みっつの影ぼうし
※今回には一部、命に関するセンシティブな描写が含まれます。当事者や遺族の方、または現在お辛い状況にある方には刺激が強い可能性がありますので、閲覧には十分ご注意ください。
なお、本作はこれらの行為を肯定・助長する意図は一切ございません。閲覧中に心身の不調を感じた際はすぐに中断し、必要に応じて専門機関等へご相談ください。
「みっつの影ぼうし」楽しんでいただけたら嬉しいです。
教室の中に重苦しい空気が立ち込める
教壇には顔色の悪い担任が立っていた。
「知っている方もいるかもしれませんが、8月19日。名取風香さん、根岸恵麻さん、保泉花音さんが亡くなりました。
皆さんも驚き、動揺していると思いますし…突然のことで辛いと思うのですが…。」
担任の先生の声は少しづつ小さくなっていく。
先生の声が小さくなっているのか、自分が先生の声を聞けていないのか、どちらかわからない。
9月1日。立河市立錦中学校では全校集会が開かれ、命の大切さについて長々と説かれた。
一学期よりさらに少なくなったように見えるクラスの中央には三つの空席。机上には花が手向けられている。
夏休み中に3人が死んだことは周知の事実だ。
クラスでは「3人は自殺した」という噂が広がっている。
3人が永眠して2週間。
私の頭には濃霧がかかったように思考がまとまらず、感情という感情が抜け落ちたようだった。
無情にも時は流れ、人類滅亡まで、残り212日だ。
朝起きて、荷物をまとめて、学校に行って授業を受ける。
帰宅して、宿題を終わらせ、母の介護をする。夕食を作って、お風呂に入ってから眠る。
そんな日々を淡々と繰り返していく。
学校の授業も、美鈴ちゃんの話も、ニュースの音声さえも入って来なかった。
世界が静寂に包まれ、どこか遠くで見ている気分になる。
自分は今、どこにいるのだろう。
「結衣ちゃんっ!」
肩を叩かれた振動と背後からの大声で、私は後ろを振り向く。
そこには眉間に皺を寄せた美鈴ちゃんが立っていた。
「もう、何度も呼んだのに…。流石に聞こえてたでしょ?」
恨めしそうな顔を浮かべ、美鈴ちゃんは距離を詰めてくる。
「…ごめん…。」
なんと答えたらいいのかわからず、蚊の鳴くような小さな声が溢れる。
一転して、同情の表情になった美鈴ちゃんが、私の肩を両手で持つ。
「ねぇ、何かあったでしょ?ずっとぼーっとしちゃってさ。さっきの小テストだって。
…ごめん、チラッと見えちゃったんだけど、何も書いてなかったよね?」
問い詰めてるのか諭しているのか判別のつかない声色で美鈴ちゃんが語りかける。
「…ちょっとね。」
そうとしか言えない。
仮に本当のことを話したとしても、どんな反応をされるのか予想がつく。
「私にも言えないこと?」
美鈴ちゃんはそう言うと、自身なさげに首を垂れる。
「私、結衣ちゃんのこと、全部じゃないけど知ってるよ。悩みがあるなら話して欲しいんだよ。…そりゃ、どうしても無理だって言うなら無理強いはしないけど…。」
私は露骨に目を逸し、逡巡した。
言えたらどれだけ楽だろうかと考えるが、なんと言ったらいいのか、言ったところでどんな反応をされるのかわからない。
「あのさ、結衣ちゃん今日何日かわかる?来年の3月31日までどれくらいか覚えてる?
私、このままずっと結衣ちゃんがこんなふうに最期まで過ごすの嫌だよ。」
言葉が詰まる。
覚えているはずだった。毎日欠かさず数えていたのに、どうして今日に限って出てこないんだろう。
「あと182日でしょう?」
「は…?」と力ない声が放課後の廊下に響く。
そんなはずはない、まだ9月のはずなんだけど…。
ほんのちょっと前まで夏休みだったはずでは…?
