第九十四杯「文化祭の話」
「文化祭の話をします」
木曜日の昼休み。
茶道部の部室に集まった僕・輝木さん・板野さんを前に瀬川さんが仁王立ちながら宣言する。
寧音姉は生徒会長の引き継ぎでまた生徒会室だ。
「と、言っても季日南祭の時と同じ野点をしますが今回は変更点がいくつかあります。茶道部の野点は、2日目のみとします」
「え? 1日目はしないの?」
僕の問いかけに、瀬川さんが頷く。
「綾瀬先輩と相談して決めました。1日目は綾瀬先輩が生徒会長最後の仕事をされていてこちらに参加できないのと、皆さんにも文化祭を楽しんで頂きたいからです」
季日南祭の事を思い出したのか、瀬川さんが少し苦い顔をする。
「季日南祭の時は皆さんにご迷惑をおかけしてしまいましたし、2日間かなり大変だったと伺っています」
「それは、まあ……」
「確かに……」
「ですよねー」
あの2日間を思い出し、僕・板野さん・輝木さんが暗い顔を見合わせる。
トラブルがあったというのもあるけれど、あの忙しさ×2日間はかなり大変だった。
野球の試合を1日2試合、それを2日連続でやったみたいなしんどさだった。
「なので今回は2日目だけにして、1日目は自由に楽しんで頂きたいと考えています。それで輝木さんに頼んでおいたのですが季日南祭の時に助っ人に来て頂いた市ノ瀬さん達にまたお手伝いをお願いしたいのですが……」
「あ、はーい。ミソラちゃん達からOKって返事もらってまーす」
前回接客係で助っ人に来てもらった1年生の3人組、市ノ瀬さん・西園寺さん・赤城さんがまた助っ人に来てくれるようだ。助かる。
「それにしてもよくOKもらえたね? あんなに大変だったのに」
「またお茶とお茶菓子で釣ったのと、ミソラちゃんが『やります!』って言えば、すみれちゃんが『しょうがないわね』って言って、早苗ちゃんが『ミソラちゃんとすみれちゃんが参加するなら』ってなりましたー」
輝木さんの言葉に、画が浮かぶ。あの3人は確かにそんな感じだ。なにげに赤城さんがあの3人のまとめ役という感じがしている。
「詳しい話はまた後日しますが、今回はなるべく役割を分担したいと考えています。お茶とお茶菓子の発注は私がしますが、その他の事は皆さんにも手伝って頂いてもよろしいですか?」
「うん、それはもちろん」
「分かりました」
「かしこまりですー」
僕・板野さん・輝木さんの返事に瀬川さんが頷く。
前回は色々任せっきりにしてしまったし、他人を頼るようになったのはいい傾向だ。
「それにしてもー、会長先輩は文化祭まで忙しそうですよねー。受験大丈夫なんですかー?」
「寧音姉は推薦だから大丈夫だよ。小論文や面接の練習もしてるし」
「でも確かに大変ですよね。受験もあるのに生徒会長の仕事もあるなんて」
「まあそれは……、それも文化祭までで終わりだし、本人も承知の上で生徒会長に立候補したんだろうしさ」
推薦入試は文化祭が終わって2週間後。
両立は大変だろうけれど、多分大丈夫だろう。
「板野先輩、どう思います? この男」
「朝の占いが2日連続最下位になって、2日間微妙な気分になればいいのに」
輝木さんと板野さんに何やらジトッとした目を向けられる。何その地味にイヤな出来事。
そんな僕達の前に、瀬川さんが点てた薄茶を差し出す。
「綾瀬先輩の生徒会長としてのお仕事は1日目までで、2日目は新しい生徒会長に任せるそうです。ですので『私の事は心配いらないわ』とおっしゃっていましたが、なるべく負担の少ないお仕事をして頂こうと思っています。よろしいですか?」
「うん、それはもちろん」
「異議ありません」
「しょーがないですねー」
瀬川さんの言葉に、僕達は頷く。寧音姉には負担の少ない受付で案内係でもしてもらう事になるだろう。
「それにしても6月に季日南祭をやったのにまた文化祭ですかー。この学校ってお祭り好きですねー」
「お祭り好きっていうか、文化祭はこの学校の文化系の部活の成果を地域の人達に発表する場みたいな感じらしいよ」
寧音姉に聞いた話を輝木さんに伝える。
季日南祭はクラスの出し物をやっていたが、文化祭ではクラス単位での出し物はない。
生徒達は自由参加だし、受験がある3年生や大会がある運動部はほとんど参加しない。
去年の僕も参加してなかったし。
「だから季日南祭の時より生徒の参加者が少ない分野点に来るお客さんも少ないから大変じゃない……といいな」
「希望的観測ー。いや絶対忙しくなるでしょー」
確かにお茶とお茶菓子が500円で頂けるなら僕だって参加したくなるかもしれない。
「でもまあ1日だけだから頑張ろうよ。季日南祭の時の経験もあるし、市ノ瀬さん達も来てくれるんでしょ?」
「まーそりゃそうですけどー。……莉子先輩、1日目は皆お休みでいいんですよね?」
「はい。全員自由行動という事で構いません」
「じゃあ結衣菜とデートしましょー!」
「デート、ですか?」
「はいー。いっしょに文化祭回りましょう! いっしょにライブ観たりー、いっしょに美術部のブース回ったりー、いっしょに『休憩』したりー。……ゲフフ」
「かしこまりました。一緒にでーとしましょう!」
『休憩』のニュアンスに不穏な物を感じるものの、美少女2人で文化祭1日目を楽しむ事になったようだ。
まあ、先を越されたという気はしなくもないけれど。いや、誘う勇気はないんだけどさ……
「先輩と板野先輩もいかがですか? 結衣菜達とご一緒しませんか? ミソラちゃん達も誘うつもりなんですけどー」
と、思っていたら声をかけられた。どうやら野点に参加する面々で文化祭を回ろうという事らしい。
「ああうん、お邪魔じゃなかったら参加するよ」
「私は遠慮します。1人で回りたいので」
僕は頷き、マイペース板野は断った。断んのかよ。
しかし輝木さんは気にしない様子で頷いた。
「それじゃー、結衣菜と莉子先輩、ミソラちゃん達とおまけの先輩で文化祭1日目を楽しみましょー。楽しみですねー」
さりげなく寧音姉は外されてるけど、1日目は生徒会長の仕事があるからだろう。
そうだよね?
こうして僕達は文化祭1日目をいっしょに回る約束をした。
しかしその約束は、果たされる事はなかった。
この日の夜に、中学時代の輝木さんが起こした暴力事件がSNSを中心に広まったからだ。




