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さどうぶっ! ~転校生の茶道部部長が、初恋の女の子に瓜二つだった件~  作者: アブラゼミ
さんはいめ「夏だ!海だ!お稽古だ!」

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第七十五杯「早くパンツを下ろしてください!」

 遮る物は何もなく、逃げ出す場所もどこにもない。


絵の具を垂らしたような青空から、陽が降り注ぐ。


マウンドからキャッチャーまでの18.44mが、いつもより遠く感じる。




味方の声援も、敵のヤジも言葉として耳に入らない。


自分の荒い息づかいだけが、うるさいほどに気持ちを乱していた。




ストレートのサインに首を振る。


なんで前の打席で打たれたストレートを初球から要求してくるんだよ。


アンタいつまで捕るだけキャッチャーやってんだ。先輩に対しいつもは感じない苛立ちを感じながら右手の指先をこすり合わせる。




スライダーのサインに頷き、セットポジションに入る。


試合は0対0の5回裏、1アウトランナー1、3塁。


もうヒット8本も浴びている。無失点なのが奇跡だ。


いつもは足を引っ張られる先輩達に、今日は散々助けられている。




これが県大会。


これが地区代表常連のチーム。


ストライクからボールになるスライダーは見切られ、カウントを取りにいったストレートは弾き返される。




こんなに苦しいマウンドは初めてだ。


低めだ。とにかく低めだ。


ゴロを打たせてバックに助けてもらおう。




足を上げてサイドスローから右打者のアウトローへスライダーを投げこむ。


ボールが指先から離れた瞬間にあっ、と思った。


すっぽ抜けたスライダーが、打ち頃のスピードで真ん中高めへ入って行く。


バッターがバットを振り抜く。


打球はあっという間にサードの頭上を越え、レフト線を転々と転がり……




………

……

…




「……せんぱーい」


「んんっ……」


「……せんぱーい、起きてくださーい、せんぱーい」


「んんっ……?」



 何かが、


何かが腰の上に乗っている。


軽くて小さい何かだ。そして何だかすごく柔らかい。



「先輩! おーきーてーくーだーさーい」


「……んんっ? ……輝木さん?」



 重たいまぶたを開けると、薄暗い室内で輝木さんらしき人影が僕の腰の上に馬乗りになっていた。


さっきまで何かの夢を見ていたような気がするけど、すっかり忘れてしまう。



「おはようございまーす」


「おはよう……ってまだ夜じゃない?」



 ベッド横の電気を点けると、目覚まし時計は深夜3時を指していた。


そして薄暗くて見えなかった輝木さんの姿が照らされて見えた。



「……なんで縛られてるの?」


「会長先輩にやられたんですよー。夜中にこっそり先輩の部屋に行こうとしたのがバレちゃって」



 紐で前手縛りにグルグル巻きに縛られた輝木さんが、不服そうに唇を尖らせる。



「……なんで僕の部屋に?」


「お話しに行こうと思っただけですよー。今は違いますけど」


「今は違う?」


「はい。結衣菜、きんきゅーじたいなんです」



 緊急事態。


頭の中で変換された言葉にハテナが浮かぶ。


緊急事態って、一体何が……



「……トイレに行きたいんです」


「……は?」


「トイレに行きたいんですー! 漏れちゃいそうなんですー!」


「え、ええと……行けばいいんじゃないかな?」


「この手でどうやって下着を下ろすんですかー!」



 前手に縛られた手を上げて輝木さんが訴える。


確かに胸の下まで腕を身体に縛り付けられて下まで手が届かなそうだ。



「寧音姉に解いてもらったら……ってそれは無理か」


「はい、グッスリ寝てて起きませーん」



 一度寝始めたら朝まで起きない寧音姉は、天変地異が起こっても怪獣が現れようと起きないだろう。


「莉子先輩と板野先輩も寝てるみたいで、部屋に鍵をかけてますし外から呼びかけても起きませーん。先輩しか頼れる人がいないんですよー。おトイレに行けるように下着を下ろしてくださいー」


「で、でも……」


「もうガマンの限界なんですー! 早くパンツを下ろしてくださいー!」



 輝木さんに胸ぐらを揺さぶられ迫られる。


い、いくら緊急事態とはいえ女の子の下着を下ろすなんて……!


こんなラノベみたいなイベントが自分の身に降りかかるなんて想像つかない。




輝木さんが「早くー!」と言いながらこちらに背を向けてお尻を向けてくる。


ああお尻を向けたから安心……な訳ない!


ためらう僕の前で、輝木さんの小ぶりなお尻を包む寝間着の短パンとほっそりとした太ももが薄オレンジ色の照明に照らされている。



行くしか、ないのか……!?