「今日って…9月の何日?」
「今日は10月1日でしょ。」
頬が引きつるのを感じた。
美鈴ちゃんが同情と呆れが入り混じった顔をする。
「え、だって、まだ9月のはずじゃ…」
私は慌ててポケットの中のスマホを手に取る。
電源を入れて表示された時刻と日付。
そこには確かに「10月1日」と表記されていた。
「えっ、もう一ヶ月経ったの?」
時間の早れの速さに頭がついていかない。
午睡から目覚めた後に、空が青くなっていた時の焦燥感に近い錯覚に襲われる。
「…覚えてないの?9月の間。」
「うん、ぼんやりとは覚えてるんだけど…。」
記憶の抜け落ち振りにかける言葉が思いつかないのだろう。
美鈴ちゃんはしばらく視線を彷徨わせてから、優しく手を握ってくる。
「んー何があったかはいまいちよくわかんないけどさ、いろいろ大変なんでしょ?
なんでも聞くから、なんでも話してっ。」
あまりにも優しい表情に、日に炙られた蝋燭のように顔がぐにゃりと歪む。
温かい水が頬を伝い、制服に落ちる。
静かに背中をさする美鈴ちゃんの手が、今までないくらい暖かく感じられた。
「あのね、私…。3人が死ぬ時、一緒にいて…。『やめて』って言わなかったんだ。私のせいで…。」
自分でも何を言ってるのかわからないくらい、嗚咽混じりの声になってしまう。
「ニュースで3人の顔見て、授業で話されて…なのに誰もっ、私のことを叱らない、怒ってくれないの。あの子達も、私が帰るって言った時、止めなかった…。笑って、手を握って、どうしてあんな…。
私があの時止めてたら、あの子達はまだここにいたのに…。」
とめどなく溢れる言葉に自分自身が戸惑っていた。しかし、その反面「話せた」という安心感が、私の体温を戻していく。
天井から吊るされていた糸が切れたかのように座り込んだ私は、廊下に手をつき泣き詫びた。
美鈴ちゃんの、湯気のように暖かく静かな声が聞こえてくる。
「大変だったんだね。結衣ちゃん。よく1人で今まで頑張ったよ。すごいと思う。
誰も結衣ちゃんを責めたりしないよ。悪くないもの。」
そういった美鈴ちゃんは、廊下に手をついた私の両手を包み込み、続けた。
「風香ちゃん達もきっと、結衣ちゃんのこと怒ってないよ。笑っていたんでしょう?
それにね、私は何があっても、結衣ちゃんの味方だから。
話してくれてありがとうね。」
「なに変なこと言っちゃってるんだろ私、伝わってる?」と、美鈴ちゃんが首をかしげる。
心の中の後悔と喪失が、淡い安堵感に上塗りされていく。
私がやったのは、おそらく褒められたことじゃない。でも、あの時釣られて逝っていたら、きっとこんな気持ちにはならなかった。
今まで感じたことない不思議な気持ちになりながら、私は小さく頷いた。
冷たく震えていた手が、ゆっくりと温まっていくのを感じていた。
最近重い話が多くて申し訳ないです。氷室八弥です。(読み方:ひむろやや)
いきなり一ヶ月記憶が飛ぶというのは非現実的に見えて、解離してる方にとってはたまにあることらしいです。
流石に一ヶ月記憶飛んだことは私もないので、今いち書いてて腑に落ちないところはあったんですよね。
そして美鈴ちゃん、中3なのだろうか…?
普通の中3はこんな対応できないでしょうねぇ。
自分で書いたものに自分でツッコミを入れてしまう…ちょっと滑稽ですね。
次話はまだ余韻が残るでしょうが、その次にはまたゴメディーチックになりますので、何卒もうしばらくお付き合いくださいませー。
ご意見・ご感想、お待ちしてますー。




