第八十七杯「ひげを剃る。そして女子校生に相談する」
「ゴメン、待ったー?」
「いえー、今来た所ですー」
まるでデートの待ち合わせのようなやり取りだが、その場所は学校の図書室の前だ。
金髪ショートボブの輝木さんと、数名の生徒達が本を持って待っている。
鍵を開けて、カウンターに座り輝木さんと2人で本の返却を受け付ける。
すぐに仕事がなくなった。
「ヒマですねー」
「ヒマだね」
木曜日の放課後は、いつもよりも利用者が少ない。
グラウンドの声がどこか遠くに聞こえる。僕らだけ、誰もいない世界に取り残されたみたいだ。
「先輩先輩、何読んでるんですかー?」
しばらくタブレットでカツカツ何か作業していた輝木さんが、こっちに問いかけてくる。
「『ひげを剃る。そして女子校生を○う。』」
「わお。また学校で読むにはギリギリアウトなもの読んでますねー」
ちょっと前にアニメ化もされた片想いした相手にバッサリ振られたサラリーマンが、路上にうずくまっていた女子高生を拾う所から、奇妙な関係の同居生活が始まる物語だ。
えっちいシーンもあるし、確かに学校で読むにはギリギリアウトな作品かも知れない。
「実際どうですか? 可愛い女の子から『○らせてあげるから泊めて』って言われたら」
「ちょっと悩んでから断る」
「正直ですねー」
正直悩むだろうけど、さすがに断ると思う。
「じゃあ結衣菜が『○らせてあげるから泊めて』って言ったらどうしますー?」
「寧音姉の家に泊めるよ。ていうか寧音姉が嗅ぎつけて来るだろうね」
「うわー……まあそうなるでしょうけどねー」
当然の答えに輝木さんが顔を顰める。
輝木さんを家に連れ込んだ時点で嗅ぎつけて引っ張っていくだろう。合掌。
「それにしてもなんで『ひげを剃る。そして女子校生を○う。』読んでるんですかー?」
「……ちょっと、問題が起きててね。色々考えたくって」
「問題?」
「まあ色々……」
「せっかくだからヒマつぶしに結衣菜に話してみて下さいよー」
「ヒマつぶしにって……」
「スバラシー答えは期待しないでもらいたいですけど、話すだけでも楽になるかもしれませんよ?」
「……」
輝木さんに言われ、確かにそうかもしれないと考える。
ちょっと軽い所はあるけど、人にペラペラ話すタイプじゃないだろうし。まあ人名や詳しい所はぼかして話せばいいだろう。
「実は……」
輝木さんに人名やなんやをぼかして、知り合いの話という体で話す。
すべて聞き終えた輝木さんが、ウンウン頷く。
「板野先輩がかるた部を辞めて、茶道部も辞めそうって話ですかー。それは問題ですねー」
……しかしあっさり見抜かれ、実名まで出されてしまう。
「輝木さん、この事は……」
「あー、はいはい。誰にも話しませんよー。こう見えて言っていい事と悪い事は区別ついてるんでー」
顔の前で手をフルフル振られる。
まあ、信じてよさそうだし信じるしかない。
「板野先輩、まだ退部届は出してないんですよね?」
「……ああうん、瀬川さんはそう言ってたよ」
あれ以来ずっと部室に来ていない板野さん。
今日のお昼に瀬川さんに聞いたけど、退部の話はまだされてないそうだ。
それはきっと……
「莉子先輩に引き留めて欲しいか、謝って欲しいかって所ですか?」
「……だろうね」
要するにかまってちゃんになっている板野さん。
しかし瀬川さんがその相手をする事はないだろう。彼女に今その余裕はない。
「意外とメンドーですね。板野先輩」
「だね。輝木さんはどう? 板野さんが茶道部を辞めたらどう思う?」
「ショージキ辞められるより、いてくれた方がいいですー。莉子先輩以外にまともにお茶を点てられる人って、板野先輩以外いませんしー」
「……だよね」
季日南祭であんな事になったし、来月ある文化祭で彼女は必要な存在だ。
