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さどうぶっ! ~転校生の茶道部部長が、初恋の女の子に瓜二つだった件~  作者: アブラゼミ
よんはいめ「彼女が転校した理由」

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第九十杯「おしまいにいたします」

 腰掛待合に現れたその人は、凜とした姿の人だった。


薄紫色の着物を着て、瀬川さんのお母さんに身体を支えられていてもなお、しゃんと自分の足で立っている人だった。


その澄み切った目が、僕に焦点を結ぶ。




「どちら様ですか?」


「お母様。こちらは季日南高校茶道部の方です。本日の茶会を見学に来られたのですよ」



 瀬川さんのお母さんが、僕の代わりに説明してくれる。


おばあさんは、小さく頷いてから僕に向けて草の礼をした。



「そうですか、是非勉強なさっていって下さい」


「は、はい! よろしくお願いします!」




 この前会った時より厳しい雰囲気を醸し出している。


今日は瀬川さんが亭主を務める茶会の日。


瀬川さんのおばあさんは、季日南高校茶道部部長の亭主としての腕前を見るという話で今回の茶会に参加している……らしい。


お母さんに支えられ、おばあさんが茶室へ歩みよる。


病気のせいか痩せているけれど、後ろ姿もしゃんとしている人だ。


一本強い芯が通っている人だと感じる。




 おばあさん、お母さんに続いて僕も狭いにじり口から茶室に入る。


前に入った時と同じ、薄暗い空間が広がっている。


次第に目が慣れていき、中の様子が見えてくる。


床の間でおばあさんが掛け軸と花の拝見を始めている。


掛け軸には達筆な字で『一期一会』と書かれていて、花は何か色々飾られている。


おばあさん、お母さんに続いて僕も床の間を拝見し、客間に座る。


僕の座る位置は末客といって、茶会の進行を助ける役だ。



「あそこの障子を閉めてきてください」


「は、はい」




 次客を務める瀬川さんのお母さんに言われ、障子を閉めに行く。


学ランの内側に、じっとり汗が流れる。


こんな大事な役目を、何で僕なんかに任せたんだろう。


瀬川さんの意図を図りかねる。でもやるしかない。


しかしお母さんが小声でアドバイスしてくれて助かる。


迎えに来た時も思ったんだけど、何か友好的というか、歓迎ムードというかそんな空気感を感じる気が……いや、多分気のせいだろう。


そこに本日の亭主を務める瀬川さんが現れた。




 髪型はいつものお団子頭。そこにオレンジ色の花飾りがついたかんざしを挿している。


山吹色の着物は秋の到来を思わせ、彼女にとてもよく似合っていた。


その表情は少し緊張気味だけど、正座をするといつもの彼女の美しい真の礼が出た。


僕らもそれに真の礼を返した。




「本日のご趣意は」




 枯れているものの、芯の強さを感じさせる声が茶室に静かに響く。


それに僕と瀬川さんのお母さんの背筋が思わずといった感じで伸びる。


ただ1人、瀬川さんだけが堂々とおばあさんをまっすぐ見ていた。




「私の成長を見て下さい」




 おばあさんの眉が上がり、その目が瀬川さんを見る。




「成長、ですか」


「はい」


「いいでしょう、あなたの成長とやらを見せていただきましょう」


「……はい」



 おばあさんの言葉に、瀬川さんが力強く頷く。


瀬川さんが、お茶菓子が入った菓子鉢を持ってくる。




「お菓子をどうぞ」


「お相伴いたします」




 正客のおばあさんが瀬川さんに向けて真の礼をする。




「お先に」



 それから次客のお母さんに一礼し、差し出された菓子鉢を軽く持ち上げ感謝の意を表す。


そして懐紙に自分の分のお茶菓子を取った。


次客のお母さんがお茶菓子を取り、僕に回してくる。


『たちばな』のおはぎだ。おばあさんも好きだと言っていたこのおはぎをお茶菓子に選んだ瀬川さんの気概が伝わってくる。




「薄茶一服さしあげます」




 瀬川さんが、美しい所作で真のおじぎをする。


いつもどおりの瀬川さんだ。所作も佇まいも、美しい。


おばあさんは、そんな瀬川さんをジッと見つめていた。




 瀬川さんが、帛紗を使って道具を清め始める。


腰の帛紗を左手で取り、さばいたら棗から清める。


そして帛紗をさばきなおして、茶杓を清める。




 一回目、二回目は横を拭きながら手前に、


三回目は向こうへ拭ききる。僕はまだ覚え切れていない手順だ。


これを美しい所作でマスターしている彼女は、どれほど稽古したのだろう。




「……」




