第八十三杯「この美しい茶道部部長にライトノベルを!」
「ゴメン、待ったー?」
「いえー、今来た所ですー」
まるでデートの待ち合わせのようなやり取りだが、その場所は学校の図書室の前だ。
金髪ショートボブの輝木さんと、数名の生徒達が本を持って待っている。
鍵を開けて、カウンターに座り輝木さんと2人で本の返却を受け付ける。
すぐに仕事がなくなった。
「ヒマですねー」
「ヒマだね」
僕は英語の参考書を読み始め、輝木さんはシャープペンを手にノートに何やらウンウンうなりながら書き始めた。
書いては消して、消しては書いて、何やら悩んでいる様子だ。
でも教科書も問題集も開いてないから勉強ではないらしい。
30分くらいして、輝木さんが「あ~~~」とおっさんっぽい声を上げて両手を上げて伸びをした。
「終わりました~~~。もう、先輩のせいなんですからね? 責任取ってくださいよー」
「え? 何の話???」
いきなり意味不明な事を言われて困惑する。
輝木さんがキャスター付きの椅子を動かして近づいてきて、僕の脇腹を指でツンツンする。
近い近いいい匂いがするくすぐったい。
動揺する僕の一方で、輝木さんがジトっとした目で僕を見てこう言った。
「な○うに投稿してる小説の話ですよー。書こうと思ってた話を大きく減らして最後まで完結させる事にしたんですー。でも残り40話も書かないといけなくなったじゃないですかー」
「残り40話って……それって書き終わるのにどれくらいかかるの?」
「毎日書き続けたとしても、2ヶ月近くはかかりますー。文化祭とか中間テストとかもありますから、3ヶ月はこのお話書き続けないといけないじゃないですかー」
「それは……頑張ってね」
「無責任~~~」
「輝木さんが始めた物語だろ」
「それはそうですけど~~~」
輝木さんがポカポカと丸めた手で叩いてくる。
しかし自分で始めた物語なのだから自分で責任を取ってもらいたい。
輝木さんがハアとため息を吐く。
「まあやると決めたから最後までやりますけどー。先輩も読んで下さいよー?」
「読めたら読むよ」
「それ読まない奴……。まあ先輩デスシネー」
それからしばらく、プロットでも書いてるのか輝木さんがまたノートにシャープペンシルを走らせる。
異世界転生した茶道部女子が成り上がる物語だっけ?
そのヒロインのモデルは明らかに……
「先輩」
「何?」
「昨日の莉子先輩、なんか変じゃなかったですか?」
輝木さんがノートに目を伏せたまま、僕に問いかけてくる。
「輝木さんの目にもそう見えた?」
「はい。なんていうか……思い詰めてるように見えました」
「……思い詰めてる」
僕には集中力を欠いているように見えたけど、彼女に好意を寄せている輝木さんの目にそう見えたって事は、そうなのかもしれない。
言われてみれば、確かに思い詰めてるような感じだったかもしれない。
「先輩、何か心当たりないですか?」
「心当たりって言われても…………」
夏休み中は合宿が終わってから学校が始まるまでずっと会ってなかったし、特に連絡もしていない。
そもそも瀬川さんはこれまであまり自分の事を明かしてくれていない。
どうして転校してきたのかとか、なぜ茶道をやめたのかとか、大事な事は何も話してくれてない。
あの夏合宿最終日の朝でも……
「あっ」
「あっ?」
「もしかしたら、アレかも」
「アレ?」
「前に、いつになるか分からないって言ってたけど、9月中に瀬川さんが亭主を務める茶会が開かれるって話をしてたんだ」
夏合宿最終日の朝に、そんな話を聞いた事を思い出し輝木さんに話す。
さすがに誘われてるって話はしないけど……
「亭主って、いわゆる茶会のホストの事ですよね? それを莉子先輩がするって事ですか?」
「うん、そうみたいだけど……」
そういえば9月に入ったのにいつやるのか話が来ない。
でも他に心当たりがない。
そんな事を考えていたら、セーラー服がカウンター前に現れた。
「大鳥君、輝木さん。返却をお願いします」
噂をすれば影、瀬川さんが本を手に現れた。
「あ、はーい。ほら、先輩」
「あ、うん……」
『あそ○のかんけい』と『りゅう○うのおしごと!』を受け取りながら中身をチェックする。夏休み中に借りたのをまとめて読んでいたようだ。どちらも最新巻と最終巻まで借りている。
「返却手続き終了しましたー。莉子先輩、『りゅう○うのおしごと!』全部読み終えたんですねー」
「はい。とても楽しく読ませて頂きました」
