第七十四杯「恋バナ」
「あ~、疲れました~。今日はガッツリ、お稽古でしたね~」
「……だね」
キッチンに並びながら、僕と輝木さんは凝り固まった肩や背中をバキバキ言わせながら伸ばしていた。
朝8時から昼まで、昼13時から16時まで。みっちりお稽古させられた。
この後も夜の居残りお稽古が残っている。
「莉子先輩きびしーですよねー。ちょっと違うだけでもやり直しさせられますしー」
「……まあ、それだけ茶道は作法に厳しいって事なんだろうね」
ちょっとでも違うと「違います」と指導が入るだけに気が滅入る部分もあり、僕と輝木さんは中々盆略点前をマスターできずにいた。
山に例えると3合目の辺りで遭難してるって感じだ。たまに2合目に後戻りしてしまっている。
そして今は、夕飯当番が2人なので解放されているという訳だ。
「先輩って、お料理できるんですかー?」
「まあ、それなりにね。輝木さんは?」
「結衣菜もそれなりって感じですー。で? 何作ります?」
「カレーでいいんじゃない?」
「ベタですねー。でもいいんじゃないですかー?」
そんなこんなで僕らは手分けして野菜を切ったり肉を切ったりしてカレーを作り始める。
輝木さんが縦に切り込みを入れたタマネギを横向きに切り、さっさとみじん切りにしていく。
「輝木さん、手際いいね」
「まあ、普段お手伝いしてますからー。そう言う先輩も中々の手際ですねー」
「まあね」
切った具材を炒めて、鍋に入れしばらく煮込んでからルーを溶かす。後はまた少し煮込んだら完成だ。
「先輩、隠し味とか入れないんですかー?」
「僕は入れないかな? 市販のルーって、それだけで味が決まってるから、変にアレコレ入れなくても十分おいしいと思って」
「まー、そうですよねー」
カレーだけでは寂しいと言い、サラダを作っていた輝木さんが作業を終わらせたのか手を洗ってうーんと伸びをする。
「うーん、する事なくなっちゃいましたねー。せっかくだから恋バナでもしません?」
「恋バナって言われても……僕ができる話は特にないよ」
「えー、ホントですかー?」
「ホントだって……」
今誰かに恋をしている訳ではないし、初恋は苦い思い出に終わった。
話してもさほど面白い話ではないだろう。その傷はまだ癒えていない。
「つまんないですねー。じゃあ結衣菜が恋バナしちゃいますよー。結衣菜の好きな人はー」
「瀬川さん、でしょ?」
瀬川さん、寧音姉、板野さんの3人が休んでいる2階を窺いながら、声を落として隣にしか聞こえないように輝木さんに言う。
輝木さんは、目を丸くして僕をマジマジと見つめた。
「……どうして分かったんですか?」
「総合的に判断して、かな。色々ヒントはあったからね」
瀬川さんに恋人がいるか尋ねられた時に、恋人が異性同士とは限らないとたしなめられた事。
輝木さんがこれまで好きなキャラとして挙げていたのが、全て女の子のキャラであるという事。
そして一番好きなラノベが、女の子同士が恋人になるという作品であるという事。
後は茶道部での瀬川さんへの態度や行動が、先輩を慕う態度を超えて親愛的な行為に見えた事。
そういった事を諸々勘案して輝木さんは瀬川さんの事が好きなんじゃないかという結論に至ったという訳だ。
「……まさか一番にぶちんっぽい先輩に気づかれるなんて。この話、誰かに……」
「しないよ。安心して」
誰が誰を好きなんてデリケートな話、他人にするものじゃない。
その事で誰かを傷つける事も、傷つけられる事も絶対にゴメンだ。
「ならしんよーしますけど、絶対ナイショですよー」
「うん、分かったよ」
右手の小指を差し出され、指切りをする。
絡められた小指は、小さくて熱くて、女の子の物だった。
「……」
輝木さんが、指を絡めたままジッと見つめてくる。
「な、何?」
「いえ、先輩って莉子先輩の事を意識してるというか、意識しないようにしてるというか、何か変ですよね?」
「……」
「莉子先輩と目を合わせないようにしてるっていうか、顔を見ないようにしてるっていうか……なーんか変なんですよねー。お風呂上がりの髪を解いてる莉子先輩に対しては特に」
……鋭い。
指を繋いだまま唾を呑む。
その間も輝木さんの目はジッと僕を見つめていた。
「好きになりかけてるっていうのとも違うし、好きにならないようにしてる?っていうかー。そんな感じ?」
「……まあ、そうだね」
図星を突かれ、認める。
僕は、瀬川さんの事を好きにならないようにしている。
「なんでですかー?」
「……それは言えないよ」
言える訳がない。
彼女が初恋の女の子と瓜二つだなんて。
「まあ、結衣菜としては恋敵が1人減るのでいいんですけどー」
「うん?」
「何でもないでーす。それより先輩、せっかくですから盆略点前の復習しません? まだ夕飯まで時間ありますしー」
「えー……休もうよ」
「相変わらずやる気ないですねー。早く覚えないと、莉子先輩明日は『朝までお稽古しましょう!』とか言いかねないですよー」
「……」
瀬川さんの場合本当にやりかねないから怖い。
僕は渋々輝木さんの後をついて茶室に入り、盆略点前の作法を2人で練習した。




