第七十杯「茶道部の部員ですが居残りはイヤなので盆略点前をマスターしようと思います」
「では皆さん、忘れ物はありませんか?」
「「「「ないでーす」」」」
「では参りましょう。いざ、合宿へ!」
瀬川さんの号令と共に、改札を通る。
夏休みに入ったからか、僕らのように集団で遊びに行くとみられる中高生がちらほらいる。
けれども僕らのように私服で大きなキャリーケースを引いている集団は珍しい。
瀬川さんは夏らしい白の半袖ワンピース、輝木さんは黒のTシャツに薄い色のジーンズの短パン、寧音姉は藤色のワンピース、板野さんは黄緑のTシャツに紺色のスカートだ。
「ホントにいいんですかねー。結衣菜達だけで3泊4日も泊まっちゃってー」
「よくないわね。だから今回の旅行は部活の合宿じゃなくて私達の団体旅行という事にするわよ」
「それ、大丈夫なんですかー?」
「大丈夫よ。何かあったら瀬川さんの責任にするから」
「はい! ふつつか者ですが、お任せ下さい! ……って、ええっ!?」
「冗談よ。ちゃんと私がしっかり監督するけど皆、事故のないようにね」
「「「「はーい」」」」
そんなやり取りをしながら電車に乗り込む。
青海ヶ浦まで走る快速列車のボックス席に女子4人、その向かいの席に僕1人が座る。
電車が動き始める。これから30分の旅だ。
「莉子先輩、青海ヶ浦の別荘ってどんな別荘なんですかー?」
「少し狭めの2階建てコテージみたいです。ですが海に近くって、温泉もついているそうですよ」
「温泉? 別荘に温泉がついてるのかしら?」
「はい、露天風呂だそうです」
そんな会話を女子達がしている一方で、僕はリュックに入れていたラノベを開く。
まあ女子4、男子1じゃこうなるよね。
しかししばらくして向かいのボックス席が静かになる。
マイペース板野さんは窓の外の景色を眺め、朝が弱い寧音姉はこっくりこっくり船をこぎ始めており、ぼっち瀬川さんは黙り込んでいた。
「先輩先輩~、何読んでるんですか~」
耐えきれなくなったのか、おしゃべり輝木さんがこっちにやって来て僕の隣に座った。
僕が右で輝木さんが左、いつも図書室の並びだ。
僕は輝木さんに図書館で借りてきたラノベの表紙を見せる。
「『ギルドの受○嬢ですが、残業は嫌なのでボスをソロ討伐しようと思います』」
「あ~、前にアニメ化されてた作品ですね~」
「うん。異世界物では脇役だった受付嬢を主人公にして、しかも力押しの物理アタッカーにしたっていう設定が斬新だよね」
「ですよねー! このアイデアを思いつくっていうのがホントすごいですよねー! ただ最近新刊が出てないし、書店で見なくなったんですけどどうしたんですかね?」
「あれ? 輝木さん知らないの?」
「? 何をですか?」
「ええと……、僕から言うのはアレだからスマホでタイトルを検索してみて」
ちょうど電車が駅に停まった所で、輝木さんがスマホで検索し始める。
そして、しばらくしてワナワナ震え出した。
「結衣菜、知りませんでした……。まさかこんな事になってたなんて……。ずっと新刊待ってたのに……」
「……ああ、うん」
「復活、しますよね……?」
「……どうだろう。僕としても復活して欲しいけど」
中々情報が出ないので正直不安だ。
でも無事新しいイラストレーターが見つかって復活する事を願いたい。
輝木さんが、フウとため息を吐く。
そして、話題を切り替えるようにこう話しかけてきた。
「先輩は、ラノベのイラストのタッチが変わるのってどう思います?」
「イラストのタッチ?」
「10冊くらい出てるラノベになると、途中でイラストのタッチが変わる事ってあるじゃないですかー。イラストが描き慣れて進化するっていうか、イラストレーターの癖が出るっていうかー」
「ああ……、僕としてはそれが楽しいって思うけど輝木さんはどう?」
「結衣菜的には『前の方がよかったなー』ってなる事が多いですー。だからベテランのイラストレーターさんの安定したタッチの方が好きですねー」
「渋い事言うね」
