世界終了まで残り一年、今日も平和です。
結衣ちゃんの何気ない日常の話です。
「錦中の通常授業は」楽しんでいただけたら嬉しいです。
目覚まし時計の電子音が遠くで鳴っている。
私は手探りでアラームを止めると、よたよたと寝室を歩き、カーテンに手をかける。眩しい陽光が薄暗い部屋に差しこんだ。
寝室を出ると、両親の部屋に出る。奥にあるのが父のベットだが、いつもなら起きて仕事に向かうはずの父が、布団の中で丸くなっている。
私はため息をつくと父のベットに近寄り、布団にくるまる父の肩を叩いた。
「お父さん、起きてってば。」
「……。」
返事は帰ってこない。帰ってくるはずがない。というか、酒臭い。
私はミノムシ状態になる父にため息を吐くと、リビングにいる母に声をかけた。
「おはよぅ。」
「あ、おはよう。」
これまた顔色の悪い母が振り返って挨拶する。コーヒーを飲みながらスマホをスクロールしているところを見ると、今日も眠りが浅かったのだろうか。
以前の母は朝ご飯を作ったり、朝のゴミをまとめたりしていたが、手付かずの状態で止まっている。
私はキッチンに立つと、やかんに水を入れ火にかける。炊飯器を開け、炊き立てのご飯の香りと共に湯気がリビングに漂う。
「お母さん今日も眠れなかったの?」
「ううん、平気よ。」
全然平気じゃないでしょと心の中でツッコミを入れるが、母にとっては平気らしい。
あのニュースが発表されて以来、母は「眠れない」だの「睡眠の質が悪い」と言っている。心配で眠れないのだろう。
私からしたら、真空崩壊というのは実にいい世界の終わり方だ。痛みもなく、みんな平等に最期を迎えるのだから。これで予告がなかったらこんなふうに病む人もいなかっただろうにと思うのだが。
それに、一年後に世界が綺麗に終わるのだ。宇宙自体が変わろうとしてる今、私達人類は抗う術などない。どうしようもないことなのだが、母にとっては強大な恐怖の対象になるらしい。
私は沸騰したお湯を魔法瓶に入れ、冷蔵庫から昨日のおかずの残りを取り出し、レンジで温める。
母と私の前に、ご飯を盛ったお茶碗を置き、食卓の中央に温めたおかずを置く。
「ほら、スマホばっかりだと疲れるでしょ。朝ごはん食べて。」
私は箸を差し出しながら言った。
母は力なく頷くと、箸を動かしはじめた。
まだ4月10日なんだけど…。来年の3月にはどうなってしまってるのだろうか。
通学路の道筋にある指定場所にゴミを置く。
やれやれと言いながら、私は立河市立錦中学校の校門をくぐった。
靴を履き替え、階段を登る。
教室に着くと、すでにほとんどの生徒が教室内で駄弁っていた。
私の前に座る美鈴ちゃんが手を振る。
「結衣ちゃんおはよー。今日は時間ちょっとギリギリだねー。」
「仕方ないんだよぅ。」
私は机の袖に鞄をかけると、机上に倒れ込んだ。
すでに慣れない家事に疲れているのだろう。これから一年近く続くというのに、先が思いやられる。
「なんかよくわかんないけどお疲れ。荷物の準備、手伝ったげよっか?」
美鈴ちゃんは私の鞄をぽんぽんと叩きながら言った。
「ううん、いいよ。自分でやるー。」
私は重い体を起こすと、鞄を机の上に置いた。
「そう?でも始業まであと3分しかないよ?ここは手伝い頼んだ方がいいのではー?」
くくっと笑いながら美鈴ちゃんは足をゆらゆらさせる。
私は苦笑しながら「じゃあ、お願いします」と笑った。
時計の針の動きを追うようになって、もうどのくらいだろうか。
不思議と時計を眺めていると時間の流れがゆっくりな気がする。普通に授業を受けた方が楽なのだろうか。
正直、眠い。疲れているのもあるが、今までの目標が「どうせ死ぬ」という現実に破られたのも大きい。
今までは「受験」や「将来」のために、苦手な教科も仕方なくやってこられた。
しかし、一年後の3月31日、世界がなくなる私達からすれば、受験勉強など何の意味もなさない。
これは他の生徒、まして先生まで思うところなのだろうか。
横を見て見れば居眠りをする生徒、ペンを回す生徒、熱心に先生の「えー」を数えている(と思われる)生徒がいる。
先生自体も時々視線を宙に彷徨わせ、教科書を見つめた後に「それで…」と続ける。これをひたすら繰り返てるように見える。黒板の文字もどこか気が抜けているように見えるのは気のせいだろうか。
やはりみんな勉強する意欲がないのだろう。
一年後に確実に死ぬという情報は、私たちに大きな衝撃を与えた。昨年度の2年生で成績が五位以内に入っていた瀬野さんだって、今や教科書に載っている歴史人物を熱心に模写し始める始末だ。
かくいう私も、ノートに意味もない落書きやページ数を振っている。
(人類滅亡の威力すごいな…。)
チャイムが鳴り、号令係が礼の合図をする。先生が教室を退室し、クラス全体がざわざわとざわめきだす。
私はちょっと雑にまとめたノートを机にしまい、伸びをする美鈴ちゃんに声をかけた。
「美鈴ちゃん、途中寝てたでしょ。」
「げっ…バレた?」
「バレバレだよ。先生ガン見してたし。」
「えぇ〜、わざとじゃないもんっ。」
授業が半分切ったころから美鈴ちゃんの頭は上下に揺れ出し、ヘドバンのようになっていた。
先生や他のクラスメイトはちらっとこちらを見た後、「まぁ気持ちはわかる」という顔をして視線を戻していた。
他の生徒たちも、ちらほら居眠りを友達に指摘されて笑っている。
推しの会話を弾ませる女子もいれば、何やら落書きを見せ合う男子。思い返せば、2年生の時もこんなんだったかもしれない。
「なんか、あんまり変わってないね。2年の時と。」
「そうだね。ザ・日常って感じ。」
学校はあまり変わってない。授業態度は悪いし意欲はないが、出席率は低くはないだろう。
家庭での雰囲気はあの日を境に激変したが、ここはまだ健全で一息つける空気感だ。
私は家とのギャップを覚えつつも、黒板を消しに行くことにした。
最近早起きができなくなってきて、春眠暁を覚えずを痛感しています。氷室八弥です。(読み方:ひむろやや) 本当は今日(4月25日)の日付変わったくらいに投稿したかったのですけど、急にユーザーホームが表示されなくなっちゃって、再ログインしてて遅刻してしまいました。またあったら申し訳ないです。
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