第九十三杯「ぼっち・ざ・でーと④」
「大鳥くーん、お待たせしましたー」
手を振りながら、バスから降りたセーラー服姿の瀬川さんが横断歩道を渡ってやってくる。
どこにでもある紺のセーラー服、どこにでもあるショッピングモール、なのに彼女が降り立つだけでまるで青春ドラマのワンシーンのようだ。彼女の周りだけキラキラ輝いているかのように見える。
「フウ、早かったですね」
「自転車だからね。それにそんなに待ってないよ。僕もさっき来た所だったから」
時刻はまだ3時前。映画まであと30分以上ある。
放課後すぐに来たけど、早く着きすぎてしまったかもしれない。
「では、TOHOシネ○ズに参りましょうか」
ちょっとお茶でもと言おうとした矢先に、瀬川さんがそう言ってショッピングモールへ進んでいく。
いつものお団子頭が、いつもより弾んでいる気がする。よっぽど楽しみなのだろうか。
2人でエスカレーターに乗り、3階にあるTOHOシネ○ズへ向かう。
途中で僕らのように制服姿の中高生達が目に入る。
男子同士、女子同士、男女カップル。仲睦まじい姿に思わず目を逸らす。
そうこうしている内に、3階に着いた。
「わあ……っ! 見て下さい大鳥君、TOHOシネ○ズですよ」
「TOHOシネ○ズだね」
当たり前の事を言っている瀬川さんがキラキラ目を輝かせている。
薄暗い館内、入り口前のパネル、並べられた予告チラシ、上映する映画と時刻を表示しているディスプレイ、チケットを発行する発券機、ポップコーンやドリンクを販売しているカウンター。茶室のように非日常の空間が広がっている。
「大鳥君、早く早く、いい席を確保しましょう!」
瀬川さんが、興奮気味に僕の手を引きながら券売機へ歩き始める。
どうやらいい席で観たいからまっすぐ来たようだ。
券売機でチケットを読み取り、瀬川さんが迷いなく真ん中の列の、真ん中左の席を押す。
いわゆるベストポジションの席だ。
僕もチケットを読み取り、瀬川さんの席からひと席空けた席を押そうとしたけれど意識しすぎかと思い隣の席を押す。
それにしても……
「ガラガラだね」
「そ、そうですね。公開されてひと月以上経っているからでしょうか」
なぜか右端下の2席が埋まっている以外は、座席指定の画面はまったく埋まっていなかった。ほぼ貸し切り状態だ。
「時間もありますし、あちらで座って上映まで待ちましょうか」
「そうだね」
瀬川さんに促され、館内のソファに座る。
「……」
「……」
そして案の定無言になる。
ぼっち大鳥とぼっち瀬川が2人になるといつもこうだ。
しかし気まずくはない。
映画の予告編が流されているディスプレイを見ながら、自然と時間が流れる。
「大鳥君、あちらでポップコーンを買いませんか?」
そのまま10分くらいしてから、瀬川さんがカウンターを手で指しながらそんな事を言い出した。
「ポップコーン?」
「はい、2人でお金を出して、半分こしませんか?」
ポップコーンは単品で500円。2人で割れば250円だからちょうどいい値段だ。
それに映画中にお腹が鳴ったりしたら恥ずかしいし、いいかもしれない。
「うんいいよ。味は瀬川さんが好きなのを選んでいいよ」
「はいっ」
瀬川さんが、弾む足取りでカウンターへと歩き始める。可愛い。
期間限定っぽいみそ味や有名なお菓子味もあったが、彼女は迷わずキャラメル味を選んだ。
250円ずつ出し合い2人でポップコーンを買う。
「お待たせしました。ただいまからスクリーン8番の入場を開始します」
ポップコーンを受け取った所で、そんなアナウンスが流れる。
「大鳥君、参りましょうっ」
「うん」
瀬川さんに促され、2人で入り口へ向かう。
チケットを渡し、特典らしいステッカーを受け取り中へ進む。
赤い絨毯、
色んな映画が上映されてるスクリーンの扉から漏れ出る迫力のある音声、スクリーンの暗い入り口に胸が高鳴る。
瀬川さんの後をついていきながら、スクリーン8番に入る。
階段を上り、真ん中の列の真ん中の席に並んで座る。
「大鳥君、ポップコーンをどうぞ。遠慮なさらないで下さいね」
「うん」
瀬川さんに促され、ポップコーンを摘まむ。
出来たてのポップコーンは熱く、香ばしくて、キャラメルのフレーバーよりもポップコーンそのものの味と香りが口の中を満たした。
瀬川さんも、上品にポップコーンを摘まんでいる。
――――――人を好きになると、その人の事をドンドン好きになってしまうのはなぜだろう。
一挙手一投足に目を引かれ、ドキドキし、より好きになる。
そうして益々、恋という名の沼に引きずり込まれてしまうのだ。
「……」
つややかな唇が目に入る。
あのキスの意味は一体なんだったのだろう。
今も1つのポップコーンを2人で共有してるけど、彼女はどう思ってるんだろう?