そんな話をしてると、瀬川さんもこっちの席にやって来て、僕の向かいに座った。
「大鳥君、輝木さん、何の話をしてるんですか?」
「イラストの話ですー」
「イラスト?」
「はいー。莉子先輩は、絵って得意ですか?」
「それが……、あまり得意ではなくて……」
「そうなんですか? 莉子先輩、字上手なのに?」
「書道は得意なのですが、絵心がなくて……」
「何か描いてみて下さいー」
「何か、と言われましても……」
「じゃあ犬でいいですよー。ワンちゃん描いてみてください」
「わ、分かりました。ふつつか者ですが、精一杯描いてみます!」
瀬川さんがカバンからノートと鉛筆を取り出し、難しい顔をしながら何やら描き始める。
そして5分後。
「できました!」
「「あー……、これはー……」
ノートを見せられて、僕と輝木さんが言葉を失う。
頭が身体に比べて大きすぎるし、顔は何の生きものか分からないし、足は変な方向に曲がっている。
瀬川さんの絵は、いわゆる絵心のない人間の絵だった。
「「こ、個性的な絵だ(です)ね……」」
「それ小学校の時の先生やお友達から言われましたっ! ううっ、どうせ私は下手っぴですよ……」
瀬川さんが、顔を赤くしてノートを隠す。
音楽と書道の才に恵まれる瀬川さんも、絵の才能はなかったようだ。でもそこが可愛い。
「そ、それより莉子先輩、今から行く合宿場所って本当に利用料いらないんですか?」
話題を変えようと、輝木さんが声を上げる。僕もそれに乗っかる事にした。
「そ、そうだよね。参加費が往復の電車代だけなんて……」
「はい。ご自由に使ってくれとの事だそうです。食材も管理会社の方が入れて下さってるそうで、本日の夜ごはんはバーベキューです」
「BBQ! ……ホントにいいんですかねー」
宿代も食事代もいらないなんて、別荘の持ち主達はどんなに太っ腹な人達なのだろう。
会社の社長や議員だから、余裕があるのだろうか。
「構いません。ただし後片付けやゴミ出しは自分達でするようにとの事です。お借りしている別荘なので、キレイに利用しましょうね」
「「はーい」」
瀬川さんからの注意に、僕と輝木さんがいい返事をする。
言われるまでもなく、利用させてもらっている別荘なのでキレイに使おう。
その位の常識は、僕らにもある。
「今日の夜は莉子先輩と結衣菜が同じお部屋ですね! フフフ、莉子先輩、今夜は寝かせませんよ~?」
「輝木さん。美容と健康と成長のためにも、きちんと寝ないとダメですよ」
「いや、そんなマジレスしなくても……」
ズレたやりとりをする輝木さんと瀬川さん。
女子達は客室2部屋に2人ずつ寝て、毎日ペアを入れ替えるみたいだ。
僕は1階の部屋で1人だけど……
「先輩って寝付きはいい方ですか?」
輝木さんが僕に問いかけてくる。
「うん、いい方だと思うよ」
「枕が変わると眠れないーとかもないんですか?」
「ないね。割と順応できる方だと思う」
「そうなんですかー。うらやましいですー。結衣菜、あんまり寝付きがよくない方なのでー」
「そうなんだ」
そんな話をしている内に、電車の窓から海が見え始める。
「わー! 海、キレーですねー!」
「はい。青海ヶ浦の海はとてもキレイな事で有名だそうです」
「先輩、莉子先輩、海水浴楽しみですね!」
「そうですね。着いたら早速海に行きましょうか」
「え? いいの?」
「はい。初日は海水浴を楽しみましょう。せっかくの夏休みですし」
瀬川さんが僕らに向けてニコッと笑う。
海水浴、楽しみだ。
特に瀬川さんの水着姿……
「ですがこの合宿中に盆略点前はマスターしていただきますからね。できなければ居残りお稽古です。合宿中は普段の部活と違い時間がありますから、しっかりお稽古しましょう!」
「「!!!」」
ニコッと笑って、恐ろしい事をサラっと言う瀬川さんにまったく盆略点前をマスターできていない僕と輝木さんに緊張が走る。
居残りお稽古はイヤだ。
このスパルタ茶道部長は、下手すると深夜までお稽古させかねない。
合宿のお稽古時間中に、盆略点前をマスターしないと……




