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まだ手もとどかなかった頃の話

結衣ちゃん、小学校高学年の回想です。

「まだ手もとどかなかった頃の話」楽しんでいただけたら嬉しいです。


真夏の日差しが窓から差し込む。

私は予備校の椅子に座り、塾講師から渡されたプリント課題を解き終わったところだった。



「じゃあ、磐城(いわき)さんちょっと休憩ね。10分くらい。飲み物とか持ってきてるかな。」

「はい、大丈夫です。」



予備校の中は冷房が効いていて、若干寒気まで感じた。

私はリュックから水筒を取り出し一口飲む。


教室内には複数机が並べられていて、一つの机に三つの椅子が並べられている。

私は周囲を見回し、同年代の子がいないか探した。


中学生が大多数だ。高校生らしき人もいる。

おそらく高校・大学受験生なのだろう。

小学生は比較的少ないが、一つ椅子を開けたところに同い年くらいの少女が座っていた。


(話しかけるきっかけがあればいいんだけど…。)


私はその子の持ち物や課題を凝視し、話しかける種を探す。

その時、彼女は自身のスマホからある学校のページを開いた。私はその画面を見て思わず口を開いた。



「都立立河中等教育学校、受けるの?」



少女は振り向き、一瞬驚いた顔をする。

いきなり話しかけるのはまずかっただろうか。羞恥心が襲ってくる。



「うん、受けようかなって。」

「そ、そうなんだ。私も受けようと思ってて…。頑張ろうね。」



少女は値踏みするような視線を数瞬向けたが、すぐに微笑んでいった。


「うん、頑張ろうね。」


なんか、このまま話が終わりそうな気がする…。

塾でどうしても友達が欲しかった私は、あたふたしながら次の話題を考える。

今思えば、話したくないのかもと相手の気持ちを考慮しろと思うが、当時はそんなこと考えなかった。



「あ、あのね。私、錦小学校6年1組の磐城結衣(いわきゆい)っていうの。…あなたのお名前は?」

「名前は霜越弥生(しもこしやよい)。私も錦小なの。6年2組。」

「あっ、同い年だね!」

「そーだね。じゃあ学校で会えるかも。」



それから1週間も経たずに、私たちは学校でも話す中になった。

小学5年生の夏のことだった。





「結衣ちゃん、見てこれ!」


私を呼び出した弥生ちゃんは、廊下にはしゃいだ声を響かせた。

弥生ちゃんの手の中には、新品のノートがある。


「やよちゃん、なぁにこれ?」

「交換日記。買ってみたんだけど、一緒にやらない?」

「えっ、やりたい!ありがとう。」


私はまだ書店の匂いが残るノートを手に取る。

その日から、「学校がある日は毎日交換する」というルールのもと、交換日記を始めた。





家に帰って交換日記を開く。

やよちゃんの丸文字が目に飛び込んできた。



『今日はうちのクラス、給食の時そーどーがあったんだけど、そっちのクラス聞こえた?

堀田(ほった)君がデザートのプリンを渡辺君と取り合って、その途中に給食ひっくり返して、

ガシャァン‼︎って音がして大変だったの。

あとで堀田君めっちゃ先生に怒られてたw w』



私は勉強机の上でけらけらと笑った。

今思えば何がおかしいのか微妙にわからないが、なぜか表情筋が緩むことがあったのあろう。


私は次のページを開くと、ますに文章を入れていく。



『今日は算数の小テスト。帰りの会で返されたけど、前より6点も下がっちゃった( ´△`)

もっと勉強頑張らないとなー。次はもっと点取れるように頑張る!

堀田君が給食ひっくり返した音、めっちゃ聞こえたよ。なんなら廊下で怒られてるとこ見ちゃった笑』



ニヤニヤしながら鉛筆を滑らせていく。

交換日記を書いてる時間は、勉強のことを忘れて自分を曝け出せる場所だったのかもしれない。




概ね順調に見えるだろうが、実はそこまで楽しいことが多かったわけじゃない。


小テストの度に、教壇にテストを取りに行く。

私は緊張の面持ちで先生の前に立つ。


「はいこれ磐城さんー。」


先生は事務的にテストを私の手に渡す。

私は一礼すると、自分の席に座る。

細めていた目を開け、テストの点数を確認する。


(79点…か…。)


可もなく不可もなくな点数に見えるが、中学受験が来年の冬に控えているとなると、基礎が固められてないということになる。

私はため息をつくと、手帳に点数をメモする。



79点、84点、74点、77点、86点、93点、90点…



昔の方が点数が高い…。

点数を見返し、ため息をつく。


このままじゃ中学落ちちゃう。

塾にも通わせてもらってるんだし、受からないと…。


そんな思考が、しばらく頭にこびりついていた。




小6に上がり、勉強の難易度も上がった。

成績も伸び悩み、悶々(もんもん)とした日々を送っていた。



しかしながら、弥生ちゃんは成績が落ちぶれることもなく、私との遊びも欠かさなかった。

なのに模試では合格圏内。

人は生まれながらにして、不平等なんだと、内心思っていたところもあったかもしれない。


成績を落としてはいけない。

受験勉強もしなくてはならない。

第一、受験に落ちたら意味はない。


そんな不安が頭の中をぐるぐる回っていた。


受験のプレッシャーから、夜な夜な勉強するようになり寝不足になった。

そのせいで昼のパフォーマンスが落ちたのは言わずもがなだ。




小6の秋も終わりに近づいた時、三者面談で先生はこういった。



「磐城さんさ、勉強は頑張ってるんだけどちょっとこのままだと受験は難しいかなーって思ってて。

もちろん進路を否定するわけじゃないですけど、地域の中学校も視野に入れたらどうですか?

