第八十一杯「僕たちのリメイク」
「先輩先輩、何読んでるんですか~?」
部活に熱心な生徒が多いせいで、ほとんど誰もいない放課後の図書室。
そのカウンターで隣に並ぶ輝木さんが、いつものように声をかけてきた。
新学期になっても、彼女とは月・木・金の放課後に週3で図書委員の仕事をいっしょにしている。
僕は読んでいたラノベの表紙を、輝木さんに掲げて見せた。
「『ぼくたちのリメ○ク』」
輝木さんが、金髪ショートボブの頭をコテンと傾ける。
「んんっ? それってどんなラノベですか?」
「前にアニメ化もされたラノベだよ。あらすじは……」
僕は輝木さんにあらすじをザッと説明する。
職を失い田舎へ帰ったゲームディレクターの主人公が、10年前にタイムスリップし、合格したけど入学しなかった芸大に進む事を選び、未来の世界で憧れの存在だったイラストレーター・歌手・小説家の3人と一緒の寮生活を送り、未来を変える事を目指す物語だ。
……という説明をしたのだけど、イマイチ分からなかったらしい輝木さんが僕から1巻を受け取り読み始めた。
「ほー。ラノベでタイムスリップものって珍しいですねー。しかもがっつりクリエイターの葛藤とか悲哀とか苦しみとか喜びとかを描いてる作品ですかー」
「うん。久しぶりに読んだけど面白いよね」
「結衣菜的には奈○子ちゃん推しですねー。先輩は?」
「僕はシ○アキかな」
個人的には河○川も好きなんだけど。
番外編ではヒロイン張ってたし、むしろその話が結構好きなまである。
と、輝木さんが何やらタブレットをカツカツしてこう切り出してきた。
「先輩、打ち切りってどう思いますか?」
「打ち切り?」
「はい。今結衣菜『小説家に○ろう』で連載してるんですけどー、イマイチ閲覧数もブックマーク数も伸びなくってー」
輝木さんがタブレットに連載してる小説の画面を見せてくる。
忘れそうになるけど、輝木さんは文芸部も兼部している。
その文芸部で『小説家に○ろう』に週1回小説をアップする事がノルマになっていて、輝木さんは毎週小説を更新していた。最初の頃は令嬢ものの短編が多かったけど、今は長編を投稿しているらしい。
確か……茶道部の部長が異世界に飛ばされて人買いに攫われそうになった所を王子様に助けられて王城でメイドとして働く事になるんだけど、イジワルな先輩達にいじめられたり、強欲な貴族にその身を狙われるそうになったりするものの、茶道の知識で何とかして成り上がっていくみたいな話だったっけ? 色々詰め込みすぎなんだよなあ……
「もう打ち切りにしちゃおっかなーって思ってるんですけど、どうやって終わらせようかなーって思ってましてー」
よくある話といえばよくある話かも知れない。
Web小説だけじゃなくて、商業小説でも露骨に打ち切りになったなって思う作品があるし。
「もう適当に一区切りつけて『私の冒険はこれからだ!』って書いて終わらせるっていうのを考えてるんですけどー」
「いやそれはダメだよ。最後まで書き切ろうよ」
「でもでもー、投稿しても30pvくらいしかいかないですしー。モチベーション上がらないんですよー」
「それでも読んでくれてる人はいるんでしょう? お話とか文量を削っていいから、最後まで書き切ろうよ」
おざなりに打ち切りにするくらいなら、文章の量を減らしてでもいいからせめて最後まで書いて欲しいと思い輝木さんを説得する。
確かに投稿した小説が読まれないっていうのはしんどいだろうけど、せめて最後まで思い描いていた作品を完成させて欲しい。
中途半端で妥協するのが一番ダメなんだから。
「……ハア、まあ先輩がそこまで言うならやっていいですけど。こんな事になるなら連載する前に戻って連載やめたいですー」
輝木さんが疲れたため息を吐く。
「っていうかー。先輩も結衣菜の小説読んでないですよねー」
「……ああうん、ごめん。あまり小説投稿サイトって見ないし、見てもランキング上位しか読まなくて」
「そーゆー先輩みたいな人が結衣菜達のモチベーションを下げてるんですよー。そんな事してると……」
輝木さんが僕のそばに寄ってくる。
ふわっと甘い香りがして胸が高鳴る。
そんな僕の耳元に口元を寄せて、彼女がささやいてくる。
「結衣菜達のお話も、打ち切りになっちゃうかもですよ?」
「怖い事言わないでよ」
そもそも僕達の人生はラノベじゃないし。作者の都合で打ち切りなんて真っ平御免だ。
……あの、ホントにお願いします。閲覧数もブックマークも高評価も増やしてほしいです。
「……先輩は、タイムスリップして人生をやり直せるならいつに戻りたいですか?」
僕から離れた輝木さんが、「ぼくたちのリ○イク」を読んだからかそんな事を聞いてきた。
「いきなり言われても……輝木さんは? いつに戻りたいの?」
「……あー、結衣菜は中二の夏前ですかねー」
図書室の中を、遠い目で見ながら輝木さんが言う。
その言葉には徒労と、もうどうにもできないという諦念がにじんでいた。
「で? 先輩は? いつですか?」
「僕は……うーん……、……中二の春かな」
たっぷり悩んで、あの県大会の日を思い出す。
正直戻れるとしても戻りたくないし、戻った所で何も変えられないだろうけれど強いて上げるならあの日だ。
輝木さんが何か言いたげな目で僕を見てくる。
けれども何かあると察したのか聞かない事にしたようだ。
お互い部活で何かあったらしい者同士。
触れられたくない傷だってあるのだ。
「……そろそろ、閉室しましょうか」
「……そうだね」
僕たちは、誰もいなくなった図書室を見ながらカウンターから立ち上がった。