いや、そもそも本当にキスしたのか?
あれって実は夢だったんじゃないのか?
ただ1つ言える事があるとすれば、僕は彼女の事を好きになってしまっているという事だ。
二度目の恋の相手は、初恋の相手と瓜二つの女の子。
けれども彼女とあの子は違う。
僕が彼女を好きになったのは、あの子と顔が瓜二つだからじゃない。
彼女が、彼女だからだ。
予告編が始まった所で、お手洗いに行く。
僕が戻ってきたタイミングで、彼女も席を立った。
座席には僕と彼女の他に、数名がポツンポツンと座っているだけ。
時間も平日の午後だし、映画も公開されて日が経っているしこんなもんかもしれない。
瀬川さんが戻ってきたタイミングで、予告編が終わるという動画が流れ照明が暗くなる。
いよいよ、映画が始まる。
彼女が身を乗り出したのが、暗闇の中でも分かった。
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「んん~っ! 面白かったですね!」
「そうだね」
腕と身体を伸ばしながら、瀬川さんが赤い絨毯の上を歩く。
お団子頭が上下にピョコピョコ弾み、振り返った顔の口角が上がったニコッとした笑みが浮かんだ。
「大鳥君は、どちらのシーンが面白かったと思いますか?」
「主人公とヒロインが別れ話をするシーンかな。2人は深刻な話をしてるのに、後ろで普通にスマホをいじって歩いてる人がいたり、ボール遊びをしてる子ども達がいたりして、その対比が面白かったよ」
「あのシーンですか。私はそこで流れてる音楽が良かったです。ストリングスと鉄琴のシンプルな構成が利いていましたね」
同じシーンを見ていても、注目する所が違う。
僕と彼女は違う人間だから当たり前なんだろうけど、そこが面白いと思った。
2人でゲートを出て、入ってきたソファやフードのカウンターが並ぶ場所に戻る。
非日常から日常へ戻る空間。けれどもまだ映画の世界の中にいるような気分だった。
「大鳥君、もしよろしければこちらのカフェで映画のお話をしませんか?」
それは瀬川さんも同じようで、半券サービスの割引をやっているカフェの宣伝を指さしながらニコッと笑う。
「いいね。せっかくだから利用しようか」
「はいっ。ですがその前に……」
「その前に?」
「こちらでゲームをしませんか?」
瀬川さんが、半券サービスでクレーンゲームが1回無料になるゲームセンターの方を手で指した。
………
……
…
「うーん、どれにしましょうか……」
クレーンゲームの台を吟味しながら、瀬川さんが難しい顔をしている。
「瀬川さんって、クレーンゲームするんだね」
「転校前の学校で、吹奏楽部のパートの子達とこういったゲームセンターに行っていたんです。お母様と映画を見た後にもよくしてたんですよ」
チョコ味のお菓子に目をつけたようで、瀬川さんがゲームセンターの人に声をかける。
慣れている感じだ。
ゲームセンターの人が機械を操作し、アームが動き始める。
彼女は礼を言ってから、ボタンでアームを操作し始めた。
「てやっ!」
可愛らしいかけ声を上げて、瀬川さんがアームを降ろす。
アームは景品の箱に引っかかったものの、あっけなく外れてちょっと動かしただけだった。
「あー……、ダメでした……」
瀬川さんがしょんぼり肩を落とす。可愛い。
「次は大鳥君の番ですよ。どの景品にしますか?」
「あー……じゃあこれで」
瀬川さんと同じクレーンゲームの台を選び、店員さんに声をかける。
お菓子の箱を持ち上げてゲットするタイプだ。上手くフタの溝にアームの爪を入れないといけない。
前後に移動するボタンを操作しながら、側面に周り位置を確認する。
そしてアームを降ろした。
「あ! いけそうです! そのまま! そのまま! ……あーっ」
持ち上がったお菓子の箱に、瀬川さんが興奮を示すけど、あっけなく落ちてしまい落胆の声を上げる。
しかしそこで、奇跡が起こった。