僕は震える手つきで輝木さんの短パンに手をかけ……




「……待って、その紐を解けばいいんじゃない?」




 ……当然の結論に至った。




………

……

…




「いやー、九死に一生を得ましたー。先輩、ありがとうございまーす」


「ああうん……、間に合ってよかったよ……」



 紐を解く間に、手が色んな所にあちこち当たってこっちは精神的に疲れたけれど、輝木さんはピンチを脱出できてスッキリした顔をしていた。



「それじゃあ、よろしくお願いしまーす」


「え? な、何を?」



 輝木さんから紐を差し出され、困惑する。


そんな僕に向けて、輝木さんが意地の悪い笑みを浮かべた。



「何をって、結衣菜を縛るんですよー。さっきみたいな縛り方で」


「な、何で?」


「紐が解けてたら会長先輩が怪しむじゃないですかー。夜中に先輩の部屋に行ってたなんて知ったらあのヘタレ、自分はできない癖にブチ切れますよー」



 輝木さんが何を言っているのか分からないけれど、とりあえず紐で縛らないといけないらしい事は分かった。


僕は震えるそうな手で紐を受け取り、輝木さんを前手縛りに拘束した。



「あん♡ 結衣菜の初めて、先輩に奪われちゃいましたー。責任取ってくださいねー」


「人聞きの悪い事言わないでよ。縛られるの初めてじゃないでしょ」


「全部会長先輩なのが癪ですけどねー。……先輩、ちょっとキツイです。胸元緩めてくださーい」



 輝木さんに言われ、胸元の紐を緩める。


指先が女の子らしい部分にちょっとだけ当たり、心臓が跳ねる。


意外とあるけど、キツくなるほどはないと思うんだけど……



「……これでどう?」


「オッケーでーす。じゃ、結衣菜は2階に戻りますねー」



 腰掛けていたベッドから立ち上がり、輝木さんが拘束されたまま器用に歩き出す。

けれども、しばらく歩いてからこっちを振り返り……僕にピッタリ接近した。


熱い身体と、イタズラっぽい笑みが身体と目の前に密着している。



「な、何?」


「せんぱーい。結衣菜とー、大人の階段、登っちゃいませんか?」


「……」


「結衣菜を、先輩の好きにしてもいいですよ……?」


「……」



 薄オレンジの灯りに照らされ、金髪ショートボブがいつもと違う色合いを見せる。


キスしそうな距離。彼女の息が、頬に届く。


いつものイタズラっぽい笑みなのに……いつもと違う色香を漂わせていた。



蠱惑的な瞳に、表情、女の子特有の甘い香り。この子に、こんな一面があるなんて。


ドクドクと胸が高鳴り、血液が身体を巡っているのを感じる。


それを抑えるように、ハアとひとつ息を吐いた。



「……冗談でもそういう事、言っちゃいけないよ」


「ジョーダンでこんな事言いませんよ。それとも……」



 イタズラっぽい笑みを引っ込め、輝木さんが僕の胸に頭をポスンと預ける。



「……結衣菜じゃ魅力、ないですか?」


「……」



 小さくて温かくて柔らかな身体が、こちらの理性を刺激し揺さぶってくる。

けれどもそっと、輝木さんを両手で引き離す。



「輝木さんは魅力的だよ。でも好きでもない相手に、こんな事しちゃダメだ」


「……」


「僕はそういう事は、好き同士でするものだと思ってる。もっと自分を大切にしてよ」


「……」



 輝木さんが、フウと息を吐いて僕から離れる。



「ジョーダンですよー。まったく、これだから童貞は。下が大人になっても、メンタルは思春期男子ですねー」


「まさに今思春期男子だからね」


「やれやれ、せーっかく結衣菜が夏のアバンチュールで先輩を大人にしてあげよーと思ったのにー。後悔しても知りませんよー」


「……しないよ」



 正直言うともったいない事したかもと思うし、この先後悔するかも知れないけど、やっぱり間違っていると思ったのでしないと決める。

輝木さんが、僕から一歩二歩離れドアへと近づく。



「それじゃあ、今度こそ結衣菜は2階に行きますよー。止めるなら今ですよー」


「止めないよ」


「とか言って後ろから抱きついて『やっぱ行くな』とか言ったり」


「しません」



 ドアから半分だけ身体を出している輝木さんが、僕に向けてべーっと舌を出しドアを閉める。


その足音が遠ざかっていくのを聞いてから、ドアにそっと近づいて鍵をかける。



「まったく……、こんなイベントラノベだけで十分だよ」



 とんだハプニングイベントに、高鳴っていた胸をなで下ろす。


背中と脇には汗が滲み、下は窮屈な事になっている。


触られでもしていたら、大変な事になっていたかもしれない。




ベットに横になり、電気のスイッチを消す。


そして「あー、やっぱもったいない事したかもー!」と悶々と悶えながら眠りに就いた。

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