それに何だかんだ言って茶道経験者の彼女がいる事で助かっている部分はある。
茶道具の手入れの仕方とか、僕らの指導とか。板野さんに頼ってる部分は瀬川さんも大きいはずだ。
「でも莉子先輩は引き留めないでしょうねー」
「……だろうね」
今の瀬川さんにそんな余裕はない。
意外と頑固な所があるし、『ではお辞めになられて結構です』とか言ってしまいそうだ。
それ以前に今の瀬川さんにこれ以上負担をかけたくない。
「板野加代めんどくせえ……」
「先輩、心の声が漏れちゃってます」
輝木さんに言われ口をつぐむ。
しかし面倒なのには変わりはない。
大事な茶会を控えている上にスランプな瀬川さんに、これ以上悩みが増えるのは厄介だ。
「よーするに先輩は、莉子先輩の手をわずらわせずに、板野先輩の問題を解決したい訳ですよねー?」
「……まあ、そうだね」
解決というより、処理したいと言った方が正しいだろうけど、
「気になってたんですけど、莉子先輩はどうして板野先輩にお茶を点て直させたんですか?」
「ああ、それはね……」
昨日瀬川さんに聞いた話を、輝木さんに話す。
すると輝木さんは、ウンウン頷いてからこう言った。
「先輩、板野先輩の問題解決できるかもしれません」
「え? マジで?」
「はいですー。まあ保証はできませんけど」
保証はできないのかよ。
でももう藁にもすがるつもりで聞いてみる。
「どうやって解決できるの?」
「簡単ですー。板野先輩と莉子先輩を、話させる事ですよー」
「え? でも……」
「もちろんその前にワンクッション、いえワンサンドバッグ挟む必要がありますけど」
「ワンサンドバッグって……」
「先輩ですー」
何やら不穏な例えだけど、もう縋るしかない。
「僕はどうしたらいいのかな?」
「おや? いつもやる気ないくせに珍しいですね」
「そりゃ、まあ……」
「莉子先輩のため、ですか?」
「……」
答えず黙り込んでいると、輝木さんがやれやれと言った様子で肩を竦めた。
「傍から見ると分かりやすいのに、本人達は気づいてない事ってありますよねー」
「? どういう意味?」
「今は莉子先輩と板野先輩の事ですよー。要するに勘違いが起きてるって話ですー」
「勘違い?」
「はいー。これは結衣菜が中学時代の話なんですけどー」
それから輝木さんが中学時代の話をする。
同じ女子サッカー部に、いわゆるクラスの中心にいるタイプの先輩がいた。
その先輩と同じ女子サッカー部の先輩がギクシャクし、ちょっとしたイジメのような事態が起きた。
そこでキャプテンが仲裁に入る事になったのだけど、原因がお互いの勘違いである事が発覚し、無事仲直りできたという話だ。
「よくある話と言えばよくある話なんですけどー、人によって出来事の受け取り方が違うって話なんですよー。莉子先輩は板野先輩の気が抜けてるから注意したんですけど、板野先輩はそう受け取らなかったって話なんですー」
「……なるほど」
板野さんがどう受け取ったのかは、僕でも想像がついた。
「板野加代めんどくせえ……」
「先輩、また心の声が漏れちゃってますよー」
思ってたより面倒臭い人間だった板野さんにため息しか出ない。
想像通りなら、彼女はとんでもなくこじらせた人間だったという訳だ。
まあでも、やるしかない。
「先輩が莉子先輩と板野先輩の間に入ってー、板野先輩のガス抜きをして莉子先輩と話させたら多分解決ですー。それでも辞めるならほっときましょー」
「ドライだね」
「だって他人の事はどうしようもないですしー」
確かに他人の事はどうしようもない。
他人を変えられるなんて、思い上がりもいい所だ。
「ハア、面倒だけどやるしかないか」
「そですねー。頑張ってくださーい」
無責任に背中を押され、僕は決意を固める。
明日板野さんと、話をする決意を。
ハア、面倒だけどやるしかないのか……