どうですか、お母さんは。」



隣に座る母に視線を移す。母は何とも言えない顔でこちらを見つめていた。


「そうですね、最近は夜にも勉強しててしんどそうですし、このまま勉強を続けるのって大変ですよね。」

(いやいやいやいやいや、何勝手に受験しないムード作ってんの??)


私は先生と母の間で、視線を反復横跳びさせる。



「結衣さん自身はどうなの?」



先生が私の顔を覗きこむ。


先生達が言うことももっともだ。

正直、私もこれ以上勉強を続けるのは大変だ。地域の中学校だったら、授業の予習・復讐だけで済む。

しかし、弥生ちゃんの顔が思い浮かび、どうしても首を縦に振れなかった。

私は何も言えず、ただ(うつむ)くだけだった。




後日、両親から言われた。


「結衣はさ、このまま勉強して受かると思う?やってみるのはいいよ。だけどさ、ずっと勉強して寝不足になっちゃってさ、本末転倒でしょ?」


遠回しに辞退しろと言っている。

そう感じた。


(というか、これ以上塾に行き続けるのが経済的に厳しいからじゃないの?)


内心悪態をついた。

しかし親がそう言った以上、私も頷きざるを得ない気がした。


いや、親のせいにしたかっただけで自分でも投げ出したかったんだ。

そもそも都立の学校って学費安かっただろうに。





都立中の受験が間近に迫った一月。

私は弥生ちゃんに受験しないことを言い出せずにいた。


しかし、流石にもう誤魔化せないだろう。

私は2組の教室のドアを叩いた。



「あの、やよちゃん…霜越さんいますか?」



教室の奥から弥生ちゃんが小走りにやってくる。

手には交換ノートを持っている。



「ごめんごめん遅くなって。はいこれ。」



そういって弥生ちゃんはノートを手渡した。

「ありがとう」と言って受け取ると、弥生ちゃんは教室に帰ろうとする。

私は「待って!」と声をあげた。


不思議そうな顔で振り返った弥生ちゃんは、もう一度こちらに近づいてくる。


「なぁに?」


私は服の裾を握りしめ、震える声で切り出した。



「あのね、あの、私…。…ごめん、受験できなくなっちゃった…。」


「へぇ…?なんで?」


弥生ちゃんの声が低くなる。

私は足がぐらぐら震えるのを感じながら続けた。



「あの、えっと…お家のお金とか、成績とか…」


「それって勉強できなかった言い訳でしょ?私と一緒に遊んでたよね?

何で私はできて結衣ちゃんはできないの?」



顔をしかめ、眉間に(しわ)を寄せる弥生ちゃんが、ずいっとこちらに近づいてくる。

私はその迫力に圧倒されつつ、肩をすくめた。



「だって、やよちゃんは頭がいいから…。」

「それは関係ないでしょ?人間の脳は同じ構造をしているの。頭が悪いって言うのは要領が悪いだけ。私のせいにしないで。」


「…ごめんってば。そんなに怒らないでよ。」

「ごめんじゃないよ!約束しといて嘘つき!」



流石に言い過ぎだ。私だって本当は一緒に中学生になりたかったのに、ここまで言われては腹が立つ。

手を硬く握ると、私も反論を始めてしまった。



「やよちゃんに私の何がわかるの?私の気持ちなんて何にもわかんないくせに、勝手なこと言わないでよ!」

「勝手に受験やめた方が勝手じゃん。」

「やよちゃんだって勝手に交換日記サボったりしたじゃん!」

「塾の宿題終わらないから仕方ないじゃん!」

「でも結果的にサボってんじゃん!人のこと言えないでしょ。」



お互い額がくっつくんじゃないかという距離で声を上げる。

弥生ちゃんは歯を食いしばるような表情をした後に言い放った。



「もういい、帰る!好きな中学行けば!」

「自分の中学なんだから自分で決めるよ、やよちゃんなんてもう知らない!」



あれから私たちは、交換日記も回さなくなったし、口も聞かなくなった。

そのまま小学校を卒業し、もう2度と会わないものと思われた。





そんなこともあったなぁ…。

今思えばなんてくっだらない内容だと辟易するが、当時は本当に(はらわた)が煮え繰り返ったのだろう。

弥生ちゃんの誕生日って3月だったと思うが、その時お祝いもしなかったのを覚えている。


私は交換日記に目を落とす。

私の番で止まったまま、本当に逝ってしまっていいのだろうか。

このまま顔を合わせずに、終わりにしていいのだろうか。


「手元にあったらな…。」


そう思った。

私は勉強机に交換日記を広げると、弥生ちゃんが書いてくれた日記の次のページを開く。

シャーペンを出し、一文字目を書き始める。



もう一度だけ、あの子と話したい。ちゃんと仲直りしたい。



そんな気持ちが、私の手を動かしていた。




ミニトマトを箸で掴めないことに苦戦しています。氷室八弥です。(読み方:ひむろやや)

昨日サイゼリヤに行ってサラダを頼んだ時、ミニトマトがフォークで刺せない・箸で掴めないと言うことに苦戦し、食事においての難しさを感じました。

今回、おそらく過去最長だと思います。なろうの中では短い方なのかもしれませんが、ちょっとだけ長くなりました。このお話も終盤になってきて、ちょっとテンション上がってます。

ご意見・ご感想、お待ちしてますー

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