい笑みを浮かべる。
4人は日和山公園に続く坂道を登り出した。
「ところで、あの校舎を見つめて何考えてたの?」
リュックを背負い直しながら恵麻さんが言った。
平均より小柄な恵麻さんの体が背負い直す反動で揺れた。
「何をっていっても…何かなぁ。…呆気とられてただけで。」
美鈴ちゃんが頭を掻くそぶりを見せる。
私はあの校舎を思い出しながら呟くように言った。
「私はその…。あの学校って、奇跡的に結構な人数が避難できたって言ってたじゃん?でも、地震的には全然そんなことなかったから。いっぱい亡くなったんだよなぁって思って。それと…私達ももうすぐ死んじゃうんだなぁって。」
3人が私の顔を見つめる。
「あっ…そういうのじゃないよ?」
そういうのってなんだよと自分に突っ込みつつ、胸の前で両手を振る。
「まぁそうだね。私達もあとちょっとしか生きられないことは間違いないからね。」
「そう思うのもわかる気がする〜。」
風香さんと恵麻さんが相槌を打つ。
本当は「ちゃんと伝えていこう」という気持ちになるんだろうが、伝えるべき相手は残っていないに等しい気がする。
『これからをどう生きるか』
残り少ない私達に、誰かがそう言った気がした。
震災遺構を回り、防災学習をする。今回の修学旅行の主な活動内容だ。
故に命の大切さを学ぶための授業が多い。
「最期なんだもんなぁ…。」
風香さんが空を仰いで言った。
曇天を見つめながら、私達はしばらく立ち止まっていた。
二泊三日の修学旅行は呆気ないくらいあっという間に終わった。
新幹線に揺られながら、私は流れていく田畑を見つめていた。
向かいでは風香さんと恵麻さんが眠っている。隣でも美鈴ちゃんが小さな寝息を立てていた。
(こんなんで良かったのかな。)
「最期」と思うと複雑な心境になるが、とても濃厚な三日間だったように思う。
これから事後学習でたくさん書き物をするんだろうな。
私はあの光景を風化させないよう、しおりのメモ欄に記録するべく、筆記用具を取り出した。
まぁ所詮は307日間の記憶になるが、大切に覚えておくものだ。
私は3人を起こさないようにそっと鞄からしおりを取り出した。
(これもまた、終活の一部になるのかな。)
そんなことを考えながら、私はしおりに鉛筆を走らせた。
最近5月と思えない暑さで、夏はどうなるんだって不安になってます。氷室八弥です。(読み方:ひむろやや)
私も昔宮城に行ったことあります。
その時食べた鯨のお刺身がとっても美味しかったのが思い出です。皆さんも機会があればチャレンジしてみてはいかがでしょうかー。
ご意見・ご感想、お待ちしてますー。