「どのお話が一番面白かったですか?」
「どれも面白かったですが……個人的には19巻の煙詰を盤上に出現させたシーンですね。あの描写には本当に引き込まれました。文字だけなのに画が浮かぶようでした」
輝木さんと話をする瀬川さんは、いつも通りに見える。
しかしどこか元気がないように見えるのは気のせいだろうか。
その瀬川さんが、僕に向き直る。
「あの、大鳥君」
「な、何?」
「大鳥君にお願いがあるのですが……、私に何かライトノベルを紹介していただけないでしょうか」
「ライトノベル?」
「はい。『りゅう○うのおしごと!』も『あ○びのかんけい』も読み終えてしまいましたので……何か面白いライトノベルをご紹介頂けたらと」
何か面白いライトノベルと言われるとハードルが高い気がする。
面白いライトノベルはたくさんあるけど、何を選べばいいのやら……
「『りゅう○うのおしごと!』『あ○びのかんけい』と現実世界のラノベが続きましたし、異世界ものとかどうですかー?」
「異世界ものか……」
輝木さんにアドバイスされ、考えを巡らせる。
異世界ものはラノベで人気のあるジャンルだ。だけどハードなものが多いし、残酷な描写もあるし、えっちな描写もあるし……
そういうのがあまりない作品で、思い詰めてるっぽい彼女の気分転換になりそうなもの……
「うーん……じゃあちょっと待ってて」
「はい」
瀬川さんと輝木さんをカウンターに残し、ラノベの棚に移動して1冊取ってくる。
「この作品はどうかな?」
「ほほう、『この○ば』ですか」
僕の持ってきた作品を見て、輝木さんが目を輝かせる。
一方瀬川さんは、小首を傾げた。可愛い。
「『この○ば』?」
「『この○晴らしい世界に祝福を!』略して『この○ば』だよ。アニメ化もされてる作品なんだ」
1巻のイラストを見ながら、瀬川さんが怪訝な顔をする。
ラノベの中でも結構有名な作品だけど、知らないらしい。
「どういったお話なんですか?」
「ラノベで人気の異世界転生っていうジャンルでね。死んだ人間が異世界に転生して現実世界じゃできない活躍をするっていう話なんだけど……この主人公はちょっと違うっていうか大した力も得られないし、周りに振り回されてばかりっていうか、ドタバタとした異世界生活を送る笑える話なんだ」
「なるほど……? よく分かりませんがこちらをお借りしますね」
あまりご理解いただけなかったみたいだけど、まあそれは読んでもらえば分かるだろう。
読んでもらってのお楽しみにしてもらおう。
「大鳥君」
貸し出し手続きが終わった『この○ば』の1巻を受け取りながら、瀬川さんが改まった顔つきで僕の名前を呼ぶ。
「突然で申し訳ございませんが、土曜日は空いていますか?」
「土曜日? 今週の?」
「はい」
「空いてるけど……、もしかして瀬川さんが亭主を務めるっていう茶会?」
「いえ、そちらではないのですがそれに関係する事で会って頂きたい人がいるのです」
「会って頂きたい人?」
「詳しい話は土曜日にいたします。ええと……朝10時くらいに商店街の前で待ち合わせでよろしいでしょうか? 土曜日に悪いのですが、制服を着て来て下さい」
「構わないけど……」
「では、よろしくお願い致します」
丁寧に礼をして、瀬川さんが去って行く。
「……せんぱ~い? 今の、どういう話ですか?」
そして輝木さんが僕の脇腹を肘で小突いてきた。
「ど、どういう話って?」
「莉子先輩がホストを務めるお茶会の話ですよー。今の話だと、先輩も誘われてるみたいですよねー? 結衣菜は誘われてないのにー」
「う、うーん……。輝木さん達も後から誘う気かもよ?」
「それなら今誘ってもいいじゃないですかー。もう、また抜け駆けしてー」
瀬川さんの事が好きな輝木さんとしては面白くないのか、フンスと鼻を鳴らされる。
確かに瀬川さんの様子を見るに、僕以外を誘う気はないみたいだけど……それはそれでどうして僕なのか疑問が残る。
それは、土曜日に会う誰かの話で分かるのかもしれないけれど。
そんな僕の横で、輝木さんがハアとため息を吐く。
「ハア、傍目には分かりやすいのに本人達は気づいてないって事あるんですねー」
「? 何の話?」
「何でもないですー。ホラ先輩、本戻しに行きますよ」
「わ、分かったよ」
輝木さんにせっつかれ、返却本を本棚に戻しにかかる。
戻しに行く途中で、先ほど図書室を去って行った瀬川さんの後ろ姿を思い出す。
その背中は、
何か悲愴な決意を抱えているようだった。