 おばあさんは何も言わない。


ただピンと背筋を伸ばして瀬川さんの所作を見ている。


その佇まいは、1本の刀を思わせた。




 帛紗を持った右手で瀬川さんが、釜の蓋を閉め茶杓で茶碗にお湯を入れる。


帛紗を置き、右手で茶筅を取る。




「……」


「……」




 当たり前だが、誰も何も喋らない。


瀬川さんのお母さんですら、緊張しているようだ。


息をする事すらためらわれるほどの空気が、茶室に漂っていた。


しかし瀬川さんは、そんな事を感じていない様子で茶筅通しを始めた。




 お茶碗に左手を添えて、右手に持った茶筅を真横から入れる。


茶筅を親指を上にして持ち替えて、上に持ち上げて茶筅を静かに持ち上げ、穂先を確かめるように目を落とす。



 ……なんでこんな細かい手順があるんだろう。始めた頃はそう思っていた。


でも今なら分かる。


決められた手順で作法をする彼女の姿は、息をするのも忘れそうなほど美しかった。




 瀬川さんが茶筅を持って、サラサラと茶碗をすすぐ。


くるりと『の』の字を書くようにしたら、持ち上げた茶筅は棗の右横に置く。


瀬川さんが茶碗を右手で持ち、左手に渡して建水にお湯を捨てる。





 1つ1つの所作が、どれも自然で美しい。


けれどおばあさんの目にはどう見えているのだろう。


隣を窺ってみたい。


でもそんな事、この雰囲気ではできそうもなかった。




 瀬川さんがお茶を点て始める。


頑張れ、頑張れ。


声に出さずにエールを送る。


どうか届いて欲しい。彼女がおばあさんのために頑張ってきた思いが。




「お茶をどうぞ」




 瀬川さんが、薄茶の茶碗をおばあさんに向けて差し出す。


おばあさんが、自分の次客のお母さんの間に茶碗を置いて、「お先に」と挨拶する。


それから茶碗を縁内膝の前に置いて「お点前ちょうだい致します」と瀬川さんに向けて挨拶する。


茶碗を左手に乗せ、右手を添えて軽く押しいただき感謝の意を表す。


その姿は、美しかった。


おばあさんが、薄茶を四度に分けて頂く。


おばあさんは空になった茶碗を手順通りに拝見した後、茶碗を静かに畳に戻し、亭主へ返した。


それから次客である瀬川さんのお母さん、末客である僕もお茶を頂く。


僕が最後の一口を飲み終え、茶碗を返し、瀬川さんがそれを確認する。




「どうぞ、おしまいください」




 自分でも驚くほど、声は震えていなかった。


瀬川さんが真の礼をする。



「おしまいにいたします」




 瀬川さんが、茶道具を片付け始める。


その間、おばあさんは何も言わずにピンと背中を伸ばし前をじっと見ている。


茶道具を片付けた瀬川さんが、茶道口を出て、しばらくしてから戻ってくる。


そして、おばあさんの前で正座した。




「……」


「……」





 緊張の面持ちで、瀬川さんがおばあさんの言葉を待っている。


静かな茶室に緊張感が走る。


僕も、瀬川さんのお母さんも、息をする事すらためらわれるほどの空気が流れていた。


そして――――――





「見事なお作法とお茶でした。よくお稽古されていますね」


「……っ!」




 おばあさんの言葉を聞いた瞬間、瀬川さんの目から涙がこぼれ落ちた。


きっと一度もかけられた事のなかった褒め言葉なのだろう。


瀬川さんが深々と真の礼をする。




「ありがとう、ございます……!」




 ポタっ、ポタっと畳に涙が落ちる音が聞こえる。




「これからも精進なさってください」


「はいっ……!」




 おばあさんが頭を下げている瀬川さんをやさしい目で見つめている。


それを見て思った。


おばあさんの厳しさは、やさしさだったんだと。


この人はやさしいから厳しくしていたんだと。


おばあさんが立ち上がり、お母さんがその身体をすぐに支える。


そしてにじり口へと向かって行った。


にじり口についた所で、お母さんがこちらを振り返る。


その目が真の礼をし続けている瀬川さんからズレて、僕と合う。




『ありがとうございました』




 口がそう動き、瀬川さんのお母さんが立ったまま真の礼をする。


僕は慌てて真の礼を返した。




『ごうかく』




 お母さんの口がそう動き、ニコッと笑った後おばあさんの身体を支えながら茶室を後にする。


瀬川さんは、真の礼を続けたままだった。


その瞳から、ポタッとポタッと大きな雫が落ち続けている。


9月の、まだ残暑が残る日の事だった。

これで第4章は完結です。

次回更新は10月2日です。

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