第七十八杯「別荘のヒミツ」
「え、ええと……、話を聞いても怒らないでくださいますか?」
「内容によるわ」
「内容によりますー」
瀬川さんの問いかけに、寧音姉と輝木さんがフーガの形で答える。
場所は別荘のリビング。
瀬川さんが頑なに茶室はイヤだと言い張りこちらに移動した。
茶室の扉には、彼女の手によりお経が書かれた紙が貼られている。
もういやな予感しかしない……
「答えてもらいましょうか。まあ大体想像はついてるけど。大鳥君と輝木さんがお稽古を受けたおばあさんが誰だったのかを。この別荘とそのおばあさんに何の関係があるのかを。そしてどうしてこの別荘をタダ同然で借りられたのかをね」
「……大鳥君と輝木さんがお稽古を受けたおばあさんは、きっと10年ほど前に亡くなられた近所の茶道教室の先生でしょう。小柄で上品な方で、いつも夏は水色の着物を着ていました」
瀬川さんの言葉に、輝木さんがヒイっと喉を鳴らす。
「それじゃあ、その近所の茶道教室は……」
「……10年ほど前に潰れています」
僕の言葉に、瀬川さんが力なく答える。
「それで? その先生とこの別荘は何の関係があるのかしら?」
「その先生は、こちらの別荘でも茶道のご指導をされていて、そこの茶室で亡くなられたそうです……」
「――――――っ!!!」
輝木さんが声にならない悲鳴を上げて僕にしがみつく。
寧音姉は不機嫌そうに一瞥してきたけど、何も言わずに瀬川さんへの質問、いや、尋問を続ける。
「死因は何だったのかしら?」
「寿命と言いますか、老衰だったそうです。茶会の後片付けをしている最中に亡くなられたようで、それはもう安らかにお眠りになられていたとか」
瀬川さんの言葉に、皆がちょっとだけホッとする。
よかった……。事件とか自○とかじゃなくて……。
「ですがいわゆる事故物件になったのでこちらの別荘は誰からも利用されてませんでした。それをウチの茶道教室に通われている方々が格安で購入されて、それで……、ええと……」
「……私達に何か起きないか確かめさせるために、宿泊費食費ゼロで泊まらせたと」
「……………………はい」
寧音姉の言葉に、瀬川さんが頷く。
僕にしがみついていた輝木さんが、カンカンに怒った様子で立ち上がった。
「何してくれてるんですか莉子先輩! 結衣菜達、メチャクチャあの茶室で時間過ごしちゃったじゃないですかー!!!」
「スミマセンスミマセン! 本当に申し訳ございません!」
「呪われでもしてたらどーするつもりだったんですかー!」
「そ、その際はお寺からお坊さんを呼んで……」
「今すぐ呼んで下さい! 今すぐ!!!」
「は、はい!」
「まあ待って、落ち着いてよ瀬川さん、それに輝木さん」
お坊さんを呼ぼうと立ち上がりかける瀬川さんを止めて、僕は努めて冷静に話しかける。
「本当に幽霊だったかどうかは分からないし、この3日間怪奇現象も起きてないし、別にいいんじゃない?」
「先輩! でも……」
「仮にあの人が幽霊だったとしても、何か悪さをするような人に見えた? むしろ丁寧に盆略点前を教えてくれたでしょ?」
「……それはまあ、そうですが」
「お経を上げてもらうのはまた今度にでもして、お茶とお菓子、それからお花でもお供えしておこうよ。きっとその方が喜んでくれるよ」
「……しょーがないですねー。まああのおばあさんが悪さをするようには見えませんでしたし、何ならもう成仏してくれてそーですからそれで手を打ちましょーか」
輝木さんが落ち着いたようで、フンスと鼻を鳴らしてから茶室の方へ頭を下げる。
僕もそれに倣って頭を下げた。
幽霊かどうかは分からないけれど、あのおばあさんから悪意は感じなかったしおかげで盆略点前をマスターできた。
むしろ出てきてくれてよかったくらいだ。
瀬川さんが、そんな僕らを目にして安心したように手を合わせた。
「お、お二人ともご理解して下さってよかったです。それでは私はお茶とお茶菓子を……」
「会長先輩、今から莉子先輩をくすぐりの刑に処するので取り押さえて下さい」
「分かったわ」
「え? ええっ?」
おばあさんの事は許せても、その事を黙っていたことが許せないらしい輝木さんと寧音姉が連携して瀬川さんをくすぐり始める。
「僕はお供えする花でも買ってくるよ。板野さんは? 参加しなくていいの?」
「私は別に実害はなかったので。特に怒ってもいませんし。2階で休んでおく事にします」
「ここですか? ここですね? ここがくすぐったいんでしょう? 莉子先輩?」
「こっちもくすぐってあげましょうね。フフ、ウフフフフ……」
「アハハハハハっ!? か、輝木さん!? 綾瀬先輩! や、やめて……アハハハハハっ!!?」
僕と板野さんは、瀬川さんの断末魔の笑い声を聞きながらリビングダイニングを後にした。




