第九十五杯「輝木結衣菜の回想」
「な、なんですかこれ……」
校門前に並んだ、部活の勧誘に結衣菜は戦慄する。
そこに並んでいるのは、去年夏の学校見学会ではやる気なさそうにダレていた人達とは違う、目をキラキラ輝かせた青春まっただ中のリア充達だった。
「一番部活に力入ってなさそうな高校だったから、ここを選んだのに……!」
勧誘の手を振り払い、結衣菜は校門を駆け抜ける。
「そこの君! 是非陸上部に!」としつこい先輩を振り払い昇降口で靴を履き替える。
とんだ計算違いだ。
勉強も部活もやる気なっさそうな生徒ばかりの高校そうだったから、わざわざ家から遠いココを選んだっていうのに……!
「なんでこんな事になってるんですか……!」
その元凶とは、すぐに会えた。
『新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。生徒会長の綾瀬寧音です』
挨拶だけですぐに分かった。
この人だ。
この人がこの学校を変えてしまったんだ。
その後の「すべての学生がうんたらかんたら」とかいう話を聞き流しながら生徒会長の先輩を睨む。
気のせいか、その目がこっちと合った気がした。
しかしすぐに逸れていく。ただ単に1年生全体を見回していただけだろう。
1人1人に語りかけるように何かを話している会長先輩。
結衣菜は毒々しい気持ちで、その整った顔と豊かな体付きを睨んだ。
………
……
…
「それではこれで図書委員の会合を終わります」
入学して2週間。
色々諸々あって、結衣菜は「週1顔を出すだけでいい」という文芸部に入部し、図書委員になった。
部活が盛んなせいか、放課後の図書委員当番をやりたがる人が少ない。
火曜と水曜以外は、結衣菜と2年生の先輩が担当する事になってしまった。
その先輩が、気怠そうに教室を後にしようとしている。
「ちょ、ちょーっといいですかー」
「……何?」
結衣菜と当番が多い先輩が、こっちを振り返る。
整えられたキリっとした眉、にきびのない肌、少し色あせてはいるものの清潔感のある制服。
悪くはない。むしろいい。けれど、なんだろうこの圧倒的なやる気のなさは。
「はじめましてー、1年生の輝木結衣菜ですー。図書委員の当番で月・木・金の放課後大島先輩といっしょになるのでー。よろしくお願いしますー」
「ああ、よろしく」
結衣菜を前にして、男子の反応は2つに分かれる。
好意か、嫌悪か。
大抵の男子は好意を示しデレデレするんだけど、中には嫌悪を見せる男子もいる。まあ仕方ない。
けれどもこの先輩はそのどちらでもなかった。
『興味ない』
視線が、表情が、態度がそう言っていた。
好意を隠すためにそういう態度を取る男子もいるけれど、先輩のこれはガチで興味がないという態度だった。
さすがにこれにはカチンとくる。カチンとくるけど今後いっしょに当番をするんだから関係を作っておかないといけない。
「結衣菜ー、図書委員するの初めてなんで不安なんですけどー……」
「ああ、仕事は当番の日に教えるから。じゃあ」
先輩がそれだけ言って背中を向ける。
「え? じゃあって……」
何なんですかこの人。
結衣菜みたいな可愛い子が不安げな表情浮かべてるのに放置プレイですか?
と思っていたら先輩が振り返ってくる。
「あ、あと名前大島じゃなくて大鳥だから」
「オオトリ?」
「そう、オオシマじゃなくてオオトリ」
「はあ、じゃあこれからは『先輩』って呼びますね」
もうオオシマでもオオトリでもどうでもよくなったのでテキトーに返す。
先輩はやれやれという表情をして、今度こそ去って行った。
「な、なんですかあの人……」
結衣菜は、そのやる気のなさそうな背中を呆然と見送った。
………
……
…
図書委員初仕事の日。
先輩はやる気なさそうに最低限の仕事を教えた後、カウンターで本を読んでいた。
「(マジなんなんですかこの人……)」
ポーズとかではなく、ガチで結衣菜に興味を示さない横顔を見ながら結衣菜は小さく息を吐く。
にきび1つない肌、整った眉。年上の女の気配がする。
恋人か姉かは分からないけれど、どうでもいい。
図書室の窓からは、運動部の活気のある声が聞こえてくる。
マジうざい。マジダルい。マジありえない。
部活にやる気ない学校だったからこの高校を選んだのに。
「(ハ~ア、こんなはずじゃなかったのに……)」
ヒマを持て余し、隣を見る。
さっきまで読んでた本はカウンターに置いて、違う本を読んでるようだ。
どうせ読んでるのはつまんない……
「んんっ? それ、ソード○ートオンラインの最新刊じゃないですか?」
「ああこれ? 図書室の新着本だよ。誰も借りないから読んでるんだ」
先輩が気怠そうに、机に置いた本をこっちに寄せる。
その手に持ってるのもラノベだった。
「先輩って、ラノベ好きなんですか?」
「ああ、まあね」
やる気なさそうな顔に、ちょっとだけ感情が浮かぶ。
「図書室にあるラノベも、図書館にあるラノベも大体読んでるよ。家に持ってるのは『可愛ければ○態でも好きになってくれますか?』ってラノベだけなんだけど……知ってる?」
「『○好き』ですよね、知ってますよ」
「もしかして、ラノベ好き?」
「はい」
意外な所にいた同志に、ちょっとだけワクワクする。
ラノベなんて1年生の子全然読んでないし、『○好き』を持ってるって相当なラノベ好きに違いない。なんせ表紙と内容がラノベの中でもえっちい作品だから……
それから先輩と話をするようになった。
ラノベの話、先輩は生徒会長に抵抗して部活には入っていないという話、その他諸々下らない話。
灰色の学校生活に色がついた瞬間だった。
ここでならあの中学時代の暗闇を振り払えるかもしれない。
そう、思い始めていた。




