第八杯「瓜二つ」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
転校生にして茶道部部長、瀬川莉子が顔を上げる。
似ている、なんてレベルじゃない。
頭のてっぺんでお団子にした明るい茶髪だけ違うけど、
それ以外は僕の初恋の相手、
僕が中学3年間思い続けていた相手、椎名莉心と瓜二つだった。
双子どころか、同一人物だと言われても信じてしまうだろう。
「? 私の顔に何かついてますか?」
「い、いや……」
食い入るように見てたせいだろうか、瀬川さんに怪訝な顔をされてしまった。
でも目が離せない。
大きな茶色い瞳から、
整った形の眉から、
薄桃色の唇から、
何から何まで彼女に瓜二つだ。
動揺を振り払うように、とりあえず挨拶をする。
「え、えっと。はじめまして。2年1組の大鳥裕樹です」
「大島君ですね。生徒会長さんからお話はお伺いしています。茶道部に入部して下さるとの事で、ありがとうございます!」
瀬川さんが、また両手を畳について美しい礼をする。
美しい人だ。
外見はもちろんだが、所作も、声も、使っている言葉も。
その丁寧なしゃべり方が、またあの子を連想させた。
そしてまだ会って数分も経っていないけど、心まで美しい人なんだろうなと窺わせた。
感謝感激しているらしく、まだ頭を下げている彼女に僕も慌てて畳の上に正座し頭を下げる。
「こちらこそよろしく……」
「はい、よろしくお願いいたします。では早速、こちらが入部届に……」
「って、ちょっと待って!?」
差し出された入部届の前に、慌てて両手を出す。
それを見て瀬川さんが、キョトンとした表情をした。
「僕は今日、体験入部に来ただけだから」
「え?」
「その……寧音姉、生徒会長に言われて体験入部に来ただけで、実際に入部するつもりは……」
「入部、して下さらないんですか……?」
瀬川さんが、整った眉をハの字に下げて目をうるませる。
「は、はい。あくまで体験入部に来ただけで……」
「そんな……! 入部して下さるとお伺いしてましたのに……」
何やら食い違いがあるようだ。
瀬川さんは僕が入部してくれるものと思い込んでいたらしい。
寧音姉の奴、どんな話をしたんだ?
瀬川さんがウルウルした目で僕の目をジッと見てくる。
「うっ……」
そんな瞳で、いやあの子と瓜二つの顔で見つめるのは、ズルい。
その顔で見つめられたら……
「入部、します……」
「え?」
「気が変わりました。茶道部、入部します……」
「ありがとうございます! これで廃部阻止にまた一歩近づきました!」
僕の両手を両手で握り、瀬川さんが可愛らしい笑顔を浮かべて喜びを表現する。
か、可愛い……。
それに手が、柔らかくて温かい。
心なしかいい匂いもする。
胸の鼓動が早くなり、体温が一気に上がっていくのを感じる。
熱い。
こんなにドキドキするのは、いつ以来だろう。
何とか気持ちを落ち着かせようとする僕に、瀬川さんが1枚の紙を差し出してくる。
「では大島君、こちらの入部届にクラスとお名前を……」
「あ、大島じゃなくて大鳥です。『おおしま』じゃなくて、『おおとり』」
「し、失礼しました! お名前を間違えてしまうなんて!」
「い、いや、よくある事ですから……」
深々と頭を下げる瀬川さんに気にしないよう言う。
とある図書委員の後輩なんかは『じゃあこれからは「先輩」って呼びますね』と投げやりに言ってきたし。
「大鳥君ですね。『おおとり』君……。はい、覚えました。次からは間違えません」
僕の手を放し、大真面目な表情で右手の指で左手の甲に僕の名前を指で書く瀬川さん。
柔らかさとぬくもりが離れ、残念な気持ちもあるけれどちょっとだけ気持ちが落ち着く。
彼女に向けて、僕は言っておかないといけない事を言っておく。
「あ、あの、入部すると言っても、僕はその、図書委員の仕事があるので週1、2回しか来られないんですが……」
「はい。生徒会長さんからお伺いしています。図書委員のお仕事がない日に来て頂いて、茶道部の活動に参加して下されば十分です」
そこは寧音姉からちゃんと話を聞いてるようだ。
ならちゃんと体験入部だって話もしておいて欲しかったけど……
「では大鳥君。こちらの入部届にクラスとお名前をお願いします」
「は、はい」
流されて入部するって言っちゃったけど、まあ週1、2回くらいならいいだろう。
彼女も理解してくれてるみたいだし……
差し出された入部届とボールペンを受け取り、カバンの上で入部届に自分のクラスと名前を書く。
こうして僕は、初恋の女の子に瓜二つの転校生が復活させた茶道部に入部する事になってしまった。