まるでピ○ゴラスイッチのように落ちた箱が他の箱に当たり、その箱が動いてまた別の箱に当たり、その箱がまた別の箱を動かして、最終的に2箱が穴に落ちていく。
「す、すごいです! 大鳥君、狙ったんですか!?」
「いや、たまたまだよ。まさかこんな事になるなんて……」
取り出し口に落ちてきたお菓子の箱2箱を手に取りながら、瀬川さんに差し出す。
「はい、瀬川さん」
「ありがとうございます! でもこちらは茶道部の皆で頂くように獲るつもりだったので、大鳥君が1箱持って帰られて下さい」
「え? いいの?」
「はい。2箱獲った事は、私達だけのヒミツにしましょう」
瀬川さんが人差し指を桜色の唇に当てて、イタズラっぽく微笑む。
「(惚れてまうやろーっ!!!)」
心の中で、大声で叫ぶ。
なんだこの可愛い生き物は。彼女がいれば世界中の争いはすべて終わるんじゃないだろうか。
「そ、そうだね。じゃあこれは僕が頂くよ。寧音姉にはすぐバレちゃいそうだけど」
「あ、そういえば家がお隣同士でしたね。……綾瀬先輩は、よく大鳥君のおウチに来られるんですか?」
「親の帰りが遅い時だけね。週に1日くらいかな?」
「そうなんですね……」
瀬川さんが、頭のお団子をクシクシしだす。どうしたんだ?
「そ、それじゃあカフェに行こうよ。飲み物無しでポップコーン食べちゃったから、喉渇いちゃったから」
「そうですね。では参りましょう」
瀬川さんに続いて、1階へ降り半券で割引サービスをしているカフェに入る。
「アールグレイミルクティーをお願いします」
彼女が意外にも、タピオカ入りのドリンクを頼む。
僕も同じ物を頼んだ。
すぐに2つドリンクが出てきて、僕達はそれを手にソファーの席に向かい合って座った。
「瀬川さんも、こういうの飲むんだね」
「はい。私も今をときめく女子高生ですから」
今をときめく女子高生にしては、時折古い言葉遣いをするけどそこは黙っておこう。
しかし普段は抹茶色のお茶ばかり飲んでいる彼女がこういう飲み物を飲んでいるというのは新鮮だ。
タピオカとミルクティーをストローで吸い込み、彼女が楽しげな表情を浮かべる。
本当に可愛い人だ。きっとモテてるんだろうな……
瀬川さんが映画の話をし始める。
あの俳優さんは前にこういう映画でこんな役どころを演じていたから、今回の映画はそのイメージと真逆で驚いた。
あのシーンのカメラワークは背景を映したけど、このシーンのカメラワークでは俳優のワンカットにしていた。
あそこのシーンの音楽は、序盤に流した音楽と同じだったなど、楽しげな様子で話している。
輝木さんや板野さんは気にしてたみたいだけど、心配なさそうじゃないか。
もちろんまったく落ち込んでない訳ではないだろうけれど、彼女はきっとおばあさんの事を乗り越えている。僕には、そう見えた。
30分くらい話しただろうか。瀬川さんが「そろそろ帰りましょうか」と言いだし席を立つ。
名残惜しいけれど仕方ない。彼女には門限もありそうだし。というか、今日僕と映画を観に行くという事をあのお母さんに話しているだろう。会う機会があるかどうかは分からないけれど、今度会った時が怖いな……
ショッピングモールの入り口を出た所で、バスが停留していた。
「あ、バスが来てますね。では大鳥君、今日はこれで」
「うん、じゃあ明日また学校で」
「はい」
瀬川さんがバスへと駆けていく。
乗り込む直前にこちらに振り返り、ニコッと笑って小さく手を振る。
僕も小さく、手を振り替えした。
お団子の後ろ頭を見ながら、フウと息を吐く。
うまくやれていただろうか。
彼女に恋心を悟られなかっただろうか。
この気持ちを、この思いをどうするかは決めかねている。
でも少なくとも今は違う。
悲しい事があったばかりの彼女に好きだと伝えるのは、タイミングが読めてないとしか言いようがない。
発車するバスを見送ってから、自転車を停めている駐輪場へと向かう。
僕の自転車の周りは乱雑に他の自転車が停められていて、引っ張り出すのに苦労した。




