第七十一杯「海とバーベキュー」
「着きましたー、こちらでーす」
「「「「おおー」」」」
駅から歩いて10分ほど。
海の近くにある別荘に僕らが声を上げる。
少し小さめの2階建てのオシャレな家といった感じの別荘だ。
玄関を開けて、キャリーケースのキャスターを拭いてから上げる。
「夕方5時くらいに管理会社の方が来られてバーベキューの準備と温泉の用意をしていか
れるそうです。皆さん、ご挨拶を忘れないようお願いしますね」
「「「「はーい」」」」
「では大鳥君はあちらのお部屋にお荷物を、皆さんは私について来て下さい」
瀬川さんの指さす方に客室とおぼしき部屋のドアがある。
階段を上っていった女子達を尻目に、1人そのドアを開ける。
中はベッドでほとんど埋まっている少し狭めの部屋だった。
「まあこんなもんか」
別荘の広さからいっても、妥当な広さと言っていいだろう。
しかし中々キレイにしてある。
荷物を置いて部屋を出ると、ドタドタと階段を降りてくる足音達が聞こえてくる。
瀬川さん達も、荷物を置いて降りて来たようだ。
「それでは中のご案内をいたします。こちらがこの別荘のシャワーと露天風呂です」
「「「「おおー」」」」
瀬川さんが僕の部屋の隣の部屋の扉を開けると、脱衣所の奥にシャワースペースと露天風呂が広がっていた。
今はお湯が張られてないけど、皆で入っても十分な広さだ。
竹垣や黒い石、植えられている植物などもオシャレで、お金を取れそうなくらいだ。
これがついている別荘っていくらくらいするんだろうという庶民じみた感想が浮かぶ。
「こちらがリビングダイニングです」
「「「「おおー」」」」
狭い僕の部屋と比べて、開放感のあるリビングダイニングが広がる。
大きな画面のテレビにソファ、窓から見下ろせる海の景色。まさに絶景だ。
キッチンも広くて使いやすそうだ。冷蔵庫も大きい。
「そしてこちらが、茶室です」
瀬川さんがリビングダイニングの奥にある茶室の扉を横に開く。
そこは一転、狭くて暗くて静かな和室が広がっていた。
瀬川さんがうんしょと言いながら茶室の奥に置かれていたコンセント式の風炉を引っ張り出す。
「茶道具は一通り揃っていますが、帛紗や扇子などは皆さん、ちゃんと持ってきてますよね?」
「「「「持ってきてまーす」」」」
瀬川さんの問いかけに、僕らはいい返事をして扇子や帛紗などを取り出す。
「よろしい。では早速、盆略点前のお稽古を……」
「その前に瀬川さん、先に合宿中の役割分担を決めていいかしら?」
早速茶道の稽古を始めようとした瀬川さんを制し、寧音姉が手を上げる。
「合宿中の役割分担、ですか?」
「ええ、食事当番に掃除当番、その他諸々を先に決めておこうと思って。これがそのプリントよ」
準備していたのか、寧音姉が役割分担のプリントを取り出す。
季日南祭以降、僕達はこれまで任せっきりだった瀬川さんの負担を減らすため役割分担をしていた。
中でも寧音姉は、ほぼ部長代理のように仕切る役割を担っている。
「なるほど、こちらに名前を書いて役割分担を決めるという訳ですね」
「ええそうよ。これを先に決めておきたいのだけど、いいかしら?」
「かしこまりました。ではこちらを先に決めておきましょう」
それから皆で話し合い、合宿中の当番の割り振りを決めた。
決まった頃にはもうお昼近くになっており、お昼ご飯は冷蔵庫に入っていたうどんを皆で茹でてさっぱり冷やしうどんで頂いた。
そして午後からは……
「うーーーーみーーーーー!!!!!」
輝木さんが、海に向けて両手を挙げて叫ぶ。
「何よその叫びは」
「叫びたくなったから叫んだだけですー。会長先輩も澄ましてないで叫んだらどうですか?」
「遠慮するわ」
仲がいいのか悪いのか最近よく分からない輝木さんと寧音姉が水着姿で隣に並びビーチチェアを引っ張り出す。
輝木さんはフリルがいっぱいついた黒のビキニだ。小ぶりなお尻が歩く度に可愛らしく揺れる。
一方寧音姉は飾り気のないシンプルな白のビキニの上に、UVカットの白のパーカーを着ている。大きな胸が、動く度に形を変えた。
「大鳥君、手伝いますよ」
そして瀬川さんは前に買った黄緑色の生地に大きな花柄が描かれたビキニを着ていた。
その胸元には意外と言ってはなんだけどしっかり谷間ができている。
くびれた腰、
形のよさそうなお尻、
白くて細い太もも。
彼女は全てがちょうどいい大きさというかバランスのいい大きさというか、とにかく美しい体付きをしていた。
「ありがとう。それじゃそっちを持ってもらっていいかな」
「はい」
僕は瀬川さんから目を逸らし、2人でテントを立てる。
ビーチパラソルにビーチチェア、テントと熱中症対策の日陰の設営は必須だ。
「キレイな海ですね」
