第九杯「入部祝い」
茶道部の入部届に、自分のクラスと名前を書く。
それを転校生にして初恋の女の子に瓜二つの茶道部部長、瀬川さんがワクワクした様子で待っている。
まるで子犬のようだ。しっぽがついていたならブンブン振っているだろう。
どれだけ新入部員を待ちわびてたんだろう……
書き上げた入部届を、瀬川さんが丁寧に、これまた美しい所作で受け取る。
そして可愛らしい笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます! 入部祝いと言ってはなんですが、お茶とお茶菓子をご用意しています! 是非召し上がっていって下さい!」
「は、はあ……。頂きます」
喜ぶ瀬川さんに、ドキドキしながら僕は頷く。
体験入部で済ませるつもりだったのに、入部する事になってしまった。
でもこんな可愛い子の淹れたお茶とお茶菓子を頂けるなら、むしろお金を払ってもいいくらいだしいいか。
瀬川さんが、畳の上に置かれていた釜?だろうか。そのフタを開けてお湯を柄杓で茶碗に入れる。
それから僕に向けて何かのお皿を差し出してきた。
「お菓子をどうぞ」
なんとなく正座したままだったから、痺れている足を少し動かしてお皿を受け取る。
「あ、ありがとうございます」
お皿の上には、子供が描いたような魚の形をしたお菓子が載っていた。
「これ、何てお菓子ですか?」
「『若鮎』と言います。この季節の和菓子で、アユの形をしたカステラ生地の中にあんこと求肥が入っています」
「ぎゅうひ?」
「白玉粉で作ったお団子の事です」
無知な僕に向けて瀬川さんが、ニコッと可愛い笑顔で答える。
作った笑顔ではなく、自分の好きな物を説明するのが楽しいと言った表情だ。きっと和菓子が大好きなんだろう。
そのまま僕をジッと見てくる。
なんだろう?
「どうぞ、お召し上がりください」
「は、はい」
どうやらお菓子を食べるのを待っていたようだ。
僕は瀬川さんに頭を下げ、お皿の上に載っていたお菓子を切る道具で若鮎のしっぽの部分を切って1口食べた。
それを見て瀬川さんが、茶碗を手に取った。
瀬川さんが、茶碗のお湯をわっぱのような容器に捨て、白い布で茶碗を拭いた。
それから朱色の容器を手に取り、耳かきのような道具でお茶の粉を掬う。
二度ほど掬って茶碗に入れたら、茶碗の縁を少しだけ打って多分お茶の粉を落とし、朱色の容器の蓋を閉め、耳かきのような道具を元に戻した。
――――――美しい。
僕は思わず、見とれてしまっていた。
彼女の所作は、ピンと伸びた背筋から指先まですべてが美しかった。
きっと何年も、何百回も何千回も稽古を繰り返してきたのだろう。
その積み重ねと、彼女の情熱が垣間見えた。
この子は、茶道に真剣なんだ。
家が茶道教室か何かなのだろうか。聞いてみたいけど真剣にお茶を点て始めた彼女に聞くのは恐れ多い気がした。
ズィーズィーという音を立てながら、竹でできたブラシのような道具で茶碗をかき混ぜた彼女が、美しい所作でお茶を差し出してくる。
「どうぞ」
「い、いただきます」
僕は茶碗を受け取ろうとして――――――
ペシっと、扇子で手を叩かれた。
「へ?」
痛くはないけど、ビックリして見ると、瀬川さんが険しい表情をしていた。
「『お点前てまえちょうだいいたします』です」
「へ?」
「『いただきます』ではなく、『お点前ちょうだいいたします』です。そう言って亭主に挨拶をするのがお作法です」
「亭主?」
「茶の湯に招いた人です。ここでは私です」
「は、はあ……『お点前ちょうだいいたします』」
僕が頭を下げると、瀬川さんが無言で美しい所作で頭を下げる。
僕はそれを確認して茶碗を手に取り……
ペシっと、扇子で手を叩かれた。
「左手で茶碗を取ってはいけません。右手で取った茶碗を左手で受け、右手をそえておしいただくのです」
「は、はあ……?」
「私の真似をしてください。このように、です」
「は、はい……」
見よう見まねで、瀬川さんのように茶碗を手に取る。
けれどもダメだったらしく3度ほど直される。
そうしてようやく茶碗を手に取れたと思ったら、瀬川さんが僕の隣に並びレクチャーをし始めた。
「手に取ったら、茶碗の正面をさけて飲むため茶碗を回します。右手で茶碗の12時の所をつまみ、3時の所まで……」
手振りを交えながら蕩々と話し続ける瀬川さん。
その姿を見て、寧音姉の言っていた彼女の『問題』と、体験入部に来た生徒が全員茶道部に入部しなかった理由とやらが分かってしまった。
この子、作法に厳しすぎるんだ……