ビーチパラソルを立て終えた板野さんが話しかけてくる。
彼女はなぜか学校の水泳で使うスクール水着を着ていた。
「そうだね。青海ヶ浦って名前の通り、キレイな青い海だね」
海を眺めながら、板野さんの言葉に頷く。
テレビで見るリゾート地の海に負けず劣らず、ここの海もキレイな青の海だ。
海から吹く風が涼しくて心地いい。
そして砂浜には、僕ら意外誰もいなかった。
「まさかプライベートビーチだなんて……、ここの別荘の持ち主の権力者さん達はどれだけお金持ちなんですか」
「アハハ……、まあプライベートビーチと言ってもそれほど広くないですし、なんでも景気がよかった時に売れ残っていた物件を安く手に入れたそうですから……」
板野さんの言葉に瀬川さんが苦笑を返す。
確かにプライベートビーチと言ってもそれほど広くはないし、コテージの広さも中途半端で、家族向けにしてはお高そうだし売れ残っていてもおかしくないかもしれない。
「莉子先輩莉子先輩! 早く海に入りましょう! 結衣菜、莉子先輩と波打ち際をキャッキャッウフフしたいです!」
「キャッキャッウフフ……? 何かは分かりませんが、精一杯努めさせていただきます!」
「大鳥君、クーラーボックスに飲み物は準備できてるかしら」
「ああうん、ちゃんと人数分確保してるよ」
「塩飴やゼリー飲料も用意しておいた方がいいわね。取りに行ってくるわ」
「僕も行くよ」
「私はあちらで少し泳いできます。では」
見事にバラバラな僕達が、バラバラに動き出す。
こんなんで茶道部の親睦、深まるんだろうか?
………
……
…
「ふおおおおおっ、莉子先輩、このお肉食べていいんですか? 本当に食べちゃっていいんですか?」
「はい、もちろんです。是非召し上がって下さい」
興奮する輝木さんに、瀬川さんが肉と野菜が刺さった串を差し出す。
てっきり焼肉かと思ったら、割とガチなバーベキューだった。しかも炭火。
夕焼けに照らされる海を見ながら、僕らは香ばしく焼けるバーベキューの匂いに期待を膨らませ、お腹を減らしていた。
「うううううん!!! お肉、柔らかいですー! きっと国産ですね!」
「そうですね。おいしいですね」
喜ぶ輝木さんの隣で、板野さんが淡々と肉を咀嚼しながら頷く。
「大鳥君、大鳥君も遠慮せずお召し上がり下さい」
「あ、うん。ありがとう……」
瀬川さんから肉を差し出され、震えそうな手で受け取る。
あまりマジマジとは見られなかったけど、海での瀬川さんの水着姿はとても眼福だった。
海ではしゃぐ瀬川さん、ビーチバレーではしゃぐ瀬川さん、パラソルの下で一休みする瀬川さん。
写真には撮れなかったけど、心のフィルターに生涯しっかり焼き付いている。
今でもTシャツ姿の彼女を見て、水着姿が浮かぶほどだ。
お皿に盛られたおにぎりをひとつ取って頬張る。
寧音姉が握った奴だ。ご飯粒がベタベタしてて塩味が雑についてたりついてなかったりしている。
でも不思議と外で食べるとおいしかった。
「大鳥君、バーベキュー楽しいですね!」
「う、うん。そうだね」
ニコッと微笑みかける瀬川さんは心の底から楽しそうだ。
一方僕の隣にいる寧音姉は、難しい顔をしていた。
「本当にいいのかしら? こんな豪華な食事を、ううん、食事だけじゃなく宿泊費までタダだなんて……」
「……結衣菜、認めたくないけど会長先輩と同感ですー。何だか話がウマすぎる気がしますー」
「……そうですね。いくら何でも話がウマすぎる気がしますね」
寧音姉、輝木さん、板野さん、僕の視線が瀬川さんに集まる。
瀬川さんは露骨に目を泳がせ、クシクシと頭のお団子を触った。
頭のお団子を触るのは、彼女が気分を落ち着けたい時の癖だ。
「あ、あの……、私! 追加の食材を取ってきますね!」
踵を返して瀬川さんが、別荘のキッチンへと向かっていく。
「怪しいわね」
「怪しいですー」
「怪しすぎますね」
寧音姉、輝木さん、板野さんが口々にそう言う。
僕も同感だ。
しかし何が怪しいのかは、サッパリ分からない。
「瀬川さんのお家が、何か権力者達の弱みを握ってるとかかしら」
「まさかー、莉子先輩の家はただの茶道教室ですよー? そんな事……」
「いえ、あの茶室で行われていた密談から、何か弱みを握ったのかもしれません」
寧音姉達の言葉を聞きながら考える。
あのお母さんならそういう事をしれっとしてもおかしくないけれど、瀬川さんにその度胸はないような気がする。
むしろ、何かの見返りにこの別荘を無料で貸してもらってるような気が……
「つ、追加のお肉持ってきましたよ! さあ! じゃんじゃん食べましょう!」
どこか無理のある笑みを浮かべながら瀬川さんが追加の肉やトウモロコシが刺さった串を持ってくる。
僕らは、思う所はあるものの口には出さずバーベキューを楽しんだ。




